大村

転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第180話 『幕府対松前・大村藩。松前征伐とかならんよね?』

嘉永七年七月五日(1854/7/29) <次郎左衛門>  さて、幕府はどうでるかな?  江戸時代の奉行は寺社奉行・勘定奉行・町奉行の三つに分かれていて、そのうち領内の都市部(町方)の行政・司法を担当する役職が町奉行。  幕府以外にも各藩に寺...
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第179話 『攘夷論者徳川斉昭』

嘉永七年六月十一日(1854/7/5) <次郎左衛門>  なんとか和親条約は落ち着いたけど、幕末日本史はこっからなんだよね。本番。幕府の中身はちょっとわからんけど、朝廷も今のところは開国肯定佐幕派だし、西国諸藩もおとなしいもんだ。  俺の仕...
天下百年の計?

第724話 『会合衆の世界進出と九州五傑』

天正十四年一月十五日(1585/2/14) 堺 「そう、それが最も難し事なのだ」  会合衆の議論は連日続き、白熱していった。  千宗易(利休)の提案に多くの者が興味を示す一方で、実現に向けての課題も浮き彫りになっていた。  山上宗二は腕を組...
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第178話 『下田追加条約とクルティウスとライケン。長崎海軍伝習所について』

嘉永七年五月二十三日(1854年6月18日)  和親条約締結後の五月に、その細則として下田追加条約が締結された。次郎はこれにも同席したが、特に日本側に不利になるような重大な事項はなかった。  ざっくり書くと次の通り。  第一条 下田鎮台支配...
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第177話 『ベッセマー法と風の便り』

嘉永七年四月二十七日(1854/5/23) 大村藩 精煉せいれん方  ※大村藩内、特に科学者同士の会話には現代用語(専門用語)が頻繁に使われます。 「全く新しい炉をつくらなければならない」  信之介の言葉に、場がしいん、と静まりかえった。室...
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第176話 『幕府海軍と通訳と転炉』

■嘉永七年四月一日(1854/4/27)  次郎はあまり幕府のやることに干渉はしたくなかったが(面倒くさいので)、ことこの条約に関しては、日本の未来を左右する重大事なので、大村で黙っている訳にはいかなかった。  純顕は一回目のペリーとの会談...
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第175話 『坂本龍馬との出会いと日米条約再交渉』

嘉永七年二月十日(1854年3月8日) 横浜 「突然お伺いしたにも拘かかわらず、お目通り叶い、恐悦至極にございます。まずはその儀、伏して感謝申し上げまする」 「う、うむ。苦しゅうない」 (やっべ! 思わず声が出てしまった。知るはずのない若者...
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第174話 『黒船再来と坂本龍馬』

嘉永七年二月六日(1854年3月4日)  「Admiral Perry, what in the world are you doing here?(ペリー提督、あなたは一体、ここで何をしているのですか?)」  憮然ぶぜんとした表情で、笑顔...
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第173話『鋼鉄艦とベッセマー転炉。蒸気機関の改良と800トン級2隻建造へ』

嘉永七年一月二十四日(1854年2月21日)   現在の大村藩の造船所の利用状況は、下記の通りである。  零号ドック(ポルトランド・長さ62m幅21.5m深さ6m)……修理用。 壱号ドック(長さ122.5m幅25m深さ8.4m)壱(半分)…...
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第172話 『武士と町民、士官と下士官兵。身分と階級』

嘉永六年十二月二十六日(1854年1月24日)  「うーん……」  5分後……。 「むむむむむ……」  次郎は頭を抱えていた。頭では分かってはいたものの、物事には順番と優先順位、それから段階を経て取り組んでいかなければならない事が多々ある。...
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第171話 『大船建造の禁の廃止と将軍家定の就任』

嘉永六年十一月二十六日(1853年12月26日) 大村藩庁 「ようやくですな」 「ようやくにござる」  次郎は海防掛の江頭官太夫と共にコーヒーを飲み、洋菓子を食べながら歓談している。  そう、ついに幕府が、ついに幕府が大船建造の禁を撤廃した...
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第170話 『江戸表にてプチャーチンと幕閣』

嘉永六年十月二十六日(1853年11月26日) 佐賀城 「よし、それで大村家中とはつつがなく、渡りをつけた(交渉した)のだな?」 「はは。大村家中は既に時津から伊木力村までは完工しております。我が家中としましては、伊木力から喜々津を経て、三...
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第169話 『次郎を呼べよ』

嘉永六年九月二十四日(1853年10月26日)  「それで讃岐様、琉球はいかなる仕儀に御座いましょうや」 「うむ、なんとか大村家中の御助力のお陰で面目を保つ事ができた。然れど以後如何いかが致すかは、よくよく考えねばならぬ」  讃岐とは島津家...
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第168話 『洋上での対プチャーチン。交渉せずとも進言す』

