第572話 純正の帰国と打ち壊しと三職推任問題。

 天正元年(1572) 五月七日 諫早城

 朝廷に対して佐渡征伐の勅書を願い出てから、発せられたのは諫早に戻ってからであった。

 

 発 治部大丞 宛 権中納言

 秘メ 過日ヨリ 奏上奉リケリ 佐渡攻メノ 勅書 下サレケリ 秘メ

 

 発 権中納言 宛 第四艦隊司令長官 複 第二・第三師団長

 秘メ 佐渡攻メノ 勅書 下サレケリ 民ノ 辛苦 ナキヨウ トノ 仰セニテ 直江津ニオヒテ カネテカラノ 作戦通リ 行動シ 以テ スミヤカニ 敵ヲ 降伏セシメヨ 秘メ

 

「直茂よ、これで上杉とのいくさはひとまずは落着であるな」

 純正は確認するかのように直茂に聞く。

「は、されど越前と加賀の一向宗と織田とのいさかいもございます。また越中もことごとくは(完全に)定まってはおりませぬ故、今しばらくは心置く(注意しておく)要ありかと存じます」

「うむ、あいわかった。越中の兵力はいかがいたす?」

「今いる全ての勢を残す要はなしと存じますが、一万ないし二万は残しておくべきかと。ひとまずは佐渡が落ち着くまでは全軍を残し、陸軍が戻ってきた後、順次帰国させれば良いかと存じます」

「うむ」

「また、僭越ではございますが、越中ならびに佐渡と所領が増えますが、飛び地ゆえ一個師団程度の兵力は要するかと。常設の師団を増やすべきかと存じます」

「そうであるな。一個師団を増やし、五個師団体制といたそう」

 越中の士族を充てれば人員的には間に合うだろうが、土着の仲間意識を取り除くため、完全に混ぜ合わせて部隊単位での団結力をやしなう必要があった。

 また、佐渡との円滑な連携のためには海軍が必要である。他の小佐々領内と同様に、越中水軍の解体と各大名の水軍からなる水上部隊への編入も急務であった。

 海軍沿岸警備隊(現在の海上自衛隊の地方隊)を佐世保鎮守府・佐伯警備府・呉鎮守府・諸寄警備府(鎮守府・山陽方面)に配置している。

 それに加えて北海警備のため越中の岩瀬に北海鎮守府を置く。

 直江津には警備府として最低限の海軍兵力のみを置き、必要にあわせて岩瀬より部隊を動かす。

 沿岸警備隊隊、海上検非庁、水上検非所は平時は完全に指揮命令権は独立して管轄も違うが、有事になれば沿岸警備隊の指揮下となり行動をする。

 また、新設の第五師団長は、京都独立旅団の神代貴茂准将を少将に昇格させ、その任とした。後任は岡刑部貴明准将とする。

「よし、ひとまずはこれで良いか」

 純正は目頭を指で押さえ、マッサージをする。

 

「申し上げます! 南方探険艦隊より通信が入っております」

「読め」

「はっ」

 

 発 南方探険艦隊 宛 権中納言

 秘メ 基隆 マニラヲ 経テ ブルネイニ 至レリ イスパニア勢 呂宋島 南方ニアレド イマダ 勢イ 復サズ 動キナシ マタ ブルネイノ 入植 首尾良ク 進ミタリ 臭水くそうず 石炭 金 銅 スズ 鉄ノ他 未知ナル鉱物 アリテ サラニ 調ベタリ 秘メ

 

「おお! 良いぞ良いぞ!」

「いかがなさいましたか?」

「うむ、南方のブルネイであるが、入植は滞りなく進んでおるようじゃ!」

「おお、さようでございますか!」

「そうだ、ボルネオ島は鉱物資源の宝庫であるからな!」

「! ……御屋形様、なぜ言い閉じん(断言する)のですか? 左様なことは未だ誰も……」

「ん? 意や言い閉じてなどおらぬぞ。宝庫のようだな、と言ったのだ、いや、愉快愉快……」

「は……」

 すでに何度も経験していた事だったので、直茂のこの鋭い質問と純正のかけあいも、戦略会議室では当たり前になっていた。

 思って口にしたとしても、あえて追求しない。

 興味があって追求したところで、生まれるものはない。暗黙の了解である。

 

「申しあげます! 大変です!」

 近習が息を切らして走って伝えに来た。

「落ち着くのだ。何があったのだ?」

「は、申し上げます! 先刻不逞の輩により、源五郎様の蒸気船研究所ちかく、係留場にて船が打ち壊されてございます!」

「なんだと! 下手人は誰じゃ?」

 純正は黒口、天久保での造船所の爆破事件を思い出した。あのときは大友と島津を疑い、結果的に大友だったのだが、不問とした。今、この時期に一体誰だ?

