慶応五(明治二)年四月二十七日(1869年6月7日) 京都 貴族院
「井伊掃部頭殿の弾劾を求める! 大義なき戦を起こそうとした罪は万死に値する!」
長州藩の議員席から、木戸孝允の鋭い声が響き渡った。
議場は次に口を開くであろう薩摩藩の席に注目する。
座るのは薩摩藩家老の小松帯刀であった。
帯刀はゆっくりと立ち上がると、木戸の言葉を引き継いで発言する。
「木戸殿の仰せの儀、掃部頭様の責を問う声が上がるのも、無理からぬ事。……されど、それがしが思うに、障りの根はさらに深いところにござる」
落ち着いた声は、不思議と騒がしい議場に染み渡った。
「先の議会にて、六衛督様が問われた『公儀御料所』の儀。あれこそが、この国の歪みの本質を突くものであったと、それがしは考えております」
帯刀は次郎をちらっと見ると、静かに言葉を続ける。
「公儀の財と徳川将軍家の財が、もはや分かち難く結びついておりまする。本来公儀の御料所は、将軍家の私財であってはならぬものではござらぬか。『公私混同』こそが、万般の政の乱れの根に他なりませぬ。さらば大本を正すのが筋。今のままでは、御料所は公の御料所たりえませぬぞ」
そう言って再び天領の朝廷への返還を求めたのだ。
次郎が言った内容を、言葉を変えて発議したのである。
「黙れ、朝敵どもが!」
「どの口でさような戯言を!」
木戸の過激な要求や帯刀の発言に、公議政体党の議員たちが一斉に立ち上がった。
怒号と罵声が飛び交い、議場はたちまち混乱の渦に飲み込まれる。
議長席に座る次郎は、冷静に議事進行用の木槌を鳴らすが、興奮した議員たちの耳には届かない。
「静粛に、井伊掃部頭殿、答弁をどうぞ」
次郎の声が騒然とする議場に響いた。
議員たちははっと我に返って口をつぐみ、全ての視線がただ一人、直憲に向けられる。
「木戸殿、世が世なら、切腹ものでござるな。無位無官の陪臣が譜代のそれがしにかような物言い。いかに世が流れようとも、節度を失うてはならぬ。そうは思われぬか? 加えて万死に値するとはいかなる了見か。小松殿、言葉は柔和なれども、その儀は議論に議論を重ねた詮議方で答えを出し、すでに本会議で議決されておる。いまさら議論は詮無き事であろう」
直憲の言葉は冷静かつ鋭利であった。
感情的な高ぶりはなく、揺るぎない事実と誰もが認めざるを得ない道理だけである。
陪臣である木戸が譜代大名たる自分に投げつけた『万死に値する』という言葉。
仮に立場が対等であり、万機公論の場であっても、守られるべき礼節を著しく欠いた暴言である。直憲に言わせれば、幕府に対して公言して憚らないその態度こそ、万死に値するのだ。
そして小松が持ち出した天領返上の発議。
まさに数日前、正式な手続きを踏んで委員会にて審議され、本会議で否決されたばかりの案件であった。
「そもそも、である。一度議会が決した事を、なにゆえ今また蒸し返すのか。小松殿、木戸殿。貴殿らは、議会の決定を軽んじておられるのか。それとも、単に議事を遅らせ、我らを疲弊させる事が当て所(目的)なのか」
直憲はゆっくりと議場を見渡し、議員全員の顔を確かめながら視線を動かす。
「先日それがしは、長州征討の動議をいたした。しかれども議会の論戦にて、自らの考えが時期尚早であり、左衛門佐殿の考えもっともだと思うたからこそ、取り下げたのじゃ。これぞ議会による政、万機公論による政ではござらぬか?」
誰もヤジる者はいない。
数日前まで次郎や純顕と論戦を繰り広げてきたのである。
「議長、それゆえそれがしは木戸殿、小松殿両者に問いたい。よろしいか」
「許可します」
「木戸殿、小松殿。貴殿らは議会の決定を尊重する気があるのか、それとも己の思うままにならぬ時のみ、議論を蒸し返すつもりなのか」
直憲の言葉に議場は静まり返った。
木戸と小松は顔を見合わせているが、反論に困っているのは明らかである。
「加えて申せば」
直憲は続ける。
「木戸殿がそれがしを『万死に値する』と罵られたが、果たしてそれは適切な物言いか。それがしが長州征討の動議を出したのは、長州藩が朝廷に弓を引いた事実があったからに他ならぬ。されど議会の論戦を経て、それがしは己の考えを改めた。これこそが議会政治の本義ではないか」
もう一度木戸の発言と自らの言動を比べて非を正すつもりである。