嘉永六年八月二十二日(1853年9月24日) 肥前 外海沖  「Я встречаюсь с вами впервые. Меня зовут Ота Ва Дзиродзаэмон, я главный помощник клана Ом...
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第167話 『外海台場と長崎台場。プチャーチン艦隊と大村艦隊』

嘉永六年八月二十二日(1853年9月24日)  「長官、長崎の湾内の砲台と、この半島沿岸の大砲は明らかに違います」 「うむ……青銅砲ではないな。あきらかに西洋式の鉄製大砲ではないか。……いったいどうした事だ。日本は旧式の青銅の大砲しか持って...
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第166話 『江戸城での弁明とプチャーチンの来航』

嘉永六年七月十八日(1853年8月22日) 江戸城 御用部屋 「して次郎左衛門、此度こたびの江戸参府ならびに登城におよんだ儀については、あえて言うことも無いかと思うが、つくづくと(じっくりと)話してもらうぞ」  次郎は呼び出され、江戸城御用...
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第165話 『公儀からの質し状と登城命令』

嘉永六年七月三日(1853年8月7日) 大村政庁 「また、でございますか」 「……まただ。次郎、お主がJantje(オランダ語のヤンチェ……やんちゃの語源とする説あり)をやらかすから、こうなったのだぞ」  純顕すみあきはいたずらっぽい顔をし...
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第164話 『幕閣と親書の受領。至善丸へのスクリュー艤装』

嘉永六年五月二十三日(1853年6月29日) 江戸城 「なんじゃと! ?」  近習から書状を受け取り、読み上げた老中首座の阿部正弘は驚きの声を上げた。ペリー来航の知らせから城内は緊迫しており、そんな中で、幕閣を驚愕きょうがくさせる出来事があ...
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第163話 『次郎vs.ペリー 日本の事情とアメリカの事情』

嘉永六年五月二十日(1853年6月26日) 浦賀沖 サスケハナ号艦上 「これは心強い。よろしくお願いいたす」  栄左衛門はそう言って、純顕と次郎の一行とともに改めてペリーに向き直る。日本側は純顕、次郎、香山栄左衛門の三名で、アメリカ側はペリ...
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第162話 『サスケハナ艦上にて対峙する』

嘉永六年五月二十日(1853年6月26日) 浦賀沖 「提督、奴らはどうするでしょうか」  ブキャナンがペリーに尋ねると、ペリーは葉巻をふかしながら静かに言う。 「ふむ。琉球の件があるので慎重に行動しなければならないが、臆することはない。奴ら...
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第161話 『13日早まったペリー来航』

嘉永六年四月二十四日(1853年5月31日) 奄美大島 「重畳ちょうじょう重畳。予想通りだ。さすが薩摩隼人、よくやってくれた。これでペリーも強硬な態度は出来ないだろう。琉球でこうなのだから、わが国に対しては対応を和らげてくるはずだ」  就役...
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第158話 『大村純顕の帰国と上海のペリー』

嘉永六年四月七日(1853/5/14)  京都 鷹司邸 「幸経様、その後のご容態については逐一報せを受けておりますが、お変わりありませぬか?」  そう言って笑顔で接しているのは、医学方総奉行の一之進である。 「うむ。お陰で気分もよく、日中に...
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第157話 『缶詰のその後と技術の波及。』

遡ること嘉永五年九月二十一日(1852/11/2) 精煉方 研究所  早朝の研究所の静けさを破るように、新しい機械が運び込まれた。  佐久間象山はその前に立ち、設計図を片手に満足げに微笑んでいた。その『打抜蓋底』製造機は、打抜き機で作られた...
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第156話 『蒸気機関の改善と消火器』

嘉永六年一月十九日(1853/2/26)   次郎は越後の油田の開発を続けていたが、どうしても運上金がネックであった。  石油の産出98石につき米48石(77両)の比率なのだ。これが本来ならいくらになるかというと、臭水くそうず(石油)1石で...
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第155話 『アーク灯・ガス灯・ランプの棲み分けと石油コンビナート』

嘉永五年十二月十日(1853/1/19)   精煉せいれん方の電力開発方は、信之介が残した初期のダイナモ(発電機)の改良を続けていた。  アーク灯の点灯には成功したものの、膨大な電力が継続的に必要なために電池では限界があり、安定した電力の供...
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第154話 『石油精製法その弐』

嘉永五年十月二十九日(1852/12/10)   予想通り、次郎が提案して純顕が長崎奉行を通じて幕府に上書した内容は、おおむね受諾されたが、純顕の関与は却下された。当然といえば当然の結果である。  こちらは意見を聞いただけで、幕政に参画せよ...
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第153話 『公儀からの質問状』

