第1話 『転生したら幕末の大村藩下級藩士!大村純顕と純熈に仕えて、西欧列強に対抗する。』(1837/1/6) 

 天保七年 十一月三十日(1837/1/6) 肥前大村藩 

「あいった! ……いたたたた」

 頭がズキズキする。

 痛みで目をつむって、頭を押さえる。

 二日酔い特有の痛みだ。おかしいな。俺昨日そんなに飲んだかな? いや、最近は宅飲みで、しかも缶ビール350mlを飲んでも4~5本だぞ。

 こんなに頭が痛い訳はない。

 しかし、寝れば治ると思っても、痛いから寝られないという悪循環。二日酔いの薬、確かウコンだかなんとかマックだったかがあったはずだ。

 あれを飲んで、風邪でも普通の頭痛でもないけど、バファ○○飲んで寝ればなんとかなるか……。

 体を起こして痛い頭を押さえ、目を開けてベッドから起き上がって薬箱のある棚へ向かおうとするが……。

 なんじゃこりゃあ! ! !

 どこだここは?

 まずベッドがない。横にあるのは布団だ。周りを見ても畳に障子、ふすましかない。

 え? パソコンは? テレビは? 何もかもがない……。なんだここは? 夢か? 夢を見ているのか?

 ベタすぎるがほっぺたをつねってみる。(ほおが標準語なんだろうが、ほっぺたが慣れている。ほっぺは、まあ子供じゃないし)

 ちゃんと痛い……。いや、いやいやマジかあぁ……。あり得んあり得んあり得んあり得ん……。

 しかし、何度唱えても、考えても、周りの景色は変わらず状況も同じだ。

 本当にあるのか? 転生、タイムスリップ。

 

 確か俺は50歳だったはずだ。それが何だ? 16、7歳? ガキじゃねえか。いったい何歳なんだろうか? もう一度つねるが、結果は同じ。

 いや待て、よく思い出せ。思い出せ……。確かに、昨日は久々に酒は飲んだ。……それもかなり飲んだ。

 俺は久しぶりに帰った田舎で、高校時代の仲間と酒を飲んでいた。うん、思い出してきた。

 金のなかった10代とは違って、全員がそこそこ稼ぐ年齢になっていたから、繁華街へ繰り出したんだ。

 長崎だったか? 佐世保だったか? そこまでは良く覚えていない。……思い出せない。

 ……覚えているのは居酒屋にキャバクラに、あとアフターで10人くらいでカラオケに行った……よな?

 飲み過ぎ? 急性アルコール中毒? 学生じゃあるまいし。

 ……え? てことは、俺は死んだのか? じゃあ今いる俺は何なんだ?

 

「ようやく目えば覚まされましたか、若様」

 若様? 誰の事を言っているんだ?

「え? 若様? 誰の事を言っているんだ?」

「……」

 目の前の着物を着た四十代の女性は、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。いや待て、そういえば、俺も着物だ。は?

「なんば言いよっとですか、若様。若様は一人しかおらんでしょうもん(いないでしょ?)」

 ! 長崎弁(?)じゃないか……。

「え? いや、ちょっと御免、どうにも昨日の晩、柱に頭をぶつけてしまったらしい。よく思い出せないのだ」

 適当にごまかした。

 頭を打って、とか何らかの衝撃で、というのはラノベの転生ものはよくある話ではないのか?

「ああ、やっぱり。大概酒ば飲んで、まあ子供の産まれたけん、そいも男の子ならなおさらやもんね。うかれてもしょんなかですけどね(仕方がありませんけどね)」

 ……! 子供?

「いや、つかぬ事を伺うが、それは、俺の子供か?」

「……どがんしたとですか若様、ほんなこて打ち所の悪かったちゃろうか。しゃべり方もなんか変なかし」
(どうしたんですか若様。本当に打ち所が悪かったんだろうか。しゃべり方もなんだかおかしいし)

「すまぬ、未だ頭が痛いのだ。許せ」

 まて、まてまてまてまて……。

 子持ちか俺? ていうか結婚してるなら、相手は? ……15、6歳? 嘘だろ? 犯罪やん。

「(いやまじどがんしたとやおい。なんでこげんこつなっとっとや?)」
(いや、マジでどうしたんだ俺。なんでこんな事になってんだ?)

 俺は独り言のようにつぶやいた。

「あー、そいそい。やあっと戻ったごとあっですねー。あんまい旦那様や大旦那様を心配させたら駄目ですよ。そいから明日、玖島くしまのお城にいかんばけん、ちゃあんと支度せんといかんですよ」

(あー、それそれ。やっと戻ったみたいですね。あんまり旦那様や大旦那様を心配させちゃ駄目ですよ。それから明日、玖島の城にいかなくちゃいけないんで、ちゃんと準備しないといけませんよ)

 玖島、くしま……大村! ?

「そいは……もしかして、おいは(俺は)なんかやらかした?」

「……新しい殿さん、伊織様(大村純顕すみあき)が家督ばお継ぎになって、そいで新しか家臣に挨拶ばして、そいからお役目ば授かるっちゅう話ではなかったですか?」

 お妙というその女性、あれ、なんだ、なんで名前知っているんだ? こっちの世界の記憶も多少はあるのか? 思い出しているのか?

 

 そして……伊織、伊織、伊織? ……大村藩、大村伊織、純あきか?

