第563話 狭まる謙信包囲網 継戦か、和睦か?

 天正元年 四月九日 京都 大使館

 ここ数日、京都の大使館にいる純正のもとには、驚くべき報告が多数届いていた。

 ・一日に第四艦隊が敗北。
 ・七尾城の政変と小佐々水軍と上杉水軍との偶発的海戦。
 ・上杉方である城生城の陥落と第二師団三千の損失。
 ・第三師団が信濃・越後国境より越後に入国。

 

「さてみんな。正直第四艦隊が敗北したとは信じがたいが、その後も誤報だと報じてくる事はなかった。ゆえに認めねばなるまい。今後の対策を講じねばならぬ」

 純正は直茂をはじめとした戦略会議室の面々と、閣僚を前に話し始めた。

「これは、今後の報告が上がってこなければなんともできぬが、第四艦隊はいかがする?」

 海軍大臣の深堀純賢が答える。

れば、大宝寺領にて艦隊の立て直しを行っておりますので、いまごろは復旧を終えているやもしれませぬ。復旧出来次第お役目に戻るよう、すでに遣いは出しておりまする」

 金に糸目はつけないので、補修と戦線復帰を急げ、と命じていたようだ。 

「うむ。あい分かった。然れど、上杉の水軍の強さが分かった上は戦うのは得策ではないの。拿捕だほ曳航えいこうを役目としておったが、もう良い。……そうだな、沿岸の城を砲撃していけと命ずるのだ」

「ははっ」

 しかし、すでに第四艦隊は越後沿岸部への報復砲撃を開始していた。

「……七尾城の件であるが、誠に無念である。修理大夫殿(畠山義慶)は越中へ出陣しておるゆえ大事ないとは思う。然れどこれは第四艦隊を破った上杉の船手が、七尾に現れたとみるのが妥当であると思うが、いかに?」

うですな、もし上杉の当て(狙い)が艦隊ではなく能登を抑えるためであったのなら、艦隊の失が帆と帆柱に多かったのもうなずけます。やつらは七尾城への道すがら、艦隊を攻撃し、動きを封じた上で能登へ向かったのではないでしょうか」

 直茂の言葉に全員がざわめく。

「ふむ……七尾城の、畠山の内情は一枚岩ではなく、辛うじて対上杉でまとまっておった。それが上杉の船手衆をみて、旗色を変えたと?」

に候(そうです)。未だつぶさな知らせがないゆえ、しかと言い閉じん(断言する)事能わねど、そう考えれば筋が通りまする。加えて上杉の調略が能登に入っておれば、これ幸いと遊佐続光などが反上杉の長続連を殺め、城を占むる(占領・占拠する)も得心がいきまする」

「……」

 純正はうなずき、目をつむって考える。撃沈しなかったとは言え、航行不能にするだけの戦力ならばかなりの船の数と兵力だろう。五千か? 一万か?

 それだけの軍船がいっせいに城の眼下に現れたのだ。上杉戦が不利どころか、謙信には勝てない、負けている、と親上杉派の重臣が思うのもうなずける。

 実際の兵力は五千から六千であったのだが、見渡す限りの海を埋め尽くした船に、心を決めたのだろうか。

 そう決断したのなら、あとはどう保身するか? であるが、反対勢力の排除に動くのは想像に難くない。

「なるほど、で、いまの状況はどうなのだ?」

 純正の問いに情報省大臣の藤原千方が答える。

「は、まずは上杉の船手にございますが、北の穴水沖に三分の一、残りの三分の二を所口湊に置いているようにございます」

「穴水? 湊か?」

「は、能登は輪島や所口湊の他にも湊があり、穴水もその一つにございます」

「ふむ、二手に分けて湊を封じたという訳か」

「おそらくは」

「それから?」

「は、害された(殺された)長対馬守殿(長続連)にございますが、ご子息の佐兵衞殿(綱連)と九郎殿(連龍)はご無事にて、原田孫七郎殿他、殿が遣わされた者どもの手引きによって……穴水城にて籠城の構えにございます」

「ふむ、よくやってくれた。予想外の出来事とはいえ、最善の選択であろう。反上杉の勢が残って戦ってくれれば、勝ち筋はある」

「はは。あわせて修理大夫様にございますが、越中にて事(事件)を知り、急ぎ三千の手勢を率いて戻りましてございます。菊池右衛門尉殿と共に七尾城に掛かり(攻撃して)けりみぎり(時)、まずは湊の上杉の船手衆と打ち合い(戦闘)になったそうにございます」

 千方の報告によると、上杉の水軍は半数以上が上陸していたようである。

 乗船しての戦闘が間に合わず、船の三分の二が焼き払われ、現在は完全に小佐々水軍に七尾湾を封鎖されている。

 七尾北湾の上杉水軍は小佐々水軍によって攻撃を受け、奮戦するも船が燃やされ士気が下がって右往左往となったようだ。

 そこへ穴見城から討って出た長綱連率いる軍勢に、陸にいた兵は殲滅された。

 七尾南湾の上杉水軍は善戦するも、湾の入り口を封鎖され、畠山義慶軍に攻められて海沿いの小丸山城に逃げ込んでいる状態である。

 兵糧がなくなれば自滅するであろうし、当主である義慶が能登に戻ってきた事で、反乱軍の士気は下がる一方であった。

 義慶の首をすげ替えるにも、大義名分がない。

 領主の意向を無視して重臣を殺した、ただの反乱軍となったのだ。

 後ろ盾と考えていた上杉水軍は壊滅に近い状態で、包囲されている七尾城内では、越中における戦況を知る術などなかったのである。

「ふむ、水軍がよう働いてくれておる。おかげで能登の戦況は優位に運んでいるようだが、まだ油断はできぬな。それから、兵糧矢玉の輸送についてはひとまず三国湊にいたそう。……いや、あそこは一揆がおきておるから、敦賀に集めるようにいたせ」

「ははっ」

 

「申し上げます! 越中の道雪様より通信(書状ではなく、通信文)が届いております!」

「見せよ!」

 

 発 道雪 宛 権中納言

 秘メ 上杉ヨリ 和睦ノ 申出 アリ 然レドモ 戦況 優位ニテ 御裁可 ナラビニ 題目ヲ 知ラサレタシ 秘メ ○四○六

 

 ■下越 竹俣城周辺 蘆名盛氏本陣

「申し上げます! 城主、竹俣義綱は降らぬようにございます!」

「愚かな。謙信への忠義がそうさせているのであろうが、城には五百もおらぬであろう?」

「はっ。およそ二百との知らせにございます!」

「あい分かった。総攻めといたす。支度いたせ」

「ははっ」

 

 ■下越 上関城周辺 伊達輝宗本陣

「申し上げます! 城主、三潴長政は本領安堵を題目(条件)とするも降らぬ、との答えにございます」

「左様か。なんとまあ愚かな忠義よの。確かに謙信は強いが、此度は分が悪かろう。後詰めも来ぬのに籠城とは、下策よ」

「今ひとつ、知らせがございます!」

「なんじゃ?」

「は、領民が口々に噂をしているようなのですが、なんでも海沿いの城は何処かの勢に打ち掛け(攻め)られ、城下より逃ぐ者多しと聞き及びます」

「ふむ、おかしな事もあるものよの。然れど、われらに利する事ではあるな。騒ぎに乗じて北海まで攻め進もうぞ。総攻めとせよ!」

「ははっ」

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