第376話 かかった火の粉がいつの間にか四百万石②

西国の動乱、まだ止まぬ

 永禄十二年 十一月十六日 諫早城

「そして日の本に戻るが、伊予は、いましばらくかかりそうじゃ。西園寺が、ふふふ、まあ、なんというか、塹壕とはな」

「ざん、ごう……? にございますか?」

 龍造寺純家が質問する。純家は一門だから参加しているのではない。

 伊万里治や相神浦松浦盛、波多鎮も参加しているし、筑紫広門や秋月種実、田北鑑富や田原親弘など、国人衆も持ち回りで参加している。

「そうじゃ、実のところ、空堀が複雑に折れ曲がり、一筋縄ではゆかぬ形となっておるものじゃ。大砲の撃ち手や敵の襲撃を阻むためのもので、兵は中に入って戦うのじゃ。これは南蛮の戦術によるものと聞いておる」。

「そのようなもの、殿以外に知っておる者がおるのでしょうか」

「それはわからぬ。しかし、大砲や鉄砲の性をよく知った上で考えたのかもしれぬ。よほどの知恵者じゃ」。

 純家は考え込む。そのような者、敵であれ会ってみたいと考えたのであろう。純正も同じであった。

「また、どうにも内通者がいる気配がしておる」

 ……内通者!? 全員が顔を見合わせ、騒然とする。

「いやすまぬ、わが家中に、というわけではない。伊予においてじゃ。これも確証はなく、空閑衆に探りを入れさせているが、わかり次第説明しよう」

「どういう事でしょうか」

 次は筑紫広門の質問だ。

「うむ、塹壕の件もそうなのだが、開戦から半年、そして直接西園寺を攻め始めて四ヶ月。まったく西園寺に焦りが感じられぬのだ。兵糧矢弾も減る気配がない」。

 全員が聞き入る中、純正は続ける。

「毛利からの助けを期待するも、豊予の瀬戸は佐伯の水軍、わが海軍が守りておる。さらば、どうして西園寺の兵糧が絶えぬのか?」

「……まさか、まさか河野が、寝返ったふりをして毛利に通じておると?」

 全員が驚きを隠せない。会議室中にざわめきが起こる。

「……それも考えられぬ事ではない。しかし河野は一度和議の申し出をしてきておる。そして宗麟が断ったあと、降ってきたのじゃ。毛利と通じており、偽りの投降であれば、最初から降っておるであろう」

「では別の者が?」

「その通り。それに河野はわが軍と同じく参陣しておる。毛利と通じて兵糧矢弾を西園寺に供するなど、難しかろう」

「しかし、他とおっしゃっても、周りはみなお味方にございましょう?」

「周りがみな、味方ね」

 純正はそう言って、テーブルに広げられている地図の一点を指さす。伊予国、喜多郡の宇都宮だ。

「まさか、宇都宮殿が?」

「そのまさかだ。考えたくはないが、そう考えればすべてつじつまが合う」

 同意する者もいれば、そうなのか? と疑問を投げかける者もいる。

「いずれにしても、真相が明らかになるには、まだ時を要するようだ。待とう。そして、これは新しい報せだが、土佐で一揆が起きたようだ。時を同じくして国人も蜂起、首謀者は安芸十太夫」

 なんと! 伊予の戦役が続く中、土佐の混乱は小佐々にとって吉と出るか凶と出るか。そういう意味でのざわめきだった。

 しかし長宗我部が治める安芸郡であり、直接、浦戸の統治には関係がない。

「その土佐の国人一揆がどうしたのですか? われらが関与しているのですか」

「結果的に関与している形になった、というのが正しいであろうな。長宗我部と戦をしていた時、領民には四公六民や、賦役に軍役の件の触れを出しておった」

 四国での事は大友宗麟が総督のような形になって取り仕切っていたので、細部までは知らない者も多い。

「そこで、普通なら、占領した安芸の城では何を行う?」

「それは、打ち壊した城の修繕や兵糧や矢弾の備え、そして民の鎮撫でしょうか」

「その通り。そして民には今の浦戸で行っている事と同じ事を保証したのだ。むろん、もし城を奪われる事も考える。そしてもし、奪われたのなら、領民には一揆を起こせ、と含めておったのだ」

 純正は、戦時では当然の処置だ、と説明した。異議を挟む者はいない。

 それは純正への畏怖からではない。誰もが正しいと考えていたからだ。取られたら取り返す、至極当然の事である。

 実際には、やがて蜂起をするように、と指示を出したのは宗麟である。

 事後報告でそれを聞いた純正は、宗麟を叱責するような事はなかった。きれい事では、やはり難しいと思ったのだ。

 それに一度、陸海軍の運用について口を出している。

 あまり現場の指示に口を出していると、思い切った采配がとれない。純正はそれを知っているので、明らかな失態以外は口を出さない。

 そして宗麟もそれをわかっている。有効な策だが、少なからずとも領民に被害がでる。では、その被害を極力少なくするにはどうするか?

 同時に複数の地域で蜂起させ、さらに戦の経験が豊富な安芸旧臣に指揮をさせる。

 これによって長宗我部の兵を分散させ、かつ効率的な運用が可能となる。成功率も高まるのだ。

 一揆の扇動など、誰もがやっている。純正が望んだ事ではないにしろ、起きたのであれば被害が少ないに越したことはない。

「しかし、持ちましょうや? 元親が一揆勢の要求をのむとも思えません。長引けば不利になるのでは? 隣の三好も気になりまする」

 と利三郎。

「その時は兵糧矢弾を供してやればよい」

「そ、それでは長宗我部は黙っていますまい。われらは和議をしております。ひいては朝廷や幕府、そして織田様との関係も悪くなるのではありませぬか?」

 外交問題に発展しそうな事で、少しだけ利三郎が神経質になっている。

「そこは宗麟殿と、京都の叔父上がなんとか上手いことしてくれるであろう」

 純正はニヤリと笑った。

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