第31話 平戸道喜と石鹸

 永禄四年 六月初旬 大村城下 平戸道喜

 街全体の賑わいはそれほどでもない。ごくごく普通だ。

 いや、それ以下かもしれない。昨日は平戸から茶の買付で嬉野に行った後、大村の城下町で妙な物が売られている噂を聞いて、帰る前に遠出してやってきた。

「さあさあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ここに取り出しましたるは、あの! しゃぼん! 南蛮人が日の本に持ち込み、あっと言う間に殿様や奥方様、上方の公家の皆さまが競い合って買い求めている品でございます!」

 なにやら人だかりができている。

「いままでは値段がべらぼうに高く、とても手が出なかったが、これが今回一つたったの十二文! 衣を洗うのはもちろん、手や体を洗っても、たちどころに汚れを落とす、キレイになるから病気にもなりにくいときたもんだ!」

 口上は上手いな。素人には見えない。

「さあ! そこの奥さん、今は洗濯何使ってる? 灰汁? そうでしょうそうでしょう! そのかわりにこの石けん使ってみてごらんなさい、ほらこうやって水に浸してこすって、いい泡立ちでしょう! するとみるみるうちに! さあ、どうだ! 買った買った! 早い者勝ちだよ~!」

 なに? しゃぼんだと?!

 耳を疑った。しゃぼんは私も取り扱った事はある。だがかなり高価で、しかも量が少ない。貴人の間で大人気なのでかなり儲けさせてもらったが、やはり量が少ない。

 商いの基盤にはできなかった。

 ひとつ十二文だと? 塩一升、豆腐一丁が四文で計算しても、決して安くはない。(それでも私が扱ったしゃぼんと比べるとあり得ない程安いが)

 だが、飛ぶように売れている。なぜだ? 近くに寄って見てみる。確かに実演している布切れの汚れはしっかり泡立って、水ですすぐとキレイに落ちているのだ。

 どこで仕入れた? いや、誰がこんなに大量の石けんを作ったのだ? そもそも製造方法は誰も知らないはずだ。

「もし?」

 私は売り子の近くに寄って尋ねた。

「はい、いらっしゃい! いくつご入用で!」

 男は元気よく返事をする。

「いや、買うわけではないのだか」

「なんだ、客じゃないのかあ。じゃあ邪魔になるから、よっと、ごめんよ。ちょっとどいてくれないか。はい! ふたつね! 毎度あり!」

 私はさらに詰め寄って聞こうとするが、後ろに控えていた護衛の男が刀の鞘に手をかけようとする。

「邪魔だと申しておろう。どうしてもと言うなら、商いが全部終わってからにしてくれ」

 我らは少し後ずさった。

「ありがとうございます。作兵衛さま。でも、相手も刃物を出した訳ではありませんし、お気持ちだけで。作兵衛様の剣は、盗賊が出た時の為に取っておいてくださいまし」

「ん、弥市、おぬしがそういうなら、まあよい」

 どうやら助かった。もっとも往来で刃傷沙汰を起こす商人はいないだろう。

 一刻ほどして、

「完売ですね。良かった良かった。それで、その、あなた。何か私に用なんですか?」

 弥市、それがこの商人の名前なのだろう。弥一はふうっと一息ついた後、聞いてきた。

「そうです。これは本当にしゃぼんなんですか? 本物だとしたら、一個十二文など安すぎる。これだけの量をどこから仕入れ、いや、誰が作っているんですか?」

 今まで待っていた分、矢継ぎ早に質問した。

「うーん、まあ、なんでしょうね。まず、なぜ私があなたに、商いの種を教えないといけないんでしょうか?」

 しまった! と思った。

 いきなり本題に入り、しかも核心をついた質問ばかりだ。

「いや、それは至極ごもっとも。私は平戸の商人で、平戸道喜と申します。理由は、そうですね、端的な事を申しますと、単純に商人として知りたい、そう思っただけです。ですから、何卒、教えてくれませんか?」

 頼んだからとて、そう簡単に教えてくれるはずもない、か。

「わかりました! それでは、私もあなたも商人同士。もしあなたが平戸はもちろん、博多や肥後など遠方に商いにいくとき、できる限り船や人夫、護衛も含めて融通しましょう。それでいかがかな?」

 条件を提示して、情報を聞き出そうとした。商人として利がないと感じれば乗らないし、感じれば乗る。

 弥市は腕を組んでうーん、と考えていたが、ぽんっと手を打って元気よく答えた。

「わかりました! ではそれで手を打ちましょう! 約束は守ってくださいね」

 急に笑顔になった弥一は話し出す。

「この石けんはですね……」

 護衛の作兵衛は、商いの話にはまったく興味がないのだろう。私達のやりとりを、無表情で眺めていた。

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