第608話 織田海軍と小佐々海軍(1574/9/16)

 天正三年九月二日(1574/9/16)志摩国

 小佐々海軍連合艦隊は、深沢勝行大将の指揮の下、航行訓練もかねて8月3日に佐世保湊を出港した。
 
 六分儀を製作し、誤差の少ない時計を完成させたとしても、まだ完全な日本近海の海図はない。

 したがって指揮官と乗組員の経験と勘によるところがまだあったが、それでも天測航法によって寄港せずに備蓄と士気の続く限り航行が可能となった。

 特に第五艦隊は全艦が新鋭艦である。
 
 乗組員は経験豊富なものから新兵までさまざまであったが、第四艦隊に比べ練度が落ちるのは否めなかった。

 そのため直接駿河の吉原湊に直行するのではなく、角力灘すもうなだから南下して東シナ海を東進し、大隅の佐多岬沖を通過して太平洋に出るという航路をとったのだ。

 途中艦隊運動や砲撃戦の演習も行った。

 

「な、なんじゃあこの音は!」

 織田海軍の総責任者である九鬼澄隆は、鳴り響く轟音ごうおんに驚かされた。

「申し上げます! 沖合に小佐々の七つ割平四つ目の旗を掲げた兵船ひょうせん多数、尋常じんじょうならざる数に大きさにございます!」

「なにい! 馬鹿な! 我らと小佐々は盟を結んでおるのだぞ! なにゆえに討ち入るのだ! ? ええい、全軍に戦支度をさせよ!」

 嘉隆はすぐに海軍(小佐々水軍を海軍と呼んでいるので真似た)の全艦艇の乗組員を招集し、沿岸部に備え付けられた砲台に戦闘態勢をとらせたのだ。

「加えて!」

「なんじゃ?」

「わが家中の木瓜紋もっこうもんが小佐々の紋の上に掲げられています!」

「はあ? 見間違いではないのか? ええい、失(被害状況・損害)を知らせ!」

 すでに17発の発射音が聞こえていたが、具体的な損害報告がない。しばらくすると近習が走ってきて、報告した。

「そ、それが、まったく失はありませぬ」

「そんな馬鹿な事があるか!」

 嘉隆はすぐに岐阜の信長に連絡を入れ、自らは台場へと向かった。

 

 ■富士 艦上

「おかしいな。加雲中将、知らせは送っているのだろう?」

「は。それは間違いなく。2週間演習に時をかけますゆえ、京都の大使館に届かぬはずはないと存じます」

 閣僚むけの礼砲17発を撃ち終えても、台場からは答礼がなかった。

 国内では大砲の数が少ない上に、そもそもその慣習がない。

 しかし、織田家だけは共通の認識でやりましょう、と取り決めるために実際に行う……はずであった。

「されどこのままという訳にもいくまい。ボートを出して寄港の旨を伝えよ」

「はは」

 

 ■台場

「これはいったいどういう事ですかな」

「どうもこうもあるか。こちらへくるのだ」

 旗艦富士から派遣されたボートに乗っていた使者は、またたくまに織田軍の小舟に包囲され、台場にある嘉隆の陣へ連行されたのだ。

「さて、われらと小佐々の家中は盟を結んで長きにわたると存ずるが、いったいこれは如何いかなることかな」

「それはこちらが聞きたい事。慣習に則って十七発の礼砲を撃ったのだ。それに答砲とうほうもなく、われを捕らえるとは何事じゃ」

 話がかみ合わない。

「話になりませんな。京の大使館に問い合わせて下され。もう十日も前には寄港と礼砲の旨、伝わっているはずにござる。伝わっておれば答砲はともかく、われを捕らえようなどと考えるはずもない」

 

 発 織田家中九鬼右馬允うまのじょう 宛 小佐々治部大丞じぶのだいじょう

 小佐々海軍 海上ニテ砲撃シケリ 幸イニモ 当方 失ナシ イカナル御存念なり

(小佐々海軍が海上で砲撃したぞ! こっちに損害がないからよかったものの、どういうつもりや!)

 

 発 治部大丞 宛 九鬼右馬允

 くだんノ儀 先日 オ知ラセシタトオリ 九月二日 前後ニ 志摩国 寄港シタシトノ旨 伝エケリ ソノ際空砲ニヨル礼砲 十七発撃チタシ クワエテ 同数ノ答砲 返サレタシ 同ジク 伝エケリ

(その件は先日通知した通りです。9月2日前後に志摩国に寄港したいと伝えていますよ? その際に空砲による礼砲17発を撃つ事、同数の答砲を返してください、とも伝えてます)

 

「なんじゃと? わしは聞いておらぬぞ」

 嘉隆は全くの寝耳に水であったが、よくよく調べてみると、京都の大使館から志摩までは伊賀と伊勢を通過する。

 そして伊賀は織田の配下とはいえ自治領で、伊勢は織田信雄の所領である。

 つまり織田の直轄領ではないのだ。

 その伊賀と伊勢の信号員の過失(もしくは怠慢)により、伝わるべき信号が伝わらず、あわや戦闘開始となるところであった。

 小佐々領内では以前に同様のケース(フィリピン戦役での戦果・被害報告の誤報)が発生していたので、同じ事故が起きないように、信号員の再教育と罰則の徹底が行われていたのだ。

 小佐々領民も人間、織田領民も同じ人間である。起きるべくして起きた事故であったが、笑えない事故である。

 

「いやあ! この通り! 全くもって恥ずかしい限りにござる。それがし、恥じ入るばかりにて、面目次第もございませぬ!」

「なになに、気にする事ではござらぬよ。小佐々と織田は盟友同士、打ち合う事などありはしませぬ」

 勝行は嘉隆の浅黒く焼けた肌とがっしりした体躯たいくに親しみを覚えた。これぞ海賊、海の男、船乗りといった風体なのである。

 わはははは! とお互いに笑い合った後は問題は解決した。

 連合艦隊の乗組員にも上陸を許可され、勝行は嘉隆とともに飲み明かし、親交を深めたのである。

 

 <勝行>

 500トン? 第4艦隊の重巡霧島と同じくらいか。しかし武装はこちらが上だな。あとは……軽巡と駆逐艦くらいの大きさだ。うん、これなら問題ないな。

 火力もうちが上だ。こちらの技術も日進月歩だ。あと10年は追いつけまい。

 

 <嘉隆>

 何だなんだなんだ! なんじゃあの船の数に大きさは! われらの船の三倍はあるではないか! そのような船が何隻じゃ? やつらの艦隊の小さき船でも、我らの旗艦と変わらぬ大きさではないか。

 一体何門の大砲を積んでおるのだ?

 大砲の種類も違うようだぞ。案じてはおったが、ここまでとは。十年、いや二十三十年は先をいっておる。

 明日、出港前に乗艦させてもらい、艦内をくまなく見せて貰おう。

 そしてつぶさに殿に知らせねば。

 

 翌日、嘉隆は造船技師と大砲技師数名を伴って、旗艦富士の艦内を時間の許す限り見学した。

 怠慢が発覚した信号員に斬首が申しつけられたのは、数日後の事である。信長にとって、純正に身内のていたらくを見せてしまった事は相当に恥ずべき事だったのだ。

 次回 第609話 加賀と越中西部の自治について言問を行う 

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