嘉永五年八月十八日(1852/10/30) 大村藩庁 「然さて次郎よ、この、ごほっ……長崎奉行の志摩守(牧義則)殿からの書状じゃが、どうにも公儀から問いただすようにとのお達しのようじゃ」 「殿、大事ございませぬか? 誰かおらぬか! 俊達先生...
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第152話 『五島沖の事故。嘉永五年との別段和蘭風説書』

嘉永五年七月二十三日(1852/9/6) 五島沖  平戸、壱岐対馬、天草、五島と何度も試験航海を曙丸は繰り返していた。 「主機は順調にございます! スクリューも滞りなく動いておりまする」 「艦橋了解」  機関長からの報告である。  試作のス...
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第151話 『スクリューと九条幸経』

嘉永五年六月七日(1852/7/23) 大村藩 精煉せいれん方 スクリュー研究室   象山が加硫によるゴムの安定化に成功した事と、潤滑油の開発が終了したことで、スクリュー製造の目処がたってきた。研究室内では実験結果を詳細に記録しながら、象山...
『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

第9回 『大官彌勇馬と邪馬壱国の国際情勢』

正元二年六月二十五日 邪馬壱国 方保田東原宮処かとうだひがしばるのみやこ 「申し上げます! 彌勇馬みゆま大官様、お戻りにございます!」  兵士が大きな声で叫び、邪馬壱国大官である彌勇馬将軍の帰国を知らせた。ドタドタドタと宮殿正面の庭を歩いて...
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第150話 『ソルベー法の完成と九条幸経』

嘉永五年四月二十日(1852/6/7) 肥前大村 精煉せいれん方   高炉の前で、いよいよ実際の装置設置と試験運転が始まった。  緊張感が漂う中、ブルークは真剣な表情で助手たちに向かって指示を出す。全員に決意の表情が浮かび、各自の持ち場につ...
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第149話 『浦賀と朝廷』(1852/4/20)

嘉永五年三月二日(1852/4/20) 浦賀湊みなと  シュッシュッシュッシュッ、ガシャンガシャンガシャンガシャン……。  幕府の命を受けて次郎たちは浦賀湊で停泊し、使者を待っている。湾内には幕府が建造した晨風しんぷう丸をはじめとした小型の...
『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

第7話 『邪馬壱国の都、方保田東原の宮処』(AD255/7/5⇔2024/6/10/13:00) 

正元二年六月五日(AD255/7/5⇔2024/6/10/13:00) 邪馬壱国 宮田邑むら  修一は別にある粗末な建物に寝かされ、翌朝起きた時には既に日も昇っており、壱与達は何やら出かける準備で大忙しであった。修一が起きると、目の前の生口...
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第148話 『江戸と打抜き蓋底の発明(開発)』(1852/4/18)

嘉永五年閏うるう二月二十九日(1852/4/18)  数ヶ月前の夜、仕事を終えた二人はいつもの料亭『川棚屋』で一杯やっていた。  佐久間象山は酒は飲むが、最近は研究所に入り浸りで、それどころではなかった。それでも気晴らしの必要性を感じたので...
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第147話 『万次郎の帰国と大阪』(1852/2/29) 

嘉永五年二月十日(1852/2/29) <次郎左衛門>   万次郎さんは年末を待たずに、去年の11月に土佐に帰っていった。  商人同士のやり取りは、乾堂くんと慶ちゃんに任せてはいるんだけど、やっぱり面通しはやったほうがいいらしい。二人ともけ...
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第146話 『高杉晋作と箱館・横浜・新潟・神戸・長崎』(1852/2/10) 

嘉永五年一月二十一日(1852/2/10) 長州 萩城下    後年、異例の出世を遂げて周布政之助は長州藩の指導者たる立場となるのだが、この時はまだ江戸祐筆ゆうひつ役である椋梨むくなし藤太の添役でしかなかった。  そのため晋作は、最初は江戸...
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第145話 『その頃の幕府と各藩』(1852/1/31)

嘉永五年一月十一日(1852/1/31) 江戸城  この頃の幕府と言えば江戸湾の台場構築と、大村藩へ盛んに幕臣を派遣して、技術の吸収に邁進まいしんしているところであった。しかし肝心の財政再建は遅々として進まず、第七台場まで造成予定の台場は、...
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第143話 『横瀬参号船渠と七ツ釜四号船渠並びに幕臣報告書』(1851/12/20) 

嘉永四年十一月二十八日(1851/12/20)   次郎は2号ドックが8月に完成した後、新たに予算を計上した。  ・横瀬村(横瀬浦)に3号ドック(長さ156.5m幅28.78m深さ8.4m工期4年)、七ツ釜村に4号ドック(長さ158.4m幅...
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第142話 『商船学校と海軍兵学校』(1851/11/28) 

