第72話 674石から11,536石へ 針尾三郎左衛門 

 月が変わって、

 同年 五月 沢森城 沢森政忠

 叔父上たちの首は、丁寧に、本当に細心の注意を払って、小佐々城に送った。

 本来は俺も一緒に行きたかった。俺は一生分の涙を流した気がした。一生分の叫びをし、慟哭した。

 佐世保湾海戦では風が味方した。

 測距儀の力もあるかもしれない。頑張って少しでも性能の良いフランキ砲を作ってくれた職人。力がない分、経済力と技術力で自分を守ろうとした。

 でも、自分の大切な人すら守れなかった。

 状況が違えば、自分が死んでいたかもしれないのだ。

 今は、全部抜けてしまって、まるで自分が機械になった様に、淡々と業務をこなしている。そのまま元の世界の俺のように、通夜や初七日、四十九日は喪に服したかった。

 しかしそれは無理な相談だった。もう、止めよう。どうあがいたって、もがいたって、元の世界には戻れないのだ。

 宮村城には小田鎮光を城代として置き、抑えとして第一連隊も駐屯させた。武器弾薬や兵糧はすぐに備蓄させた。

 それから敗れたとはいえ、内海、福田の両家には千貫を見舞金として贈った。

 見舞金の金額として、多いのか少ないのかはわからない。しかし、劣勢でも味方になってくれる勢力はありがたかった。

 戦死した兵たちの家族にも、もちろん相応の見舞金を贈った。戸籍を管理し、住民の出身地や、家族構成などをしっかり管理していたから出来た。

 宮の村は実効支配している。

 それからしばらくして、降伏した針尾三郎左衛門が、今後の沙汰を得るべく、城に来た。

「よう参ったな、三郎左衛門。面をあげよ」

 俺は淡々と、静かに声をかけた。

「はは!」

 三郎左衛門は筋骨隆々としていて、精悍な顔つきの、いかにも働き盛りの青年だった。その横には四歳の弟の九左衛門と、十一歳の嫡男、太郎兵衛昌治がいた。

「この度は我らの降伏をお受けくださり、誠にありがとうございます」

 三郎左衛門が頭を下げる。

 それは、もうよい、と面をあげさせる。

「それで、その方ら、この後どうするつもりじゃ?」

 俺は表情を変えずに聞く。

「は、まずは弟九左衛門を、人質としてお預けいたしとう存じます」

「うむ。それで?」

「は、我ら一同、今後は平九郎様を盟主と仰ぎ、行動を共にいたしたいと考えております」

「うむ。そして?」

「は、……」

 三郎左衛門が言葉につまった。

「わからぬか? 他にはどうするのじゃ?」

 言葉に詰まり、どう処して良いのかわからない様だ。俺はふう、とため息をついた。

「その方の所領の事じゃ。……まさか、本領安堵などと、言うのではあるまいな?」

「いえ、それは……」

 言葉にならない声を、無理やり絞り出しているようだ。

「寝ぼけた事を申すな! ! ! !」

 俺は怒鳴り、扇子を三郎左衛門めがけて投げつける。瞬間、三郎左衛門は再度平伏し、太郎兵衛昌治もそれに倣う。震えている。九左衛門にいたっては今にも泣き出しそうだ。

「我らがいつ針尾に攻め込んだ? いつその方らの民を虐げ、その方らの財を奪ったのだ! ! ? ?」

 押し殺していた感情があふれてきた。

「一昨年兄を殺したのは誰だ? 俺の叔父三人を殺した平戸や後藤と組んで、やっとの事で手に入れた、南蛮との交易を盗もうとしたのは誰じゃ!」

 次々に出てくる言葉は容赦なく三郎左衛門たちに降りかかる。

「その方の父親、針尾伊賀守ではないか!」

 三郎左衛門は平伏したまま動こうとしない。

「……。城はそのままで良い。所領は小鯛郷のみとする。それから三郎左衛門、その方は隠居せよ」

 まるで最初から決めていたかのように、俺は告げた。

「な! それは余りにも! 一族郎党が食べていけませぬ! 何卒!」

 当然の反応だ。もともと針尾島の三分の二、千六百石程度は領していたのだ。十分の一以下かもしれない。

「黙れ! 十分に食えて、また背かれでもしたらたまらんではないか! その方らが二度と背かぬ保証がどこにある!!」

 俺は吐き捨てるように言う。

「心配せずとも一族郎党分の、最低限の扶持米はくれてやる。城の補修やその他金が必要になったら言ってくればいい」

「ぐ! ……。かしこまりました」

 三郎左衛門は興奮して震えている体を必死でこらえている。ふぅぅ、ふぅぅ、ふぅぅ……。呼吸音が聞こえ、畳を押さえつけている。

「今日は疲れた。しばし休む。その方らも下がれ」

 俺は立ち上がり、三郎左衛門の横を通り過ぎようとした。その時であった。

 不注意である。降伏したとは言え、昨日まで敵だった男が帯刀しているのだ。

 三郎左衛門はすっくと立ち上がり、素早く刀の柄に手をかけ抜いた後、背後から振りかぶって斬り下ろしてきた。

「おのれ政忠! 許さぬ! !」

 奇声ともとれる雄叫びをあげた次の瞬間、しゅんっしゅんっと音がしたかと思うと、三郎左衛門の動きが止まった。

「曲者である! 出会え出会え!」

 数名の兵に取り囲まれた三郎左衛門は斬り伏せられ、息絶えた。

「助かった。礼を言う。その方、名は?」

「は、ありがとうござりまする。名はありませぬ。お頭様からは隠(オン)と呼ばれておりまする。殿の警護を仰せつかっておりました」

「そうか、千方が。ありがとう。これからも頼む」

 隠はこくりとうなずき姿を消した。

 俺は三郎左衛門の死体をキレイに片付け、針尾城に送り届けさせた。もちろん丁重にだ。

 泣きわめく九左衛門と、震えながらそれを抱きかかえている太郎兵衛昌治。

 俺は二人を城で育てる事にした。もちろん家族も一緒にだ。家臣は希望する者は召し抱え、そうでない者は自由に放免した。

 針尾城には城代を置き、旧針尾家の領地は直接支配する様にする。

 無礼を働いた無礼討ちであったが、葬式はしっかりとあげさせた。全てが終わり、家族とその郎党が沢森城へやってきた。

 旧針尾領での領民による騒動も起きなかった。

 もともと年貢は高くなかったが、それでも沢森領の住心地の良さは噂になっていたらしい。一年の年貢減免も行ったのが原因であろう。

 

 

 

 一人目の処遇が終わった。

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