 敵対勢力である(あった)上杉か? それとも北条? いや、スペインか? 様々な憶測が純正の頭をよぎった。

 最初こそ四半刻(30分)で一町(109m)の速度であったが、研究を重ねて五町(445m)まで伸びてきていたのだ。

 その後伸び悩み、燃料効率や積載のスペースなど課題は多かったとは言え、これからの小佐々を支えていく基幹技術である。

 純正の怒りは頂点に達していた。許すわけにはいかない。

「いかがした! ?」

「それが、下手人は……よその人間ではございませぬ」

「なに?」

 爆破テロ、破壊工作ではないのか?

「では誰なのじゃ?」

「すでに警視庁が捕縛し、尋問を加えているようにございますが、どうやら本明川、諫早城下の本明川の水運業者のようでして」

「なに? なにゆえ川湊の水運を生業とするものが、源五郎様の船を壊すのじゃ?」
 
 直茂が問う。

「は、されば申し上げ難し事なれど、源五郎様の船は帆を用いず、艪をこぐ人も要りませぬ。かような船が当たり前となれば、彼の者らは職を失いまする。そのため、朝夕事(生活)を成り立たせるため、このような騒ぎを起こしたようにございます」

「なんと……」

 直茂をはじめ、戦略会議室の全員が息をのみ、考え込んでしまった。

 純正はなおのことである。今まで技術の革新は人々の生活を豊かにし、善行ではあっても生活を脅かす事はないと考えていた。

 しかし、実際はどうだ。現に打ち壊しが起きた。

「されど、されど何故じゃ? そのような職を失う不安など、申し立てればよかろう? なにも壊さなくとも……」

「それが、そのような申し出はなんどもあったようなのですが、御屋形様は無論の事、源五郎様にすら伝わる事なく、現場の役人が忖度して握り潰していたようなのです」

「これは、罪人の処罰はもとより、内の規律をたださねばなりませぬな」

 直茂が言う。

「司法大臣を呼べ」

「はっ」

 

「お呼びにございますか。御屋形様」

 しばらくして入室した佐志方杢兵衛は純正に挨拶をする。

「うむ、船の打ち壊し事件はきいておるか?」

「は、今し方聞きましてございます。すでに下手人は捕らえているとの事」

「うむ、この場合、刑はいかほどか?」

「は、つぶさに調べねばなりませぬが、最低でも懲役三年となるか一貫五百文の罰金となります」

「さようか。情状酌量の余地はあるのか?」

「は、情状酌量はどのような罪にもございます。その大小は下手人の以後の心がけと、犯行に及んだいきさつによって変わります」

「うむ、聞いておるかもしれぬが、蒸気船の開発と、一般に使われる事による失業を懸念しての事のようだ。しかも何度も陳情をしていたにもかかわらず、情けない限りだが、役人が握り潰しておった」

 純正はため息まじりに言った。本当に落胆し、呆れ、悲しみも混じっているようだ。

「ゆえに、最終的な判断は司法省が決める事であるが、情状酌量、執行猶予がつくよう……これは無理してつけろという命ではないぞ。正規の法に基づいて、やってくれという事だ」

「は、心得ております」

 杢兵衛も十分に純正の意をくんでいる。

「では、頼んだ」

 組織が大きくなれば、今も昔も、変わらずこのような事例が発生する。純正は組織改革や、無用な忖度をなくすよう、決意を新たにするのであった。

「申し上げます。京の治部大丞様より通信にございます」

「読め」

「はっ」

 

 発 治部大丞 宛 権中納言

 秘メ 本日 内裏ヨリ 使者アリ 権中納言様 越中 静謐ノ 功 アリテ 三識ニ 推任 セン トイフ 動キ アリ 関白様 ヨリ 御屋形様ノ 御存念 伺フベク 御求メニ ナリテ候 秘メ

 

「え? まじ? 別にいらんけど」

「御屋形様!」

 満場一致で全員が純正の顔をみて、なぜですか? という顔をしている。だって面倒くさいんだもん、という顔を露骨にする純正。

 ……。

「ああ、わかったわかった。されど、こういうものは言われたから『はいそうですか』と、すぐに受けるものではないだろう。いろいろと理由をつけて、三度四度と断って、どうしても、という体で受けるのが望ましいと思うがいかがか?」

 純正はもっともらしい理由をつけて断ろうとした。

「そ、それは確かにそうではございますが……」

「で、あろう? そうと決まれば適当な理由で断れ。なに、いずれそうせねばならぬ時はこようて」

 純正はさっさとこの話題を切り上げるために無理やり言い切った。

 

 発 権中納言 宛 治部大丞

 秘メ 有リ難キ 申出ナレド 領内イマダ定マラズ 佐渡ハ無論 越中モ |悉《ことごと》クトハ 未ダ 治マラジケリ 慎ンデ ゴ辞退イタシタク ソノ旨 奏上 サレタシ 秘メ

 次回 第573話 しばらくは内政に関わろう。技術開発の進捗状況。

コメント

タイトルとURLをコピーしました