慶応四年十二月十日(1869年1月22日) 周防国 三田尻
「御家老様、三田尻の港が見えてまいりました」
供の助三郎の声に次郎は我に返る。船室の窓に目をやると鉛色の空の下に長州の陸地が横たわっていた。
「そうか。出迎えはあるかな」
「井上馨殿が直々にお越しとの知らせにございます」
その名を聞いて次郎の胸に複雑な感情がよぎった。
井上馨と伊藤博文は、嘉永七年(1854年)以降長州藩から大村藩に遊学(名目は旅行)しており、その際に各藩の藩士ともども次郎とは交友があったのだ。
大村藩の技術を学び、先進的な思想を学んだ者たちである。
「御家老様。ようこそお越しなさいました。お待ちしておりました」
「御家老はやめてくれ、お主らは大村家中ではないのだ。次郎様でよい。あの頃と何も変わっておらぬのだ、変に気張らずとも良いぞ」
そう言って次郎は満面の笑みで返す。
山口の藩庁までは20km強であったが、馬で移動しながら途中で休憩をはさんで移動した。
■山口藩庁
次郎は敬親に挨拶をした後に井上邸へ招かれた。
井上の屋敷は質素ながらも手入れが行き届き、主の気性を表している。通された客間には既に伊藤博文が待っており、次郎の姿を認めると深々と頭を下げた。
「次郎様。ようこそお越しくださいました」
伊藤の表情は硬く、旧交を温める雰囲気ではない。
「おお、俊輔か。久しいな。壮健そうで何よりだ……が、2人とも顔が険しいぞ。オレはケンカをしに来たのではない。話を聞きにきただけだ」
伊藤博文はまだ博文には改名していない。
俊輔のままである。
次郎の言葉に井上と俊輔はわずかに表情を緩めたが、警戒を解いたわけではない。
井上は次郎を上座に促し、三人は無言で席に着いた。
部屋には重たい沈黙が流れる。互いに相手が何を考えて何を言おうとしているのかを探っていたのだ。
「さて次郎様。話を聞きに来られたとは、一体如何なるご用向きで?」
沈黙を破ったのは井上だった。
「大した事じゃない。ただ、長州が京の議会から外れて一月たつからな。中将様(敬親)も養生されたのか、お加減も良いようで何よりだ。それゆえ日本公論会の盟友として、今後の成り行きが気になったのだ」
次郎は静かに答え、続けた。
「それに、長州が熱心に軍備を整えている話も耳にする。公儀政体党の力が強まる中、万一に備えるのは当然であろうがな」
次郎の言葉に2人は一瞬顔を見合わせた。
「ご明察のとおりです。幕府がいつ我らに牙を剥くか分かりませぬゆえ。自衛のための備えは必要不可欠にございます」
井上がよどみなく答えるが、あらかじめ用意されていた答えのようであった。
「自衛か……。確かに備えは重しである。然れど急いては事を仕損じる。例えば、ご禁制の武器の密輸に手を出すが如き行いだ」
次郎はさらに踏み込んだ。
俊輔の眉が僅かにぴくりと動いたのを見逃さない。
「……我らは、然様な法を犯す真似はしておりませぬ」
俊輔が低い声で答えるが、少しだけ苛立っているようだ。
「ほう。では、長崎での会合は如何なる事かな」
次郎は言葉の調子を一切変えずに続けた。
「長崎の丸山西海亭にて、お主ら二人と薩摩の小松殿が、訛りのある英語を話す外国人と密会を重ねていたと聞いたぞ。違うのか?」