「しかるに貴殿らは議会を離れ、挙げ句武力に訴えんとした。李下に冠を正さずと言う。今になって議会に戻り、すでに決した案件を蒸し返す。これのどこが『万機公論』なのか、それがしには解せませぬ」
さらに直憲は、長年薩摩藩が行ってきた琉球を介した密貿易をやり玉に挙げた。帯刀が立ち上がって反論しようとしたが、直憲はそれを制したのである。
「小松殿、『公私混同』を正すと仰せだが、それならばまず貴藩の行いを省みられよ。公儀は御家中に琉球の管理は託したが、抜荷などもってのほか。私腹を肥やすとは何事か。それこそ『公私混同』の最たるものではないか」
「小松殿、答弁をどうぞ」
直憲の独壇場になるのを防ぐため、次郎は弁解の機会を与えたのだが、密貿易は事実であり、今のところ直憲の発言に落ち度はない。
「……抜荷の儀につきましては二十年前の我が家中の家老、図書笑左衛門広郷様の|砌《みぎり》(時)に確かにございました。さりながらそれより後は……御公儀の御役人様も、公には禁ずれども、言行は別なり」
小松帯刀の答弁は苦しいものであった。
琉球を通じた密貿易について、過去の家老の責任に転嫁し、さらには幕府役人の黙認があったことを示唆する発言は、議場の空気をますます悪化させる。
「なるほど。小松殿のご発言、承った。議長、この儀は本来の発議ではござらぬゆえ、これまでといたしたいが、いかがか」
「許可します」
次郎も本来の議題ではない薩摩の密貿易に、これ以上時間をかけるべきではないと考えていた。
このまま続ければ、幕府と薩摩の間に今以上に修復不可能な溝ができあがると考えたのである。
■江戸城
京の議事堂が互いの腐敗をえぐり合う泥沼の応酬に沈んでいた、まさにその頃。
家茂と慶喜が、慶喜の建言によって謁見の間において会談していた。
さらに後ろには硬い表情で平伏する一人の男がいたが、幕府開成所教授手伝から目付けとなった西周である。
「……京の議会は、ご覧の有様にございます」
慶喜は、京からの最新の報告を述べ終えると、静かに顔を上げた。
「薩長は幕府の権威を失墜させる事のみに固執し、井伊掃部頭が丁々発止と食い止めております。大村家中の本意は先だってお知らせいたしたとおりにて、征討の発議も間一髪の論戦にて取りやめとなりましてございます」
直憲のギリギリの論戦は慶喜の知るところであったが、議会の情勢が味方すれば、仮想敵国である薩長を討つのも選択肢の1つだと考えていたのだ。
しかし、決定打がない。
長州征討の発議は次郎や純顕の本気度を測ったものである。
いざ戦となったときに、本当に味方になるのはどの藩で、敵になるのはどこかと、議場の雰囲気で見定めろと命じてもいたのだ。
慶喜は、敵になるのなら容赦はしない考えである。
「して、いかがだ? 余の考えは以前にも話したであろう」
――……成るならば、良きに計らい為すべきを為せ。成らぬなら是非もなし。徳川の失を最も少なくし、世のため人のために為せ――。
「恐れながら申し上げまする。公儀御料所管理法ならびに公儀除目開放法が議会にて可決されましたゆえ、ここに至ってはこれまで通りとは参りませぬ」
「うむ」
「さりとて、言われるがまま、為すがままとはいたしませぬ」
「……何か、策があるのだな」
家茂が静かに質問した。
「はっ。国の新たな形を示す草案を一つご用意いたしました。ここな男は西周と申しまして、文久の折にオランダへ留学しておりました。こたびの考えが秀逸ゆえ、謁見お許しいただくよう願い出ました」
「ほう……では西よ、苦しゅうない、面を上げよ」
慶喜に促され、西周は緊張した面持ちで顔を上げた。
将軍に謁見できるのはお目見え(旗本)以上である。
次回予告 第474話 『議題草案』
議会に復帰した薩長は直憲の弾劾と天領返還を要求するが、直憲は議会のルールを盾にした正論と薩摩の密貿易の弱点を突き、逆に薩長を論破する。
議会が泥沼の論争に陥る中、江戸城では徳川慶喜が将軍家茂に拝謁。
京の混乱を打開する切り札として、西周が起草した幕府中心の新たな国家構想を提示する。
西周が示す新たな国家の形とは何か。そして、日本の未来を左右する将軍家茂の決断とは?

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