第441話 天下分け目の策謀

天下分け目の策謀 第2.5次信長包囲網と迫り来る陰
天下分け目の策謀

 元亀元年 十二月八日

 信長は純正と会談した後、十二月に入って再び伊勢長島へ入った。

 一向一揆が鎮圧されたのは、そのすぐ後である。

 文字通りの殲滅戦であり、兵糧攻めのあと最後の長島城に一揆衆をあつめ、降伏後、根切りにしたのである。

 戦後処理を行い、岐阜に戻ってきた信長は、二月の雪解けを待って越前の朝倉義景を討つ予定であった。

 ■諫早城

 純正は会談終了後、すぐに能義郡の租借(?)費用の二万二千八百二十四貫を吉川元春へ支払った。四の五の言わず、本気だという事を伝えるためだ。

 さらに鉱山技術者を送り、出雲と石見で別の鉱山を探せるように手配もした。

 加えて石けんや椎茸の製法も伝授し、澄酒の製法も教えるようにしたが、もちろん椎茸はナタ目法(木にナタ目を入れて自然任せ)で種駒法ではない。

 石けんも最初期に対馬の宗氏に伝授したのと同じやり方である。澄酒も同様に、小佐々オリジナルのクオリティではなく、いくぶん落としたものだ。

 また、関係が悪化し身柄を拘束される場合を予測し、技術者や職人の撤収経路を策定して、誘導の際には情報省内の石宗衆をあてる事とした。

 軍事面においては、山陰と山陽の反乱に備えて部隊の再編を行った。

 いずれその意図は露見するかもしれないが、努めてゆっくり、ただの配置変更と思われるようにしたのだ。

 領国内で軍の移動をしたところで、なにか? というだけだ。

 まず陸軍第一師団は領都である諫早の防衛のため一個旅団を残した。

 残りの一個旅団を美保関の防衛の名目で渡海させ移動、もう一個旅団は豊後北部高田の湊にて、いつでも周防へ渡海できるようにしたのだ。

 ついで第二師団は師団の本拠地は動かさず門司においた。

 命令があれば渡海し長門の下関に渡れるようにする。また、第三師団の一個旅団を京都に派遣し、増員または比叡山の防衛を可能とした。

 第三師団の残りの一個旅団は讃岐の聖通寺に駐屯し、いつでも渡海できるようにした。

 第四師団の国内部隊である二個旅団は四国へ渡海し、伊予来島城にて芸予諸島渡海に備えている。

 海軍兵力は、きたるべきスペインとの対戦に備えて南方へ向ける必要があったため、種子島他九州南部の各湊へ寄港させた。

 あわせて指揮命令系統の統一を図ったのだ。

 兵員の移送ならびに物資の輸送は小型艦と関船、小早、または千石船などの和船を用いても、十分に可能であった。

 四国の三好には、淡路や摂津の三好や和泉の動向を注視し、即応できるよう指示を出した。

 河野、西園寺、一条、長宗我部、安芸ら四国の諸大名も同様である。おそらくは動きがあるのは来年二月、と伝えている。

 肥前、とくに龍造寺純家などは出兵を希望してきたが、純正は第一師団の一個旅団とあわせ、留守番を命じた。

 こういう時にこそ足をすくわれる可能性がある。そう諭したのだ。

 領国が大きくなれば当然力も強くなる。戦わずして降る勢力が増えてくれば、戦も減る。純家は焦りを感じたのだろう。

「治郎兵衛、中務少輔(深堀純賢)、陸海軍は問題ないか?」

「は、なにぶん全軍での移動再編にて、完了まで刻を要しますが、問題はないかと」

 陸軍大臣の深作治郎兵衛は時間を気にしている。

 おそらく敵が動くのであれば来年二月だ。完了は早いに越したことはないが、それまでに終わればいいので、純正は時間は問題にしていない。

「良い、猶予は一月程度と考えて、それよりも指揮命令系統の構築と、不備がないようにな。海軍は?」

「は、海軍も第二艦隊まで全艦新鋭艦にて編制がすんでおります。すでに第二艦隊においてはルソンならびに台湾方面にて展開できるよう指示を出しており、第三艦隊は種子島にて、分遣艦隊と同じく停泊させております」