部屋の空気が凍り付いた。
井上と俊輔の顔から表情が消える。
彼らは次郎がどこまでつかんでいるのか、その真意を測りかねていた。観念したのか井上が重い口を開く。
「……次郎様の耳には、何事も筒抜けですな。いかにも、我らはトーマス・グラバーと会いました」
諦めたのか、井上の態度に俊輔も覚悟を決めた顔でうなずいた。
「そうか、やっぱりグラバーか。然れどいったい何を取引するつもりだ。今さら旧式のゲベール銃やミニエー銃を高値で買うわけでもあるまい」
次郎は笑みを浮かべている。
感情を表には出さない。
事と次第によるが、ケンカをしにきたわけではないのだ。
「我らは武器を買うのではありません。武器を作るための技術です」
井上ははっきりと答えた。
「幕府からの力による口入れに抗うための備えにございます。大村藩の如く、我らも自前で藩を守るための兵器を製造する権があるのではございませぬか。大村藩だけが許されるのもまた、おかしな話でございましょう」
俊輔が強い口調で続ける。
それは彼らの本心からの叫びであった。自分たちだけが一方的に脅かされる状況への不満と、力を持たざる者の焦りである。
「加えて次郎様、前々からお聞きしたかったのですが……」
「ん、何だ?」
「次郎様は我らのお味方でございますか? それとも幕府の味方でございますか?」
次郎は顔色を変えないが、内心は驚いた。
予想外の質問である。
「何を申すか。……敵であろうはずがない」
「然らば我らに火の粉が降り掛かった際は、大村藩が全力をもって共に戦っていただけるのでしょうか」
俊輔の問いは次郎の心臓に突き刺さった。
それは会談の核心であり、次郎がこれまで曖昧にしてきた部分である。次郎が目指すのは、内乱を避けた合議による政体の変革であった。特定の藩に与して武力を用いる行為は理想に反する。
「戦が起きぬよう努めるのが肝要ではないか。オレはそのために動いている。お主らも、そのために力を尽くすべきだ」
次郎は真っ直ぐに2人を見つめて答えた。
誠意からの言葉であったが、彼らが求めていた答えではない。
井上と俊輔の顔に失望の色が浮かぶ。
「やはり然様ですか。次郎様は我らと共に血を流す覚悟はないのですね」
井上が静かに言った。その声は冷たく響く。
「ならば、我らが自ら血を流す覚悟を決めて備えるを、誰が責められましょうか。グラバーとの儀も、そのための備えにございます。それがもし駄目だと仰せなら、大村藩がグラバーの代わりをして下さるのでしょうか?」
井上と俊輔の理屈は間違いではない。
しかしこれまで、大村藩は技術の供与を幕府以外には積極的にしてこなかったのだ。
長崎の伝習所以降、入学は基本的に幕臣限定である。親藩や旗本以外も入塾ができたが、幕府への忠誠が大前提であった。
大村藩も同じく、初級の海軍伝習課程は門戸を開いていたが、陸海の高等教育には藩士を充てていたのが現状である。初期の大村益次郎や武田斐三郎は別であり、基本的には幕府の制約もあって他藩への技術供与を許可していない。
銃器の売買に関して幕府の制約はなかったが、これは大村藩側が制約をかけており、佐賀藩レベルにとどめていた。
グラバーの代わりだと?
