第123話 『吉田松陰と宮部鼎蔵の大村探訪記とスクリューと潤滑油とゴムの話』(1850/4/2) 

 嘉永三年二月二十日(1850/4/2)  川棚

「な、なんじゃあこれは」

「石か? 石積みの家に、どこからかわからぬが、がしゃんがしゃんと音が聞こえる」

 前日、平戸藩城下で一泊した後、紹介状を携えて二人は南へ向かい、そこで遭遇したのだ。

 城下町でもないのに人が多い。川棚は荷の積み下ろし港として栄えていると聞いてはいたものの、その喧噪けんそうではない。もちろんそれに従事する者も多いが、それ以上に工場や付随する研究所が建ち並ぶ街並みが、二人の目を奪ったのだ。

 石積みの家は、レンガ造りの工場である。

「お、おい! 見ろ寅次郎!」

「なんだ鼎さん」

 宮部鼎蔵が川棚港の沖を指差して叫ぶ。

「ふ、船が、船が火事じゃ!」

「誠じゃ! こうしちゃあおれん。知らせねば!」

 二人は沖を航行する川棚型の煙突から上る煙を見て、火事だと勘違いしたのだ。初めて見れば、誰もがそう思うだろう。

「もし! もし! そこのお方!」

 松陰と鼎蔵は、道行く作業員らしき人に慌てて声をかけ、その『火事』を知らせる。早くしないと死人が出るかもしれない。

「はい。いかがなさいましたか?」

「あれ、あれじゃ! 見てみなされ! 船が火事を起こしとる! 早う知らせて助けにいかんと、死人がでるかもしれん!」

 男は沖へ目をやり、川棚型の姿を確かめると、ニヤリと笑って言った。

「御二方、見ない顔だが、さては今日大村に来た旅人じゃろう?」

「じゃからいかがした! 早う!」

「ならば障りなしじゃ。あれは大村御家中の船、蒸気船じゃ。なんでも蒸気っつう力で、風もないのに動く摩訶まか不思議な船らしい。おいも、昨日自分の目で見なけりゃ信じられなかったさ」

 あははははは、と笑いながら男は立ち去っていった。

「な、に? 蒸気じゃと? 見たことも聞いた事もないぞ」

 ……。

 どこなのだ、ここは?




 ■大村藩庁

「長州、毛利家中、吉田寅次郎にございます」

「肥後、細川家中、宮部鼎蔵にございます」

「次郎左衛門である。壱岐守様よりの紹介状、確かに拝読した。ささ、面を上げられよ」

 次郎自身も堅苦しいのは苦手なので、かしこまった挨拶は早々に切り上げ、本題に入った。

「さて、寅次郎殿、鼎蔵殿。貴殿らはこの大村で何をみたいのだ?」

「まずは!」

 松陰が発言した。

「道中、蒸気船なるものをこの目で見ました。聞くところによると、かいぐこともなく、風がなくとも船が動くというではありませぬか。にわかには信じられませぬ」

「あはははは。左様か。では、実際に乗ってみるとよいでしょう。今ならばまだ缶の火は落としておらぬはず」

 次郎は二人を促して、居室からでると、大村行きのための馬車を手配する。助三郎と角兵衛は手早く準備をし、三人で乗り込む。馬車は四人乗りで、向かい合わせの席になる。

「これは、馬に乗らず引かせるのでございますか?」

「左様。馬に乗っておっては本も手紙も読めぬし、考え事も危なくて出来ぬからの」

 実際、次郎の元には一日に数十を超す手紙や書類が届く。隼人からの報告も有り、江戸や京都、そして各地で茶の仕入れをしている者から様々である。それらをさばくには、移動時間がもったいないのだ。




「Hallo, commandant Raiken, majoor Haldes.(やあライケン中佐、ハルデス少佐)」

 川棚に着いた次郎は岸壁で話しているライケンとハルデスに声をかける。松陰と鼎蔵は後ろに下がって身構えている。

「い、異人ではないか!」

「お、おう。異人じゃ、異人じゃ……御家老様、御家老様は異人の言葉が話せるのですか」

 松陰が恐る恐る聞く。

「ああ。話せる、と言えば話せるが、得意ではない。挨拶程度じゃ。ここで働く皆も、程度の差はあるが挨拶程度はできるぞ」

「な、なんと……。何ゆえに、なに故に我らが異人の言葉を話さねばならぬのですか?」

(え? そっから?)