「うむ、補給と移送に関してはどうか」

「は、領内の各湊にて商船の徴用、これは足りない場合ですが、一月もあれば海軍の小型艦と和船にて移送は終了します。補給も同様です」

「よし、滞りなく進めよ」

 はは、と言う二人の元気な返事が響く。

 陸海軍の準備はこれで問題ない。

 よほどイレギュラーな事が起きない限り破綻はないだろう。どうみても総力戦となったらパワーゲームだ。兵力、装備、兵站の面で純正が負ける要素がない。

「殿、よろしいでしょうか」

「なんだ、直茂」

「は、殿は一ヶ月の猶予を持たせましたが、来年の二月、という根拠は何かおありなのでしょうか」

 情報省からは二月の蜂起の情報は入っていない。直茂が疑問に思うのも無理はない。

「ああ、二月か。それは、特に根拠があったわけではないが、早くて二月であろうという事だ。先月の室町御所での件、お主にも話したであろう」

「は、聞いておりまする」

「義昭は、もう公方様とは呼びたくもないが、まあ、呼んでおくか。まず、御教書を発給するのは間違いないだろう。問題はいつか? という事だ」

 直茂は短い返事で応える。

「誇り高い公方様の事、御教書を出して我らを暗に敵に回すにも、主導権を握りたいはずだ。そしてわれらは織田の同盟国でもある。時期としては、織田が危機に陥った時」

 直茂の顔が少し曇ったが、すぐに元に戻った。

「織田の危機、というと、恐らく弾正忠様は次は越前と考えているのでは? その隙を狙うので?」

「いや、それだけでは弱い。公方様の事、朝倉や本願寺はもちろん、紀伊の根来に雑賀、そして延暦寺など、反織田になりうる勢力には間違いなく御内書を送っておろう。その最有力は、武田だ」

「武田!」

 直茂はそれだけ言って、口ごもった。

「武田は、動きましょうや?」

「うむ、それはまだわからぬ。しかし動いてもおかしくはない状況ではある。越後の上杉と和睦し一年以上、そして相模の北条と不可侵を結んでおる。完全ではないが、後背は今のところ安心じゃ」

 越後の上杉と甲斐の武田、そして相模の北条とはそれぞれの思惑が絡み合い、長年関東三国志の様相を呈してきたが、ここにきてようやく落ち着いてきたようだ。

 北条が関東、上杉が越中、そして武田は遠江から三河へ、となるのだろうか。

「何か確固たるきっかけを待っているような気もするが、それはあくまで俺の感想だ、情報が上がってきた訳ではない」

「なるほど、合点がいきもうした」

「それからもう一つ、気になることがある。どれが火種となり炎となるかわからぬが、念のためじゃ」

 純正はそう言って、京都大使館宛の通信文を直茂に見せた。

 

 発 近衛中将 宛 純久

 秘メ 織田家中ニテ 不穏ナ 動キ ナシヤ 特ニ 大和ノ 松永弾正 ナラビニ 河内ノ 三好義継ノ 動キニ 留意シ ソノ他 畿内ニテ 不穏ナ 動キ アレバ 知ラセ 秘メ

 

 ■相模国 三崎城(二ヶ月後)

「ほら、食え」

 牢の番人は握り飯と沢庵、そして味噌汁を盆にのせ、渡す。

 ガツガツ、ムシャムシャ、ゴクゴク……。

「Sácame de aquí. Gracias por darme comida, agua y salvarme la vida. Pero ¿por qué debería ser tratado como un prisionero?  preguntar. Por favor déjame salir.」

(ここから出してくれ。食事と水、命を助けてくれた事は感謝する。しかし、なぜ囚人のような扱いをうけなければならないのだ? 頼む。出してくれ)。

「まったく、何を言っているか分からぬ。ご領主様から小田原の殿様にご使者は行っているはずだが、まだなんの音沙汰もない」

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