第202話 小佐々城

 開戦二日目 子の三つ刻(0:00) 小佐々純正

「申し上げます! 毛利領国境信号所より信号あり」

 

 発 杉長良 宛 弾正大弼  メ 盟ト 松山城救援 求ム メ 午三つ刻(12:00)

 豊前松山城からの救援要請が来た。もうすでに全軍に届いている報であろうから、初動は変更せずとも問題はない。問題は肥後の阿蘇をどう使うかだ。

 北肥後の鎮圧に向かえば挟撃となるので簡単であろう。

 われらも余計な損失を出さずに済むし、第五軍を他方面に向ける事ができる。単独での兵力を考えれば阿蘇は辺原、高森、甲斐を入れても四千ほどであろう。

 対して隈部親永らは六千。第五軍とあわせて八千対六千。

 兵数でも有利であるし、相手が旧式の装備であれば鉄砲と大砲で圧倒できるであろう。その後、やつらの領地を併呑する。

 いや、念のため、天草北衆も混ぜるか。

 千にはなろう。九千対六千。勝ちはいかなる要素を加えても分を高めておかないとな。

 服属の条件は諸法度の中から選ばせるとして、恩賞はどうだろう。やはり知行を選ぶかな。できれば銭がありがたいが。

 どうしても土地に対する帰属意識が強いから、なかなか銭で仕える認識が芽生えにくいのだろう。

 とはいえ先祖伝来の土地だ。離れたくない、銭に変えたくないのもわかる。

 現代人でいうところの、実家意識や故郷意識がもっと強くなった物だろうか。

 実家というのはよほど強烈に家出をしたり、親子の縁を切るなどしないと、心のなかから消える物ではない。

 金をやるから先祖代々の墓も、何もかも全部一切合切に引っ越し、とは簡単にはいかないのだ。

 さて、今後の戦略だが、第一~二軍に関してはおそらくは手こずるであろう。戸次道雪に臼杵鑑速、吉弘鑑理がそろい踏みだからな。

 大友も必死で集めた二万を預けるべくして預けたってところだろう。

 どの程度道雪らを引き止め、局所戦で勝たなくても良いから、戦略的に勝てるよう時間稼ぎをするかだ。

 杉殿には悪いが、松山城救援は間に合わぬだろう。

 恐らく奴らも短期決戦を考えているはずだ。われらの救援の態勢が整わぬうちに城を落とし、毛利領の全てを平らげるつもりであろう。

 そうして朝廷や幕府……いや幕府は今そんな余裕はないであろう。いずれにしても中央の力で、和議に持っていく算段ではないだろうか。

 宗麟は形だけとは言え九州探題であるし、六カ国守護でもあるのだ。

 皆が納得する名分があれば、叶うであろう。

 しかし、名分とはなんじゃ? あるか? 豊前も筑前も、大内でも毛利でも大友でも、少弐でも、血みどろの争いをしながら奪い合ってきた地ではないか。

 もともと誰の物かなど、意味があるのか? ここ五~六十年は大内が治めていたようだがな。

 民にとってはどうでもいいな。

 そして第三軍は、筑後から豊後日田城をへて府内だ。大友は軍のほとんどを豊前にやっているから攻略は容易いかもしれぬ。しかし油断はできぬ。

 戸次一族や臼杵一族、由布一族などの親族・譜代衆も多い。

 限界の、さらに上をいくまで兵をかき集めて、決戦を挑んでくるやもしれぬ。これは、調略が必要かもしれぬな。反旗を翻さなくても良い。

 こちらに服属してくれて、大友側に参陣しなければ味方したのも同じだ。何人か心当たりがある。

 文を送っておくか。何事も深謀遠慮。念には念をおしておくのだ。

 第四軍は筑後の大友直轄地の平定だが、案外手こずるかもしれぬ。なにせ周りを全部われらに囲まれているゆえ、守将も高橋紹運にその家臣三原紹心と強者だ。

 甘く見ておると手ひどいしっぺ返しを食らうかもしれぬ。

 筑紫どのは歴戦の強者だが、副将に据えた純家はこれが初陣だ。龍造寺の重臣が随伴しているとはいえ、無茶をしないか心配だ。念を押しておこう。

 ……。

 本来は俺も戦場に、と思ったのだが重臣一同に大反対された。『殿御自ら出陣なさる必要はございませぬ! !』だってさ。確かに小佐々も大きくなって、その気持ちもわからんでもないけど……。

 ただ、実際には、ある程度の軍権をもたせた方面軍方式の試金石になるかもしれんな。後で問題点を洗い出して改善できれば、より強力な軍隊運用ができる様になる。

 では、報告を待つとしよう。

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