 純顕は確か、大村藩最後の当主大村純ひろの兄で十一代藩主の大村純顕だ。どうやら長崎(肥前)なのは間違いない。

 大村純熈は蘭学に通じて文武や学問を奨励した。

 平戸藩と同盟を結び、幕命を受けて領内に異国船に対する砲台場を築いたのも彼だ。その一方で洋式軍事技術にも力を入れている。

 兄で現当主となった純顕も、職制改革・知行制改革、商業流通統制など、様々な藩政改革を行って実績をあげている。

 大村藩はその後佐幕と倒幕で揺れ動くも、維新の立役者として、西国の雄藩として活躍する。

 その証拠に維新後の賞典禄(維新の功労者の褒美)では薩長土肥の土佐藩の四万石に次ぐ三万石を与えられているのだ。

 でもなんで薩長土肥なんだ? 

 薩長土大(大村)でもいいんじゃないか? 地元民としては(まあ広義で言えば九州、そして肥前という意味では佐賀も地元なんだが)釈然としない。

 肥前の中にも佐賀藩以外に平戸藩や島原藩、そして大村藩があったから、全部まとめて肥前で『肥』なんだろうか。

 くそう、なんかこう、格下呼ばわりされている気がする。

 歴史の矛盾というか、後世の歴史家の適当さ? というか。それに肥前と言えば佐賀藩、という鍋島家の印象が強い。

 実際は判官贔屓びいきみたいなものかもしれないが、身内意識? 

 なぜかわからないが、ふつふつと薩長土肥を薩長土大、最悪でも薩長土大佐? ぐらいにしたい、という良くわからない欲望がムクムクと芽生えてきた。

 俺がこの世界に転生したのなら、なにか意味があるはずだ。いや、意味なんかないかもしれんが、こじつけでも何でも、そうでもしないとやってられない……。

 

「あー……そうやったね。忘れとった忘れとった」

 頭が、だいぶすっきりしてきた。
 
 父親は太田和村の領主で今は見回りにいっているようだ。名前は太田和佐兵衛武豊で佐兵衛は当主の通称らしい。

 祖父は太田和一進斎。隠居して名乗った号だが、今でいう地元の名士的な存在らしい。当然の事ながら当主の時は佐兵衛を名乗り、嫡男の時は次郎左衛門を名乗っていた。

 よくよく聞いてみると、佐兵衛は『さひょうえ』と読むのではなく、『さへえ』と読むらしい。

 本当の官職なら『さひょうえ』の後に督とか助とか付くはずだが、形骸化しているものの詐称はできず、通称で『さへえ』と呼んでいるみたいだ。

 律令制の官職では、位を表す字を入れずに通称にしている例は多い。『修理』だけとか『右京』(京職)だけとかね。

 ……あ、そうだった。

 俺は父親になったらしいから、さっき妙に奥さんと子供の顔を見に行ってはどうか? と言われていたのだ。

 

「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」

 確認をしつつ奥さんと赤ちゃんがいる部屋を探していると、元気な声が聞こえた。こういう時、何て声をかけるんだろうか?

 入るぞ。

 入っていいか?

 今いいか?

 ……考えたが、今より家父長制度というか、男尊女卑がまかり通っていた時代だろうから、不審に思われないためには……。

「入るぞ」

 静かに障子をあけた。

 !

 あまりの驚きに思わずバタンと障子を閉めてしまった。

 ! !

 ! ! !

 まじか! なんで○○○○がいるんだ! ありえんだろう! まさか彼女も転生したのか?

 俺は間違いなく、自分の耳が真っ赤になって火照っているのを感じた。心臓の鼓動がどくどくどくどく聞こえる。こんなバクバクはそうそう経験できないぞ。

 学生の時好きだった女の子がなんでいるんだ? いやいや、うり二つだろう?

 しかし間違いなく障子の奥には、自分の妻として子供を抱いていたのだ。

 なんなんだこの世界? なろう系やラノベでもこんな序盤に、いきなりないぞ?

 おれは何度も新コキュをして、息を整える。すーはーすーはー。
 
 落ち着け、相手は子供じゃないか。学年で言えば中三か高一くらいだろう。そんな子供に何をドキドキしているのだ?

 

 それからしばらく、周辺を歩きながら考えを整理した。
 
 徐々に前世の記憶に今世の記憶が混じりつつ、それを踏まえて結論を出す事ができた。今は天保七年、日付は十一月三十日のようだ。

 前世だの今世だのはSFの世界だが、仮説としてもそれが事実だとする物証しかでてこない。なぜ、こうなったかは疑問だ。
 
 そして、おそらく解けないだろうという絶望感……。

 俺は現当主(家督相続した)の大村純顕すみあきの家臣で、在郷中士の太田和次郎左衛門武秋であるということ。

 あれ? 確か太田和氏って、秀吉の朝鮮出兵に従わずに改易されたんじゃなかったっけ?

 残っていると言うことは、改易されていないという事か? ……史実と違う。そして俺はその家、296石9斗8升9合4勺取りの在郷中士の家の嫡男である。

 

 その日は色々と頭の痛いことばかりだったが、状況を自分なりに整理して、そして明日出発するための準備を行い、寝た。
 
 次回 第2話 『玖島城へ向かう途上にて、心強い味方に出会う』(1837/1/7) 

コメント

タイトルとURLをコピーしました