第453話 『武備恭順 ~長州藩、復讐への道筋~』

 慶応四年十月二十七日(1868年12月10日) 周防国 山口城

 周布政之助の死は、長州藩に重苦しい影を落としていた。

 慶喜の政治的裁定によって藩の重臣が命を絶たれた事実は、藩士たちの心に幕府への消えぬ憎悪を刻み付けたのである。藩庁の空気は悲憤と復讐ふくしゅう心で満たされ、穏健な意見を口にする者は誰一人いなくなった。

 その鬱屈した熱気の中心にいるのが、高杉晋作である。

「もはや言葉は不要。我らが為すべきは周布様の無念を晴らすのみ。そのためには圧倒的な武力が要る。幕府が恐れおののくほどの武力を持たねばならん」

 藩の重臣たちが集まる評定の間で、高杉は鋭い眼光を放ちながら言い切った。

 彼の唱える『武備恭順』は、表向き恭順の姿勢を見せながら水面下で武力を蓄え、一気に幕府を討つ過激な富国強兵論である。周布の死に激昂げっこうする若い藩士たちを中心に、この考えは急速に藩論の主流となりつつあったのだ。

 吉田松陰や桂小五郎(木戸孝允)をはじめとした、次郎に感化された面々も多い。

 平和が良いに決まっているのだ。

 師である次郎が常に言っていたことである。

 しかしそれでもなお、幕府に対する言いようのない怒りは拭い去れない。

 長州の藩論は、今は表向きには見えない静かな炎ではあったが、確実に燃え上がっていく。


 晋作の脳裏には、数日前に訪れた藩の鋳砲所での光景が焼き付いていた。

 数年前に藩命で長州に戻り、兵器開発の全権を担う大村益次郎と交わした会話である。

「高炉も反射炉も、ようやく火が入りました。されど、これは大村藩で経験した工程のほんの入り口に過ぎませぬ。あちらではこの時点で銑鉄せんてつに含まれるりんや硫黄の量を厳密に管理し、均質な鋼材を安定して作り出しておりました。芸州の砂鉄は成分が異なるゆえ、同じやり方では大砲の腔線こうせんゆがみが出る。ここの職人たちが、その差異を肌で覚えねば話になりませぬ」

 ごうごうと燃え盛る反射炉の前で、汗まみれの益次郎は無感動な声で言った。

「さすがは益次郎どのだ。物事の本質を見抜いておられる」

 晋作は素直に感嘆した。ただ反射炉を動かすだけでなく、その先にある品質の安定化まで見据えている。

 大村藩で培われた経験の差は歴然であった。

 形だけをまねても魂は宿らない。それは兵器も国造りも同じである。

「晋作殿、それだけではありません」

「と言うと?」

 益次郎は汗を拭い、横にある休憩所へ晋作を案内する。茶でも飲みながら話をしようと誘ったのだ。

 大村から藩主に請われて長州へ戻ったはいいが、あまりの差にどこから手をつけていいのか考えているようにも思える。

「鉄については、あと二つ」

 休憩室の椅子に座って大きな急須の冷めた茶を高杉に勧めながら、自身は|茶碗《ちゃわん》の茶をぐいっと飲み干す。

「さきほど芸州産の鉄と申したが、まず、値が高い。1トン……つまり約二百六十六貫六百七十もんめにございますが、これで銀十貫目(約1万両・慶応四年価格)もするのです。ペリーがきてから六~七倍になっております。こりゃあ鉄が減ったんじゃなく、入り用が増えたからに相違ありません。奥出雲の鉄も同じでしょう」

 この時期の鉄の産出は中国地方が大部分を占めており、全体の9割弱であった。その他は東北などである。国内の鉄生産量(採掘量)が400トン前後で、そのうち350トン弱が芸州を含む奥出雲や中国地方なのだ。

「値が高すぎます。それに出雲は親藩。広島藩も備中の諸藩も、幕府が長州に売るなと言えば、否とは言えますまい」

 兵糧の供給や資源の供給を断つのは兵法の常道ではあるが、確かにそうなれば国内の鉄は長州には入らない。

 日本古来の製鉄法は論外だが、高炉や反射炉を用いた製鉄でも、18ポンドカノン砲(1,500kg)なら約2.5~3トンの鉄鉱石が必要で、1トンで製造できる小銃は100丁前後である。

 費用はもとより、止められたら死活問題だ。

「では如何いかが致す?」

「すでに御家老様に願い出て、長崎にてオランダから輸入する手筈てはずを整えております」

「おお、それは重畳。いかほどなのでしょうか」

「1トンあたり銀1,400匁から2,800匁と聞き及んでおります」

「! 何ゆえ然様さように差が出るので?」

「オランダの商人から買うか、日本の商人から買うかの違いにございます。大村藩は大浦屋や小曽根屋といった藩の御用商人が直に買い付けに行き、自前の船で運んできます故、オランダ商人より安いのです。ただ、それはほとんどが大村家中の製錬所行きですがね」

