慶長四年十一月二日(西暦1599年12月19日)
「おいおっさん! まさか今この有り様でくたばるつもりじゃねえだろうな?」
「ふっ……。その声は平九郎か。余に然様な物言いが出来るのはお主しかおらんが。減らず口をたたきおって」
部屋の中には純正と信長の2人だけである。
ほかには人払いをされて誰もいない。
「斯様に無様な姿を見せとうはなかったが、病には勝てぬわ」
そう言った信長は肌着の上に小袖を着ており、寝起きにしてはしっかりとした装いである。顔はやつれているが、髪は整っている。
おしろいが適度に塗られ、頬と唇には血色を良く見せるためにうっすらと紅が塗られていた。
病床にあっても、純正には見せたくない信長の気概の現れなのだろう。
「して、加減はいかがなのだ?」
公式には殿下、中将と呼び合ってはいるが、長い付き合いである。
信長の破天荒な性格と純正の戦国らしからぬ立ち居振る舞いが、2人をいつしか軽口をたたく間柄にしていたのだ。
「うむ、こうして起き上がってはいるが、一人では立ち上がって歩く事もままならぬ。医者は静養が第一じゃと申しておるが、いっこうに快方に向かわぬのだ。こればかりは是非もない」
確かに平静を装ってはいるが、信長の病状は良くはない。誰の目にも明らかだ。
「とにかく、今は養生せねばならん。諫早から医者を連れてきた。侍医はいるのだろうが、別の見立てもいろう。いかなる手を使っても治ってもらわねばならん」
「この先の事か?」
ふと、信長が口に出した。
「案ずるでない。お主の考えは心得ておる。これまでは余の不徳のいたすところではあるが、織田州はお主の考えに従おう。信秀にもそう申しつけておる。信則もじゃ」
信長の中には自分が隠居する前から不正があり、信忠に代替わりしてから拍車がかかった事実に、罪悪感を感じているのかもしれない。
痛みを伴おうとも、天下万民が幸せに暮らすには、純正の言うとおりにするのが最上の選択肢なのである。
「本日、こうして三郎様(信秀・史実の秀信)と左衛門様(信則・史実の秀則)にお話いたすのは、織田家の行く末にございます」
岐阜城の別室で、信秀と信則に話をしているのは、織田家を信長の代から支えてきた武井十左衛門である。
十左衛門の父である助直は現在88歳で隠居していたが、その意志を息子に託していた。
息子の十左衛門ですら70歳、隠居の歳である。
「十左衛門、行く末とは何じゃ? 何が気がかりなのだ?」
「そうじゃ。父上が亡くなって我らは悲嘆に暮れておったが、我らの意志は決まっておる」
信秀に続いて弟の信則も答えた。
「殿下のご意向どおり、受け入れるのが織田家のため、領民のためであろう」
うなずく信則の言葉には応じずに、十左衛門は反論する。
「はたしてそうでしょうか。御二方は、殿下が織田家をそのままにしておくとお考えなのですか?」
「このまま、とはいかなる事じゃ、十左衛門」
「織田州は肥前州に次いで国土が広く国力も高い。それを統べていた織田家を、所領の召し上げだけで終わらせるか、甚だ疑わしく存じます」
信秀と信則は、十左衛門の言葉に困惑した表情を見せた。
「十左衛門、それはいかなる意味じゃ?」
信秀が眉をひそめて問うた。
「つまりは……」
十左衛門は声を潜める。
「殿下は、身の上の仕来りを廃し、教育を必定の務め(義務化)とし、俸禄をすべて給金となすと仰せにございます。然れどそれは、織田家の力をそぐためではございませんか?」
「何を申す」
信則が一笑に付した。
「殿下は天下万民の幸福を願っていらっしゃるのだ。我らとて心得がたい儀ではあるが、所領召し上げとなっても、その地の政は我らが行うのであろう? それに相応の給金をいただくのだ。当面は苦労もあろうし、受け入れがたくもあろう。然れど、それがもっとも良き進むべき道ではないか」
「左衛門(信則)様、お気持ちは分かります」
十左衛門は冷静に続けた。
「されど、実に真の世(現実)をご覧になってください。肥前国の力は他州を圧しております。織田州がそれに次ぐのもまた、真にございます。殿下は此度は容赦いたしますまい。禍根を残さぬよう……もしそれがしが殿下なら、力のある大名家は根こそぎ力を奪いまする。このまま従えば、織田家は肥前国の属国になってしまいますぞ」
「なんと! 然様な事、あろうはずがない! 殿下と祖父上の間柄なら尚更である!」
信秀も激高した。
「我らは大日本国の一員として、相助けてきたではないか!」
