第378話 長宗我部元親の決断と明智光秀の苦悩、織田信長の構想

西国の動乱、まだ止まぬ

 永禄十二年 十一月十七日 岡豊城

「どうであった、親貞、親泰」

 岡豊城の評定の間で、長宗我部元親は人払いをして三人だけで話す。近習もいない。

「どうもこうもありませぬ。まったく話になりませぬ」。

 そう話すのは元親の弟で次兄である吉良親貞だ。

「浦戸城から安芸城への兵糧の件、認めましてございます。そしてあろう事か、困窮する民を救うためなどと抜かしております」

 怒り心頭である。

「さよう、干渉だと申し上げても、なぜそれが干渉になるのかの一点張りでございます。そして、わが家中と再び相まみえる気なのかと問うても、その気はないと申しておりました」

 どちらかが落ち着いて話を聞き、一方は感情的になる、という構図はよく見るが、二人とも怒っている。そのくらい純正のやり方が納得できないのだ。

 現代の感覚でいうところの人道支援的な兵糧援助なのだろうか。それならば、武器弾薬は援助してはならない。援助してしまえば間違いなく敵対勢力になってしまうからだ。

 武器弾薬が運び込まれたという情報は、まだ、ない。

「親泰よ、どう思う? こたびの一揆、まことに小佐々純正が最初から描いていた絵図だと思うか」

 親泰は香宗我部城にて小佐々海軍の攻撃と、城の統治を見ていた。

「まず間違いないでしょう。そうでなければこのように、一糸乱れぬ蜂起など。しかも安芸城だけでなく、奈半利城や野根城その他で、時を同じくして起ころうはずもございませぬ」

 さようか、と元親はいい、次に親貞に聞く。

「それがしも親泰と同じ考えにございます。しかし問題は、和議がなるまでに奴らが行った事に関しては、なにも言えぬという事です。周到も周到。こうなる事を予期して謀をめぐらしておったのだ」

 親貞が言うには、一揆の種まきから和議成立、そして三好攻めの徴兵に蜂起までの流れが、すべて仕組まれていたというのだ。

「なるほど、仮にそれが事実だとして、今のわれらには何も出来ぬな。……万事休す、か」

 元親は天を仰ぎ、考える。

「殿、この上は、和議を破ったのは向こうにて、一戦交えてもわれらの正義を示しましょうぞ」
 
 親貞と親泰は黙って見守っていたが、親貞が口を開いた。

「ふ……。二人の気持ちはようわかった。しかし、勝てぬだろう。勝てねばただの匹夫の勇じゃ。それに、無辜の民を戦に巻き込んでしまう」

 長宗我部元親は戦乱の続く土佐を統一し、秩序のない世を終わらせるために戦をしてきた。その先には四国統一があったのだ。しかしそれも夢となってしまった。

「では、会いにいくとするか」

「は? 浦戸にいくのですか? 恐れながら殿がいかれても、同じ事と存じます」

「違う、浦戸ではない」

「それでは伊予の宗麟の元へ?」

「伊予でもない」

「……まさか」

「そうだ、そのまさかだ。肥前にいく。後の世を、純正が託せる一角の人物なのか、見極める。そうでなければ是非もなし、戦って散るのもよかろう」

 ■永禄十一年 十一月十七日 妙覚寺

「どうであった、光秀」

 信長は寺の一室で、家臣へ指示を出すための手紙を書いていた。

「は、誠に要領を得ない答えにて、面目次第もございませぬ」

「そうか、ふふふ、であろうな」

 信長は予想どおりという顔をしている。

「殿、笑い事ではございませぬ。それがしは、確かに傍から見れば長宗我部に肩入れしていると思われるかもしれませぬ。しかし、決して私心にて動いている訳ではございませぬ」

 白髪混じりでシワのある顔は真面目に信長を見据えている。

「わかっておる。おぬしの言うておる事、しておる事、否定はせぬ。しかし、どうするのだ? わしが天下布武を唱えているのは知っての通りじゃ。それはひとえに天下の静謐を求めんがため」

「はい、心得ておりまする」

 光秀の返事を確認し、信長は続ける。

「朝廷のもとに幕府があり、日の本の国々すべてが正しい秩序に従えば、天下静謐とあいなっておる。しかるに皆が勝手に戦をし領土を得んとしておるがために、ままならん」

「その通りにございます」

「それゆえわしは将軍を奉じ、将軍の名で上洛を促し、静謐を求めておる。それが出来ぬため、武をもって治めようとしておるのじゃ」

 信長自身は、最初から天下統一の意志はなく、畿内とその周辺の安定を願っていたのである。しかし純正同様、まわりがそれを許さなかったのだ。

「わしは、わし個人としては、この乱れた世に生を受けた一人の武士としては、一戦交えてみたい気もする。そして配下としたい。しかし、現実的か? できぬであろう」

 光秀は何も言うことができない。

「肥前一国、田舎の郡ひとつ治めるような国人なら、捨て置いてもかまわぬ。しかし今小佐々は西国一じゃ。毛利の高は超えていよう。われらとて、敵わぬかもしれぬ」

 信長、光秀ともに同じ考えであるが、事実である。

「しかし殿、仮に、仮に弾正大弼殿が殿と同じく天下静謐をお考えになっていたとして、その周りはどうでしょうか。次の代はどうなりましょうや」。

「それはそうだ。しかし今、先の事を考えても詮無きこと。今小佐々をどうするか、決めておかねば意味がない」

「……どうなさるおつもりですか」

「わしはのう、純正が真に戦をする心意気がなく、平和を求め、天下の静謐を望むのならば、味方として共に立ちたい。西の地は任せても良いと思うておるぞ」。

「な! ……それは、誠にございますか?」

「多くの策を巡らせて参ったが、それがもっとも実利に適っているのではないかと思うのじゃ。力のみで従わせようとしても、成し遂げられぬ。ゆえに、小佐々のすべてを盗み、その極意を学んでおるのじゃ」

 光秀は黙って聞き、考えている。やがて発言した。

「しかし、東を殿、西を小佐々が治むるとして、公方様が納得いたしましょうや」

「納得するかしないかは、話してみなければわかるまいよ。天下惣無事、その勅と御教書をもって国々の大名に届け、従わなければ討伐するしかあるまい」

 信長は純正との共同政権を考えているようだ。

「今すぐでなくとも良い。まずは大使館の純久を通じて純正の真意を探る。光秀よ、行きづらければ別のものを遣わすぞ。いずれにしても、諸大名には年が明けたら上洛するように命を出しておる。無論、公方様も同意の上じゃ」

 はたして、純正と信長の共同政権は成立するのであろうか。

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