第83話 宮の村返せだって? あんたバカぁ?↑ 

 永禄六年(1563) 七月 大村館 小佐々弾正

「おお! よくぞ来た平九郎! 小佐々の家督をついだそうだな」

 俺が来たのが嬉しいのか、それともなにか魂胆があるのかわからない。主殿に案内された俺は、喜々とした純忠の態度に驚いた。

 日の出の勢い(自分で言うのも変だが、日の出かどうかもわからんし)の俺が、わざわざ会いに来たのが嬉しいのだろうか?

(ただの社交辞令なのに。今はまだ敵対したくない)

「その……。こたびはその、申し訳なかった。わしを逃がすために小佐々の柱石である三名を失ってしまった。毎日祈っておるのだ」

 申し訳無さそうに顔をゆがめる。

 寝ぼけた事を言うなよ。デウスに祈る?

 その祈りのせいで戦が起こって死んだんだろう? 

 ちなみに前世で残っていた弾正・甚五郎塚はない。前世で首は敵に奪われたが、現世では三人の首は遺体と一緒に多比良に運んで、一族と一緒に埋葬してある。

 塚もその功績をたたえて、そばに建てた。

「は、そのお気持ちだけで十分にございます。三人とも、大村様のお役に立てたと、あの世で喜んでおりましょう」

 俺は心にもない事を仕方なく言った。

「そうか。そう言ってくれると、少しは気が楽になる」

 少し表情が明るくなる。本当に悲しんでいるようだ。

「それでな。此度こたびはそなたに、ひとつ頼みがあって呼んだのじゃ」

 そら来た!

「は、なんでしょう」

「実はの、先代にも話しておったのだが……そなた、キリシタンにならぬか」

 予想を裏切らないねえ。

「キリシタン、でございますか?」

「そうだ。知っての通り南蛮との貿易には、キリシタンの布教は必要であろう?」

「さようにございます」

「であれば、領主であるそなたが進んでキリシタンになれば、布教も滞りなく進み、貿易も円滑になるであろう?」

「仰せのとおりにございます。ただ、それがしには先代弾正様の遺言がございますれば、破る事はできません」

「遺言とは?」

「されば、『キリシタンも御仏の徒も領民であり、皆久しく我らの宝である。したがって領主が一方に偏れば、必ず争いが起き、かえって安心して布教ができぬであろう』と」

「なるほど、そうであるか」

 そう純忠は言い、口をつぐんだ。

 当たり前だよ! だからお前んとこトラブルばっかりなんじゃねえか!

「あいわかった。しかしよく考えておいてくれないか?」

 俺は小声で返事をし、平伏した。

「それからの」

 なんだまだあるのか?

「宮の村なんだが、その、言い難き事ではあるが、返してはくれぬか?」

「はあ、それがし無学ゆえ、大村様の仰せになる意味がわかりかねますが……」

 まったく、予想はしていたとはいえ、ハマりすぎだろ。

「宮の村はもともと大村領であったし、その方らと我が領地を結ぶ要衝でもある。それゆえ後藤もそれを狙って、我らにくさびを打つ目的で、純種の謀反をそそのかしたのであろうからな」

「しかし、要衝は民部大輔様(大村純忠)が治める川棚の方ではございませぬか? 道も交わっておりますし、要となる重し(重要な)方(場所)にござる」

「それは……そうなんだが……。ともかく、返してはくれぬか?」

 俺は純忠の家臣ではないので、突っぱねる事はできる。家臣であっても犠牲を払って得た地を簡単には渡せるはずもない。

 俺は熟慮を重ねるふりをしたが、その答えはすでに決めてあった。

「かしこまりました。それではそのように手配いたします」

「おおそうか! すまぬな。礼を言うぞ!」

 とんでもございませぬ、と俺は答えた。今はまだ、まだ、敵には回せぬ。

「それで、宮の村はどなたが治めるので?」

「ああ、宮の村はキリシタンの村にしようと考えている。その方も言った様に諍いが領内で絶えぬのでな。キリシタンだけの村をつくれば、争いも起こるまい」

 ! やっちまったな! 大丈夫か?

 そんな事をすれば後藤の思うツボだぞ! 

 間違いなく反キリスト勢力を集めて攻め込んでくる! そんな時に領内で反乱が起きたらどうするんだ? 今度こそ収拾付かないぞ。

「恐れながら申し上げます。キリシタンの村でございますが、極めて危うくにございます。後藤領に近く、やつらが反キリシタンを集め、討ち寄せる(攻めてくる)恐れがございます」

「その儀は案ずるでない。我らには主がついておるゆえな。もし討ち寄せて来たとしても、今度は負けはせぬよ。もう言うな」

 純忠は無能な武将ではない。無能であれば幕末まで家を永らえる事など、出来なかったはずだ。ただ、宗教とは、かくも人を盲目にするものか。

 そう思いつつ、俺は下がった。

 大村湾の海路を来た時と同じ様に帰り、途中で小田鎮光に指示をだした。宮の村の第一連隊を小佐々砦まで下げ、部隊を編制し直した。

 領民にもその旨を伝え、移住を促した。

 梅雨があけ、本格的な夏の訪れを思わせる暑い日であった。

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