「三郎様、そのお考えこそが危ういのです」
十左衛門は首を振った。
「殿下と中将様のご関係は確かに深いものがございました。されど、政治と私情は別でございましょう」
十左衛門は居住まいを正し、2人を見る。
「殿下は『肥前国』と名乗り、大日本国を『保護国』とすると仰せでした。これは実のところ併合ではございませんか?」
「それは……」
信秀は言葉に詰まった。
確かに、純正の宣言が衝撃的だったのは事実である。
「加えて、殿下の御政道をよくお考えください。すべて、これまでの仕組みを壊すものにございます」
「されど、それは民のためではないのか?」
信則は反論した。
純正も信則も、民を思う心に違いはない。違うのはその程度と在り方である。
「肥前国が繁栄しているのも、それら御政道のおかげではないか」
「左衛門(信則)様、それは表だけを見た捉え方にございます」
十左衛門は深いため息をついて続けた。
「確かに肥前国は繁栄しております。されど、その代わりに何を失ったか、ご存じですか?」
「代わりに? 何を失ったのだ?」
信秀は眉をひそめた。
十左衛門が自分たちを諭し、間違いを正そうとしているのは理解できる。しかし何が間違いで何が正しいのか、今までの考えが間違っているのだろうか。
「肥前国では、大名が形ばかりとなっております」
十左衛門は重々しく言った。
「殿下は確かに君主でいらっしゃいますが、ほかの大名家は皆、ただの役人になってしまいました」
「それは……」
信則は考え込んだ。
確かに、肥前国では龍造寺家も鍋島家も、かつての独立性はない。
鍋島家は最初から給金制を受け入れ、龍造寺純家(純正偏諱の政家)の許しを得て官僚となっている。
君臨すれども統治せず。
イギリスの立憲君主制を表した言葉だが、これがもっとも近いかもしれない。
各大名家は領地を保有するが統治権はない。その領地もピンからキリまでだが、島津や毛利のような大身もあれば、1万石程度の大名もいるのだ。
共通しているのは、領民は大名家の民ではなく小佐々家(肥前国)の国民であり、あくまで農作や工業などには賃金を払って従事させている。
領地よりも土地や資産と考えた方が早い。
そして特権はなく、名門としての矜持(模範的な国民の意味と家門の伝統)のみを保っているのだ。
例えて言えば、現在の日本の旧華族や旧皇族が、特権はなくなっても教養があって品位もあるのと同じかもしれない。
実際に一定以上の武士階級は明治には貴族階級となり、戦後も大なり小なり、その面影は残っている。
肥前国においては土地(領地)を放棄した(させられた)、または持っていない者は、すべて官僚なのだ。
「つまり、殿下の御政道を受け入れれば、織田家もそうなるのです」
十左衛門は断言した。
「お二人とも織田弾正忠家の血を引く名門です。それを、ただの役人に成り下がらせてよいのでしょうか?」
信秀と信則は重苦しい沈黙に包まれたが、それだけ十左衛門の指摘には確かな説得力があったのだ。
「十左衛門の言いたき儀は良く分かる。されど……是非もなし。これも時の流れであろうし、殿下に逆らえば……」
信秀がようやく口を開いた。
「肥前国の軍事力は他州を圧しておる。戦になれば勝ち筋はなかろう? 我が家中、いや織田州においては沿岸の備えに洋式軍船と大砲があるが、とてもとても。陸軍は数も戦道具も到底足元にも及ばぬ」
「然に候(そうです)。織田のみでは太刀打ちできません」
十左衛門はうなずいた。
「されど、他州と連携すれば話は別です」
「他州?」
信則が興味を示した。
「我が州に限らず、殿下の御政道に異を唱える大名は多いはず。殿下に従えば、それすなわち大名家が小佐々家の走狗に落ちぶれると同義にございますからな。お許しあらば、すぐにでも使いを遣わしましょう。合力して抗えばよいのです」
十左衛門は声を潜めた。
「待て、待たぬか。オレはまだ織田家の当主ではない。殿下の仰せも、お主の考えも、どちらも一理ある。勝手には決められぬし、熟慮に熟慮を重ねねばならん。それから祖父上のお考えも聞かねば」
「殿、申し上げにくいのですが、上様はもはや……」
「言うな!」
はじめて信秀に対して『殿』と呼んだ十左衛門を、制する声が響いた。
次回予告 第881話 (仮)『密書と各州』

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