そうなれば真っ向から幕府と敵対する。
幕府は諸藩の力を弱めるために大船建造の禁と兵備輸入取締令を使っていた。しかし今となっては、大村藩が外国と同等以上の技術を持っている事実は明らかである。
大村藩が軍艦や武器を薩長に売り、さらには技術供与などしようものなら、幕府にとって脅威以外の何物でもない。井上や俊輔の言い分を是とするならば、大村藩は間違いなく幕府と敵対するのだ。
これまで次郎がやってきた合議による幕府勢力の弱体化と、立憲君主制による議会制民主主義の実現とは違う。
「……それは、時と場合による」
「何と?」
「時と場合によると言ったのだ」
気勢を削がれた2人は顔を見合わせる。
次郎が言う『時』と『場合』とはいったい何なのか。
「次郎様、その時とはいつにございますか? また、場合とはいかなる……」
「時とは、幕府が強大な力を持ち、薩長を滅ぼさんとしたときだ。また場合とは、いついかなる時であろうとも、同じく大義名分なく戦を仕掛けてきた場合の事」
2人には訳が分からない。
最初に言った内容と真逆だからだ。
次郎は言いたくて言ったわけではない。
しかしもし、もしそんな状況になったなら、恐らく幕府を敵に回すだろう。
そうならないように全力を尽くすが、完璧ではないのだ。
「つまり、次郎様は……大村藩は長州にお味方下さると……」
「話を最後まで聞くのだ。そうなった時、と言ったではないか。それに今我が藩が武器を売り船を売り、技術者を送ってみろ? それこそ幕府の思う壺ではないか。さあ大義名分を得たとばかりに征長軍を起こすに相違ない。慶喜なら必ずやそうする」
次郎はあえて『慶喜』と言った。
明言はしないが、こういう細かなテクニックが、相手に自分は味方だと思わせるのである。
「加えて蝦夷地の開拓に七万五千両も出しておろう? 幕府と戦って……もし負け、いや如何なる結果となろうとも、戻っては来ぬぞ」
実際にはアラスカの開発は進行中であり、順次開拓の人員がアラスカへ渡っていた。
2人は知る由もないが、どうでもいい素振りを見せる。
祖国(藩)の存亡を賭けているのだ。
投資金額は少額ではないが、それどころではないのだろう。
「それに、いくらかかるか聞いたのか?」
次郎は試算をしていた。
大村に海軍伝習所と造船所を作る際に呼んだオランダ人(海軍)技術者の給料である。
技術者の年俸を755両(最低賃金)として、銃器・造船・大砲・蒸気機関・金属加工・鋳造技術者各2~5名でおよそ12~15名。
年間総費用は9,060両~11,325両。5年契約の場合は45,300両~56,625両。
反射炉は実用化されているが、高炉もすでに佐賀藩の指導で試験運用段階である。
しかし高品質の鉄を得るには転炉もしくは平炉技術が必要であり、どう考えても3年~5年はかかる。
「これは大村藩が伝習所を開くときに招いたオランダ人(海軍)技術者の俸禄だ。海軍軍人であったために手当をつけるのみで良かったが、グラバーは工場の技術者を呼ぶのであろう? 遠く離れた地ゆえ、手当も高うつく。加えてグラバーの取り分を考えれば、如何ほどになろうか」
1割増し2割増しで済めばいい。
グラバーは良心的な商人だとは聞いているが、利益のない商売をするはずがないのだ。
長州藩にとって間違いなく財政を圧迫する。
「如何だ?」
「出せぬ金額ではありませぬ」
防長四白と呼ばれる藩の特産品と越荷方(積荷管理料とそれを担保にした貸金業)。
米、塩、紙、ろうの販売は、塩とロウに関しては大村藩の技術革新で価格が下がり収益は下がっていた。しかし米は長州米として重宝され、紙は大村藩も参入しているが塩ほどではない。
越荷方による収益もあって、実際は出せない金額ではないが、財政を圧迫するのは確かである。
「然様か。然れど少なくとも三年ないし五年はかかる。幕府が待つか? 武備恭順など、通用せぬぞ」
「では次郎様は、如何せよと仰せなのですか」
「……何もせぬがよい。今は蔵六が励んでいるのであろう? グラバーには藩の慎重論を説得できなかったとでも言えば良い。万が一のときは……」
「万が一のときは?」
「……加勢せぬ事もない」
言ってしまった。
加勢するとは、すなわち銃火器の売買をはじめ技術供与である。
いや、技術供与よりも武器の販売の意味合いが濃い。
万が一とは幕府が長州征伐を決めた瞬間である。
しかしこれは、幕府にも薩長にも味方せず、中立を保つ方針の大村藩の方向性を薩長側に切る一言であった。
「良いか。オレはお主らに命じる事はできぬ。今のままならば、幕府もおいそれとは口を挟まぬであろう。然れどもし、外国の影が見え隠れしたならば、征長の軍を起こす大義名分となると心得ねばならんぞ」
真顔で語る次郎に、2人はうなずいた。
すべてに納得したわけではない。
しかし、ひとまずはグラバーの提案は保留となった。
次は、薩摩である。
次回予告 第459話 (仮)『鹿児島での対峙と将軍家茂』

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