 ここにきて、次郎がクルティウスと交わした密約がフロンティアメリットとして大村藩に如実に現れていたのだ。

「今一つ、これは只今ただいまの事ではございますが、大村からできあがった鉄を買った方が安上がりにございます」

「! それは如何いかなる……?」

「質が良いのでござるよ。比べ物にならぬほど。試行錯誤を繰り返してつくるより、かかる費えを考えれば、今ははるかに安上がりにござろう。その鉄を溶かして大砲なり小銃なりにすれば良いのでござるからな」

 要するに長期的に見て長州藩の技術力が大村藩レベル、せめて欧米レベルまでいけばいい。

 ただしそれまでは試行錯誤で余計にコストがかかり、できあがった品の質の良し悪しもわからないのだ。

 それならば、鉄材を大村から仕入れた方が安上がりであり安全である。

「益次郎殿は如何に考える?」

「それは考えずとも、買った方が良いに決まっております。幕府を倒す力をつけるには一刻の猶予もありませぬ。試行錯誤はすれども、備えをはやく致すに越した事はありませぬゆえ」

 即答した益次郎に驚いた高杉であったが、不思議と心が安らいだ。

 このお男がいれば安心だ。

 兵力に劣ろうとも、惨敗はすまいと。


 ――現在。

 藩庁で長崎からの電信を受けた藩士が息を切らして駆け込んできた。

「申し上げます。長崎にて、米国の武器商人がエンフィールド銃千丁の売り込みに参りました」

「値は?」

「一丁につき十二両でございます」

 高杉の眉がぴくりと動いた。

「話にならん。断れ。十二両とは随分と高いではないか」

「はい。しかし米国商人は『最新式のエンフィールド銃で、アメリカの南北戦争でも使用された実績がある』と申しております。他に売るぞ、と」

 ははははは! と高杉は高らかに笑った。

「売るなら売れば良い。佐賀から三分の一の値で買えると申すのだ。加えて主らのスナイドル銃も五分の一で買えるとな」

「ははっ」

 高杉は益次郎との話の後、銃の価格を精査していたのだ。

 大村藩はトーマス転炉の開発と平炉の併用で良質の鋼材を製造できているし、その鋼材を購入した佐賀藩は、もはや欧米ではなく大村藩を目標としていた。

 その結果ジャスポー銃と同等の小銃が製造可能になり、エンフィールド銃とスナイドル銃の増産・他藩への販売ができるようになっていたのだ。

 技術力No.2は間違いなく佐賀藩である。

 輸送コストと日本を下に見ていた(パリ万博の情報を知らない)商人は暴利を得ようとして失敗したのであった。


 ■山口藩庁 評定所

 周布の死を受けて長州の藩論は武備恭順であり、藩主の養生を装った富国強兵の期間であった。

 家老の福原元僴もとたけや益田親施ちかのぶ国司親相くにしちかすけをはじめ、桂小五郎や高杉晋作など藩の重役が合議しているなか、薩摩藩からの密使が到着したのである。


「薩摩の方が、何の御用ですかな」

 上座に座る筆頭家老の福原が、威厳を保ちつつ硬い声で質問した。

「福原様、お初にお目にかかります。こちらは我が藩家老、小松帯刀より高杉晋作殿への書状にございます」

 現れた密使は周囲の視線にも臆せず言った。

 評定の間の空気が凍りつく。

 藩の最高意思決定の場に、他藩の家老から一藩士個人に宛てた書状が届いたのである。その異例の事態が、高杉晋作の立場を何よりも雄弁に物語っていた。

 家老たちの間にわずかな動揺が走る。

 福原は眉一つ動かさなかったが、視線は厳しく晋作へと注がれた。藩の公式な序列を無視した薩摩のやり方に不快感を示しつつも、とがめられない。

 薩摩が意図的にこの場を選び、高杉を指名したのだ。

「……僕に? 承知した」

 全ての視線が集まる中、高杉は静かに席を立って密使の前へと進み出た。

 書状を受け取ると高杉はすぐさま上座の福原の面前へ行き、一礼しつつ書状を差し出す。

 もちろん中身は見ていない。

 二心なき証である。

 高杉の私邸ではなく、わざわざ公の評定所へ来たのだ。近況報告であるはずがない。


 福原はゆっくりと封を切り、中にあった書面に目を通した。

 表情は変わらない。

 しかし、その場の誰もが、紙面に記された内容が藩の運命を左右すると感じ取っていた。

「……薩摩は、共に幕府を敵と見なし、我らと手を組みたいと、そう申しておる」