嘉永四年十一月六日(1851/11/28)   大村藩で最初の洋式帆船の船乗りは、深澤家の漁師である。  14年前に捕鯨衆深澤組の復活を条件に、出島のオランダ商館に入り浸り、洋式帆船の造船術や操船術、航海術を時間をかけながら習得した者達だ。...
転生したら弱小領主の嫡男でした!!元アラフィフの戦国サバイバル

第141話 『蝦夷地開発の上書と小曽根乾堂』(1851/11/6) 

嘉永四年十月十三日(1851/11/6)  江戸城 「伊勢守殿(阿部正弘)、蝦夷の伊豆守殿(松前崇広)より上書が来たとか。随分と真剣なお顔でござるが、如何いかなる内容だったのでござろうか」  牧野忠雅は、険しい顔をしながら書類を見ている阿部...
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第140話 『ゴムの安定供給とスクリュー、金属加工、後装砲の研究』(1851/10/13) 

嘉永四年九月十九日(1851/10/13) 大村藩 精煉れん方 象山研究室  佐久間象山はノートを片手に、各実験結果を詳細に記録していた。  ブルークは温度計と時計を手にしながら、加熱のタイミングを厳密に管理している。杉亨こう二は実験装置の...
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第139話 『蒸気缶と工作機械。台場造成と海軍伝習所』(1851/9/19)

嘉永四年八月二十四日(1851/9/19)  この月の17日に、上野俊之丞が亡くなった。陽気で明るく、ムードメーカー的な存在で、年齢を感じさせない気さくな性格は、誰からも好かれていたのだ。  葬儀はしめやかに行われた。上野彦馬は14歳。五教...
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第138話 『造船計画』(1851/7/30)

嘉永四年七月三日(1851/7/30) <次郎左衛門>  「ああそれから、掘削の人夫は松代の領内の者を使っても良いが、蒸留は絶対に土地の者を雇ってはならぬぞ。絶対にじゃ。越後と出羽の油田も買いあされ」  俺は考えられうる油田を全部買いあさる...
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第137話 『松代藩と松前藩。ソルベイ法とアンモニア』(1851/7/3) 

嘉永四年六月十五日(1851/7/3)  松代城  松代藩領内の浅川油田では調査の結果、油井として産出が認められたのは十八カ所で、産出量の見込みは一つの油井で1日平均1石7斗3升との事であった。精製すれば約三分の一が灯油となる。  そのまま...
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第136話 『ジャスポー銃の完成と金属薬莢への道』(1851/6/15) 

嘉永四年五月十六日(1851/6/15) 大村城下 <次郎左衛門>  万次郎さんには安心してもらいたいので、土佐の幡多郡中ノ浜村にいる家族に手紙を書いた。それから、万次郎さんは日本語の読み書きが出来なかったから、代筆で手紙を何枚も書いてあげ...
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第135話 『大村修理とジョン万次郎』(1851/5/16)

嘉永四年四月十六日(1851/5/16) 大村城下 <次郎左衛門> 「なんと! ……これは、なんと様変わりしたものよ……」  殿の出府とあわせて江戸を発った弟君の修理様(大村純熈ひろ・当時は利純)は、嫡男の甲吉郎様が家督を継ぐとなってから、...
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第134話 『魚油・干鰯の増産と藩士続々』(1851/4/16)

嘉永四年三月十五日(1851/4/16) 江戸城御用部屋 上の間  江戸城には緊張感が漂っていた。  大村藩主純顕あきと家老の次郎が数名の幕閣と対峙じしている。老中首座である阿部正弘が静かに口を開いた。 「大村丹後守殿、本日はお越しいただき...
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第133話 『継電器と隼人と幕府と佐賀』(1851/3/5) 

嘉永四年二月三日(1851/3/5)  精|煉《れん》方 理化学・工学研究室  一昨年の三月に電信機の公開実験に成功し、新たに送信距離の限界という課題に直面したブルークと宇田川興斎は、その距離を延ばすための試行錯誤を繰り返していた。 「先生...
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第132話 『薩摩からの手紙。ゴムと隼人と産物方』(1851/2/3) 

嘉永四年一月三日(1851/2/3) 師走の候、丹後守殿(大村純顕)におかれましては益々ご清祥の事とお慶び申し上げ候。※下に超訳あり。  未だ見知らず(会った事もない)、また申し入れず(手紙のやり取りもない)候と雖いえども、先般、御家中が一...
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第131話 『幕府のその後と2号ドックと2番艦。江戸四人衆』(1851/1/3)

天正九年十月二十三日(1580/11/29)  工房の中は工具の音と共に、試行錯誤が続く中での緊張感が漂っていた。加工職人は金属の短冊状の板を慎重に扱いながら、曲げて筒状に成形する作業に取り組んでいる。 「この金属板をしかと丸めることができ...