第13話 『二十四歳、肥前佐賀藩、十代藩主鍋島直正という男』(1837/4/19)

 天保八年 三月十五日(1837/4/19) 玖島くしま城 太田和次郎

「よう参った。次郎よ」

「ははっ。本日はお日柄も良く、藩主様におかれましては……」

「よいよい、わしらだけの時はそう畏まるでない。叔父上方や、渋江や針尾がおったら別だがの……どうだ? 例の石けんだが、このまま産を増やしても差し障りなく利はでそうか?」

 殿はそう言って俺たちの気を紛らわせてくれる。ありがたい話だ。正直なところ、この殿様との出会いがなければ、どうなっていただろうか。

「は、おかげ様をもちまして、一部を除いて・・・・・・ご好評いただいております。固いものと油のような形となれば、質は同じでも、いかほど材料を得られるかで値と量が決まって参ります。されど、わが太田和領以外で生産して販売しても、問題ないかと存じます」

「さようか。よくやった。本来であれば産を増やし専売としたいところであるが、その方の生業もあるであろうから、販売を許す。ただし、藩の財政に関わる商いゆえ、その方が直に差配せねばならぬぞ」

「はは、ありがたき幸せにございます。(え? という事は全部俺がやるのかな?)この後は、質と品、値を変えて三ないし四種類ほどの値でわけて売れば、よろしいかと」

「ふむ、質が悪いわけではないが、廉価の物も作って売れば、それだけ数が売れて利がでるという事じゃな?」

「さようでございます」

「よし、では玖島城下ならびに藩内での商いを許すが、次はどこに売ればよい?」

 実はちょうど良かった。

 @450文で売って純利が@350文ならウハウハと考えていたけど、意外と30石以上の藩士が少なかったのだ。

 色々と調べてみると、藩内で俺を含めて114人しかいなかった。

 これだと月に2倍と考えても228個しか売れないし、年に2,736個で全国販売できても1,411,776個だ。利益総額で73,203両にしかならない。

 だから廉価版の石けんをつくって販売し、利益見込みをせめて10~15万両くらいにはしたい。いわゆる販路拡大が必要なのだ。

「は、それではまず、長崎かと存じます」

「長崎か」

 殿はニヤリと笑って続けた。

「玖島城下にやってくる佐賀や平戸、島原などの商人に売るのも良いが……無論それも一つである。が、長崎は警備のお役目で佐賀藩や福岡藩、そして島原や平戸に、福江(五島)藩の役人も多い。そこに出入りする商人に卸せば良いのだ」

 さすがだ。商人の素質あるんじゃない?

「仰せの通りございます。販路を広く、多くの人に売れれば、それだけ利になりまする。……時に殿、長崎と言えば、隣の佐賀藩の藩主様の事はお聞きになっておられますか?」

 突然、殿の顔色が変わった。険しくなった、というより、真剣な顔だ。

「いや、つぶさには聞き及ばぬが、いかがした?」

「は、鍋島様は長崎の警備にあたり、西洋式の防備が要るとお考えのようです。さる二月十一日に長崎へ行かれた際に、清人やオランダ人が持ち込んだ武器の中で有力な物があると知り、使えなくては話にならぬと仰せのようでした」

 殿は無言で真剣に聞いている。

「その武器を買いたいと思し召して御奉行所にいかれたそうにございます。そこでは何故要るのかとこんこんと説かれ、皆にそれを教え伝えてほしいと仰せのようでした。その武器とはすなわち、鉄製カノン砲とモルチール臼砲、剣付きの燧銃との事にございます」

 やべーな、鍋島直正、すでにやん。

 ……。

 しばらく沈黙が流れた。

「さすが、鍋島肥前守殿であるな。福岡藩と並んで長崎警固の任を長年務めてこられた故であろう。して、次郎よ。その方はその、カノンやら臼砲やら、燧銃とはなんぞや、しっておるか?」

「は、つぶさには存じませぬが、カノンとは長い砲身を意味します。鉄で出来ております故青銅のものより頑丈で、火薬の爆発を内に留めて、より遠くまで飛ばせます。臼砲はその名の通り臼のような形をした砲で、玉が弧を描いて飛び、石壁や城壁を壊すために用います。燧銃とは、火打ち石を使った鉄砲で、火縄がありませぬ」

「なんと! 火縄がないとな? ……やはりオランダは進んでおる。それにしても、その方よう存じておるな」

「されば過日、長崎に寄りし際に聞きおよびました」

「耳聡い事よな。して、その三つは我が藩でも買うことは能うのか?」

「今は厳しいかと存じます。十分に利を得てからでも良いかと存じますが、それよりも気になる事がございます」

「なんだ?」

「殿は高島秋帆という人物をご存じでしょうか」

「いや、知らぬ」

「その者、まずもって日ノ本一の洋式砲術の大家にて、すでに去る五年、佐賀藩の藩士が弟子入りし、皆伝をもって砲の雛形をつくっております。さらに洋兵の調練を行い、一昨年には海上においても西洋式の小型船を建造し演習を行っております」

「なんと……佐賀藩とはそこまで進んでおるのか」

 殿は驚きとともに、少し落胆しているようだった。

「殿、ご心配には及びませぬ。佐賀藩にできて我が藩にできぬはずがございませぬ。一朝一夕にはできずとも、必ずや数年のうちには並び、さらに数年のうちに追い越して見せましょう」

「おお! ……いや待て、待つのだ。そなたは神童である。それはわしも存じておる。されど先ほどまでの佐賀藩の話を聞くに、そう簡単にできるとは思えぬが、いかようにして為すのだ?」

 今後は期待と不安、少し疑念も入っているようだ。

 まあ、当たり前だね。俺も勢いで言っちゃったけど。信之介が何とかするでしょう。うん、大丈夫だ、ろ、う……。

「然れば、無から有を生み出すは難し。然れど、あるものをまねてつくるは、より易しにござる」

「ふむ」

「まずは同じように長崎の高島殿に、藩士のどなたかを遣わして学ばせまする。しかる後に洋兵を調練し、砲をつくり、船をつくればよいのです。加えて、真似るだけでなく、改良を加えて良い物をつくればよいのです」

 さらに! 言わないけどこっちには現代知識と信之介がいるんだ。なんとかなるだろう。

「して、誰を遣わすのだ?」

「されば、人選は任せていただけないでしょうか。何分今までになきことゆえ、家禄の高い城下給人の方々、またはそのご子弟は除きたいと存じます。好奇心が豊富で、物覚えと頭の回転が速い者が適しているかと」

「ふむ、あいわかった。急ぎではないが、見つかり次第支度をし、長崎へ向かうのだ。よいな」

「ははっ」

 

 次回 第14話 『目指せ佐賀藩、追いつき追い越せ佐賀藩』

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