第76話 条約の落とし所。何を得て何を捨てるか。 

 耳をつんざくばかりの轟音と揺れに、一同が態勢を崩したあと、

「ば! ! 何をやっている! やめぬか! 女子供もいるのだぞ!」

 平戸松浦の家老達が血相をかえて怒鳴り散らす。刀に手をかけて振り上げようとする者もいたが、周りは味方の兵に囲まれている。

「は? 戦の最中だぞ。何を寝ぼけたことを。それにお主ら、我が領民を殺していないのか? 俺たちの領民は死んでも良いが、お前らの領民はダメなのか? なんだそりゃ」

 今は戦時中なのだ。勘違いしてもらっては困る。

「で? どうするんだ? 続けるか?」

 俺は続ける。

「よし、わかった。落ち着け。戦をやめてやろう。撃つのをやめろ」

(止めてやる? どこまで上からなんだクソ野郎)

「よし。では停戦だな。言っておくが停戦だぞ。条件が合わなければ戦は続くからな」

(俺としても面倒くさい事は早めに終わらせたい。長引くと大勢力から調停だなんだと介入される)

「最初に、隆信と鎮信の処遇だが、隆信は切腹、鎮信は出家の上こちらであずかる(幽閉する)。これで良いか?」

 また全員が俺を睨みつける。はいはい。

「馬鹿な事を! 殿を切腹させた上、若様を出家させるだと? しかもお主らが預かる? 寝ぼけるのも大概にせよ! そのような題目(条件)が飲める訳がないだろうが!」

「ではどうするのだ!」

 キレた。

「いかがするのだ! ? 言ってみよ!」

「それは……。殿に隠居していただき、源三郎様については……」

 家臣の一人がぼそり、と言い、また一人がぼそり、と続ける。

「それで我らに何の利があるのだ? 言うてみよ! 何の利がある? お主ら逆の立場になってみよ! 飯盛山城の丹後守様を攻めて降したとしよう。隠居させるだけで終わるか? もう何年も丹後守様とは奪った奪われたを繰り返しているではないか! よしんばそれで終わったとして、隆信の三男、九郎を養子に入れるだろう? 今、丹後守様は有馬様から養子を入れているが、そのままにしておくか? 敵方の勢力のままで。しかもあの隆信が隠居したとはいえ、黙ってじっとしておるか? 丹後守様はご高齢(六十四)であるから、そのまま静かに余生を過ごされるかもしれぬ。しかし隆信は今三十四、隠居したとしても裏でおのれらを操るであろう? へたをすれば還俗するやもしれぬ。そんな状況で、隠居だけで済ますか? え?」

 イライラした俺は語気を強め、しかし理路整然と言う。実際に史実では永禄六年(1563年)、松浦親(平戸松浦の敵で、現世の俺の爺様)を攻めて、三男の九郎を養子にさせている。

「ぐ、ぬ。……わかった。殿にはお腹を召していただき、源三郎様には出家していただこう。そちら預かりも、飲もう」

「よし、次に……」

「何だ! まだあるのか?」

「当たり前だ。今までのは最低条件。俺たちの今後の危険をなくすためだ。それから、これよりは、いままでに我らが被った被害の償いの話だ」

 俺は一息ついて、話を続ける。

「覚えているだけで三年前の針尾の戦い、一昨年の蛎浦の戦い、そして今回の早岐瀬戸の戦い」

「……」

「まず平戸、そして鏡川、戸石川、明の川内。鞍掛山より東を割譲せよ。対岸の松浦郡、これは割譲というよりも、手を引けという方が正しいか」

「なにを申すか! そのような題目(条件)、飲めるわけがなかろう! しかも平戸など!」

 またかよ。まあ、ポルトガル船が来なくなったとは言え、朝鮮や明の船は来るからな。大事な大事な収入源だよな。

「なんだ。ではどんな条件なら良いのだ?」

 もういい加減面倒くさい。

「いや、それは……」

「なんだ! ? それとも所領没収がいいのか? 平戸島、生月島、全部召し上げるぞ! それで良いのか! ?」

 もちろんそんな事は、今の沢森の国力ではできない。治めきれないのだ。

 俺は左砲戦用意を命令し、勝行が「左砲戦用意! 目標勝尾獄城!」と叫ぶ。

 撃つ気は、ない。

「まて、わかった! わかった! 条件を飲もう」

 俺は、ふう、とため息をついた。

「何か勘違いしているようだが、これは和睦ではないぞ。俺たちに和睦する理由はない。降伏だ。降伏勧告とその条件だけだ。認めるも認めないもない。あえて、敬意を表して聞いているだけだ」

 全員が青ざめている。

 こうなれば、あとは、事務的に調印が行われるだけだ。

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