「何故も何も、そうせぬと意思が伝わらぬではないか」

「ここは日本なのです。異人が学べば良いのではないのでしょうか?」

 日本なのだから、日本人が英語を学ぶ必要は無い。確かにそうだ。その通りだ。生活する上では必要ない。では、必要に迫られて英語を学んだり、英語圏の文化を学ぼうと思えばどうだろうか。

 必然的に言語は学ばねばならない。

 この時代、オランダ語が出来なければ、蘭学を学ぶことなどできないのだ。周りに語学に堪能な者がいて、四六時中教えてくれるなら別だが、ほとんどの人間がそうではない。

「この蒸気船も、あの者らの教えをもって造ったのだ。海の向こうには、この十倍もある船があり、動くのだ。加えて日本の大砲よりも強力で遠くまで飛ぶ大砲や、火縄を使わない銃で戦をするのだ。山鹿流や長沼流も立派な兵法じゃ。されど……。さあ、この話は仕舞いじゃ。乗ろうではないか」

 次郎はそう言って二人を誘っては船に乗せ、川棚型は岸壁を離れてはゆっくりと動き出し、南へ向かって玖島くしま城下の御船倉近くの岸壁へ向かった。




「いかがかな? 正直なところ俺は……まあ、水戸学が悪いとは言わん。されど、攘夷攘夷と言ってみても、なにゆえ攘夷をせねばならぬのかがわからぬ」

 二人は真面目な顔をして次郎を見る。

「攘夷をするったって、出来るのか。出来たとしてやり続けられるのか、という事だ。隣の清国がイギリスに負けた。清国も鎖国をし、西洋の言葉に耳を傾けなかったから負けたんだ。俺はこの大村を絶対にそうさせはしねえよ」

 にこやかに笑いながら話す次郎に、二人は言葉もでない。

「まあ、どのくらい大村にいるのかわからんが、好きなだけ居るがいいさ。好きなだけ見て、聞いて回れば良い」

 次郎は二人に、自らの署名と花押の入った証明書を渡し、自由に領内を見回らせた。




 ■佐久間象山

「おおお! 神よ! 我に七難八苦を与えたまえ!」

 おおお! おおお! と雄叫びをあげながら、巨大な水槽とスクリュー、そして蒸気機関を前にしているのは佐久間象山である。象山はゴムの安定化の研究を重ねていたが、信之介から紙を一枚渡されて、新たな研究を始めていたのだ。

 信之介はスクリューを設計して、いくつかの課題点や改善点を書いて象山に渡している。象山がやっているのは、信之介の設計によるスクリューの、防水気密のためのゴムと潤滑油の研究である。

 潤滑油だけならまだいいが、ゴムが関わってきたものだから象山にお鉢が回ってきたのだ。

 象山は昨年の嘉永二年の八月に、酸化マグネシウムを用いたゴムの粘着性の低下に成功していたが、不十分であった。その後も研究をつづけている最中に、信之介に命じられたのだ。

「象山殿、松代の神童、日ノ本一の麒麟きりん児を見込んでやってもらいたい」

 そう言われると、象山はいつの間にか引き受けてしまっていた。世の中の天才と呼ばれる人達は、信之介も象山も一之進も、みんな似ているのかもしれない。




「先生! 仰せの通り、タールと鯨油、それからヒマシ油を混ぜて、何種類かにわけてお持ちしました」

 そう言って樽を抱えて入ってきたのは、適塾に遊学していた五人である。

「よし、蒸気の準備は出来て居るから、順に入れて動作を確認するぞ」

「はい」

「タールは安価で入手しやすいが、粘度が高すぎて抵抗が大きくなる傾向がある」

 タールはコークスを生成するときに発生する副産物だ。石炭を利用する限り、コストはタダに近い。
 
「鯨油は値が張りますね」

 鯨油も捕鯨をやっているから副産物ではあるが、高いのがネックである。
 
「ヒマシ油は植物性で、唯一購入しなければならない油です」




「ゴムは、どうだ? 今のゴムはまだ品質が安定していない。パッキンや気密用に使うには、改良が必要だ」

 象山が適塾門下生に聞く。いつの間にか象山は、彼らの先生のような立ち位置になっていた。

「その件については、報告があります! 酸化マグネシウムを加えたゴムを生石灰と煮沸すれば、ゴムの粘着性は抑えられましたが、弱酸に触れると元に戻ってしまいます。未だ完全とは言えませぬ」

「良い。失敗は成功の母である。繰り返し研究を続けるのだ」

「「「「「はい!」」」」」




 ■陸防掛 工しょう

 田中久重が造った弘化弐式銃(ドライゼ銃)にならって、嘉永参式銃(ジャスポー銃)と名付けられたその銃は、理論的には完成していた。ただひとつの項目を除いては。

「があああ! いかん! どうしてもいかん!」

 ボルト先端のガス漏れ防止用ゴムリングを大型化し、薬室内の火薬の燃焼部分には大型のボルトヘッドを取り付けて焼損を防ぎ、発射ガスを完全に密閉。

 これが出来れば実用化するのだ。しかし、ゴムの品質の安定化はなされていない。

 秋帆、惟熊これたけ、蔵六は頭を抱える。




 次回 第124話 (仮)『お里の妊娠と缶詰とドラム缶』

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