 評定の間は静かにざわめいた。

 憎悪も歓喜もない。

 ただ『何ゆえ今、薩摩が?』

 純粋な政治的疑問からくるざわめきであった。

 福原は、そのざわめきを手で制す。

 そして視線をまっすぐに高杉へと向けた。

「晋作、この書状の名指しはお主であった。この案、如何に考える」

 筆頭家老からの公式な意見の要請である。

 全視線が晋作へと集中した。

 居住まいを正し、上座の福原に深く一礼すると、晋作は使者を見据える。

「……先の京での一件、御家中は特に災いを被ったわけではございますまい? その御家中が今我らと結ぶ利は何か。また、我らがこの話に乗る事で、つぶさには(具体的に)如何なる益を得られるのか。まずは、その点を伺いたい」

 声には怒りも非難も、皮肉さえも含まれていなかった。

 ただ淡々と事実を確認し、相手の動機とこちらの利益を問う。それは商人同士が取引の条件を確認する、あまりに即物的で、政治的な問いであった。

「……それは、我ら両藩にとっての何を恐れねばならぬかは、もはや明らかにございますゆえ。此度の周布様の一件、決して他人事ではございませぬ」

「なるほど。然らばその恐れを排するために、我が長州が御家中と組むとして、我らは何を差し出し、御家中は何を我らにしていただけるので?」


「何も然様に難しく考えなくともよいのです、ただの、軍事、兵事の同盟にござる」

 ――軍事同盟。

 一瞬で場が静まり返った。


 ■数日後 御所

 香の匂いが静かに満ちていた。

 御簾みすの向こうに座す孝明天皇へ、岩倉具視は深く頭を垂れている。

「……岩倉。そもじ(あなた)の考え、申してみよ」

 凛とした声が静寂を破った。岩倉は顔を上げず、言葉を選びながら口を開く。

「はっ。此度こたびの京での一連の騒ぎ、幕府の知らせではすでに鎮めたとの由にござりましゃる。されど主上おかみ。都の民、加えてわもじら(我ら)に広がる不安の根は、何一つ断たれてはおりませぬ」

 岩倉は幕府の失態を直接的に弾劾するのではなく、まず帝の足元に広がる不安を奏上した。

「守護職の兵糧蔵が焼け、升屋では多くの血が流れました。幕府の威光、地に落ちたりとの声も……」

「……二条(関白・二条斉敬)らは、中納言(慶喜)の手腕を褒めそやしておったがな」

 言葉にはトゲがあった。佐幕派の筆頭である関白の名を出したのは、岩倉の真意を試すためである。

「はい。然れどその手腕が、あまりに多くの血を流させ、長州の消えぬ恨みを買った事もまた真。中納言殿のやり方は、力で火を消したに過ぎず、火種はむしろ大きくなっておりましゃる。このままでは、朝廷をも巻き込む、さらなる大乱を招きかねませぬ」

 岩倉はここで、初めて本題に踏み込んだ。

「幕府に都を任せては、主上の御身も危ううござりましゃる。今こそ、朝廷が自ら、帝をお守りする力を持つべき時かと」

「……近衛このえの兵を増やすか。なれど、それも二条や九条(左大臣・九条道孝)らが許しはすまい。幕府を刺激するだけだと」

 孝明天皇は佐幕派公卿くぎょうたちの抵抗を的確に指摘した。岩倉の策が、朝廷内に大きな亀裂を生むと理解しているのである。

「さればこそ主上。幕府も、佐幕派の皆様方も、誰もが認めざるを得ぬ『大義』と『実』を伴う忠臣に、その任を授けるのでござりましゃる」

 岩倉は、ここで初めてわずかに顔を上げた。

「ここは主上。大村藩のこれまでの功に報い、大村中将に正四位下、太田和次郎に従五位上を授けたまい、その上で、彼の者らに主上直属の『近衛府』と『弾正台』をつかさどらせてはいかがでございましょう。幕府への功もあつい大村藩なれば、朝議の場での騒ぎもなく、朝廷の威を高める絶好の機と存じましゃる」

 佐幕派の抵抗を踏まえたうえで、反対を封じ込めるための絶妙な人選と大義名分を伴った策であった。

 長い沈黙が場を支配した。やがて、御簾の奥から決意を秘めた声が響く。

「……そもじの策はあまりに過激に過ぎよう。然れど、中納言のやり方にも、もはやこの国の行く末は任せられぬ。……許す。岩倉、そもじに任せる」

 岩倉は、その勅許の重さにただ深く頭を垂れるしかなかった。


 次回予告 第454話 (仮)『激震と薩摩』

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