第521話 上杉謙信と武田信玄 戦国のカリスマと純正の外交戦略

上杉謙信と武田信玄 戦国のカリスマと純正の外交戦略 対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む
上杉謙信と武田信玄 戦国のカリスマと純正の外交戦略

 天正元年 三月十七日 越中射水いみず郡 守山城(富山県高岡市東海老坂)

「申し上げます。小佐々権中納言様が郎等ろうどう(家臣)、日高甲斐守と仰せの方がお見えです」

「なんと? 今一度申せ」

「は、権中納言様が郎等、日高甲斐守様、お見えにございます」

「(この忙しい時に)……よし、お通しせよ」

 小佐々家といえば今、飛ぶ鳥を落とす勢いで、織田家をもしのぐというではないか。宗家から陣触れがでておったが、何か関わりがあるのだろうか。

 そう、氏張は思った。

「初めてお目に掛かります、小佐々権中納言が郎等、日高甲斐守にございます。こたびさしくみにおとなひしも(突然の訪問にもかかわらず)、謁見を賜り、誠に有り難く存じます」

「安芸守(神保氏張)にござる。見ての通り今はあわただしでな。用件のみ承ろう」

「これは申し訳ございませぬ。では手短に申し上げます」

「うむ」

「然れば、いくさ支度の最中さなかと存じますが、支度はしてもいくさはせぬ事をお願いいたしたく存じます」

「? これは異な事を。……さらば一向宗と謙信公との間で和議がなされ、然れども和睦にいたらず、と聞き及んでおったが、本願寺からの差し金であるか?」

「然に候わず(そうではありません)。朝廷・幕府とも越中の騒ぎ(戦乱)には心痛められ、ここに越中守護の畠山修理大夫様の名において、静謐せいひつをなせ、との事にございます」

「なんと! ……りながら、そは、いささかかたし儀にござる。われら争うは長きに渡り、越中守護の修理大夫様と仰せでも、初めて(いまさら)にござる」

 越中守護の権威は地に落ちており、確かに氏張の言う事は的を得ていたのだ。

「それに、われらは上杉方として一向宗と争うておる。いままさに、支度しておるのだ。いくさをせぬ、とはいかなる了見であろうか」

「安芸守様、よくよくお考えくだされ。われらは何も、くみして(味方して)いただきたいとは申しておりませぬ。そも(そもそも)、いくさをしたくはないのです。よし(万が一)いくさがおこったとて、お約束いただければ、われらは安芸守様に掛かり(攻撃)はいたしませぬ」

「……」

「加えて、神保当主は、安芸守様の方が然るべし(適している)かと存じますが、いかなるご意趣(お考え)にござりましょうや……とてもかくても(いずれにしても)われらは安芸守様のお味方にございます」

「……」

 

 多くは語らず、このむは守山城を後にした。

 

 ■能登 所口湊 第四艦隊旗艦 霧島丸

「長官、御屋形様より通信が入っております」

「うむ、読め」

 第四艦隊司令長官の佐々清左衛門加雲かうん少将は、通信参謀の報告を聞いてそう命じた。飲んでいるのは苦めの珈琲である。

 まだまだ貴重品であるのだが、特に陸海軍においては食を重視して優先的に配備している。食事を目当てに志願する者が多いのも、事実である。

 

「発 権中納言 宛 第四艦隊司令長官

 秘メ 直チニ 出港シ 越後出入リノ 全テノ船ヲ 拿捕だほ 能登ヘ 曳航えいこう セヨ ナホ 証文ニ モトノ 売値ヲ 記スベシ 秘メ

 秘メ 任務 遂行中 越後 水軍ヨリ 攻撃ヲ 受ケナバ タダチニ 応戦シ 殲滅せんめつ セヨ 秘メ」

 

「相変わらず、人使いが荒いお人じゃのう」

 加雲は最後に残った珈琲を飲み干し、弾薬、物資等の補給状況を確認する。

「とてもかくても(いずれにしても)、出港は明日の朝じゃ。今日の積み込みが終えたりなば、しかと休み、明日朝出港とする。酒も良いが、門限は子の三、いや○○○○までとする」

 

 ■甲斐 躑躅ヶ崎館

「初めてお目通り叶い、恐悦至極にございます。小佐々権中納言様が郎等ろうどう(家来)、太田和治部少輔にございます」

「大膳大夫にござる。ささ、どうかとうと(気楽に)になさってくだされ」

 先触れを出していたので、躑躅ヶ崎館には馬場美濃守信春、山県三郎兵衛尉昌景、内藤修理亮昌豊、高坂弾正昌信、秋山伯耆守虎繁らが並んでいる。

 末席には武藤喜兵衛と曽根虎盛の姿もあった。

 百戦錬磨の利三郎でも、まったく緊張しなかったといえば、嘘になるかもしれない。敵中なら、たとえば正月に訪問した上杉謙信と相対しても、逆にふっきれている。

 味方であり、信玄が病床にあるとはいえ、最強の騎馬軍団を擁する武田家家中である。他に二十人近く集まっていた。

 利三郎が、なぜ今甲斐にいるのか?

 この二ヶ月、各国・・を訪問してきたのだ。

「して、こたびはいずこといくさをいたすのかな?」

「戯れ言を仰せになるのは止めてくだされ。いくさをするのではございませぬ。加えて助勢の求めにもござらん」

「かっかっかっかっ。ではなにゆえに、くれぐれ(はるばる)この甲府まで。茶を飲みに来た訳ではあるまいて」

 馬場信春は高笑いをして利三郎に尋ねる。

「は、されば二つ求めたく、まかり越しました」

 場が少しざわつく。信春は勝頼の方を向き、無言で質問の許可を求める。

「では、お聞かせ願おうか」

「は、まずは一つ、近々わが軍兵が駿河吉原の湊に着き申す。その軍兵に所領の内を通る許しをいただきたい」

「何い! ?」

 さらにざわつく。これは利三郎にとってはもう見慣れた光景であるが、念のため、ゆっくりと説明をする。

「念のため申し上げますが、この軍兵はいくさのためにあらず、如何に況んいかにいわんや(言うまでもなく)武田と事を構えるつもりなど、万に一つもございませぬ」

 利三郎の一言一言に、ざわめきが大きく起こる。

「して、今ひとつは何であろうか」

 今度は山県三郎兵衛昌景が尋ねる。

「は、されば、武田領の甲斐、上野、信濃、飛騨から上杉領への荷留をお願いしたく存じます」

「なんと!」

 武田領全域での荷留となれば、かなり広範囲になる。当然、上杉領からの荷も荷留にあうだろう。

 高坂、秋山、内藤の三人は黙って聴いている。

「では、伺おう。まずはわが武田領からの荷留であるが、商人はいずこに売ればよいのだ? また越後からも荷留にあうかと存ずるが、われらはいずこより買えば良いのだ?」

「ははははは、そは、すべてわが小佐々が買いて、ひさき(売り)まする」

「まさか! 全てにござるか?」

「左様、全てにござる。いかがにござろうか? 軍兵の儀はさきほどお話しした通りにござる」

 おおお! という感嘆と、驚きと疑いの混じった大きなざわめきが起きる。そして全員が勝頼の顔を見て、決断を促す。

 勝頼は、目をつむり、しばらく考えていたが、意を決したように話した。

「わしは……わしは利三郎どのの求めに応じようかと思う。この武田は小佐々とよしみを通わし、その陰にて織田や徳川と和睦なったのだ。いま、ここで信をなして頼まねば、われらもまた頼まるる事なし」

 賛成意見と反対意見が入り混じった、ざわざわとした空気が流れた。

 その時である。

「四郎よ、よくぞ申した」

 全員がその男の方へ体を向け、平伏する。勝頼は平伏はさすがにしなかったが、それでも一礼して礼を失する事のないように振る舞った。

 甲斐の虎、武田信玄である。

 病床にあり、老いたりとはいえ眼光鋭く、周りを圧するその存在感は、唯一無二のものであろうか。

「屋形は四郎である。家督を譲ったゆえ、政に口をだすつもりはないが、遠く小佐々の使者が来たと言うではないか。挨拶せぬのも礼を失するというもの」

 信玄はそう言って利三郎を見る。

「小佐々権中納言様が郎等、太田和治部少輔にございます」

「うむ、信玄である。とうと(楽)にされよ。皆の者、先代と当代の屋形が決めたこと、ゆめゆめ疑うべからず。四郎のもと、ひとつとなりてこの武田を豊かにするのだ」

 ざわめきが、ピタリと止んだ。これが、カリスマというものだろうか。

 

 ■出羽置賜郡 米沢城(山形県米沢市丸の内)

「殿、せんだっての文の返書はいかがなされるのですか?」

「わからぬ、今思案中だ。おいそれとは決められぬ。相馬に最上、こちらが隙をみせれば勢い討ち入ってくるであろう」

「左様にござりますな。然れど今ひとつの求めは、我らには害なく、利はあるかと存じます。然りながら、その先も考えねばなりませぬ」

「うむ」

 

 ■陸奥会津郡 黒川城(福島県会津若松市追手町)

「さて、いかがすべきか……まさに千載の一遇ではあるが、よくよく考えねば。東の二本松に二階堂は良いが、南の宇都宮はどう処すべきか……」

「殿、まずは使者を遣わし和議の算段をなされてはいかがにござろうか。和議ならずともこれまでと同じ。なったなれば、その書状の求めどおりにいたさばよろしいかと」

「ふむ、南の結城もおるゆえ、やつらにもまたく(全く)利がないわけでもないであろうしな」

 

 ■下野河内郡 宇都宮城(栃木県宇都宮市本丸町)

「なんと……されど……この求めに応じるには、一工夫要るな」

「左様にございますな。われら佐竹の他はみな敵にござれば、いくさはなきとも気は抜けませぬ」

 

 ■出羽村山郡 山形城(山形県山形市霞城町)

「ほほう。これはまた、面白い書状であるな……いかがいたそう」

「は、東の葛西さえ抑えれば、出来ぬ事はないかと。然りながら今ひとつは、われらが為しても、さほど要無し(意味がない)かと存じます」

「そうよのう……」 

 

 ■出羽国田川郡 尾浦城(山形県鶴岡市大山)

「これは誠か? 確かにわれらにとりては利のある話ではあるが、怪しむことなく信を成してもよいものか……」

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