第40話 『捕鯨砲の開発と洋式捕鯨船の建造に向けて』(1840/2/17)

 遡ってビンタの翌日 次郎邸

「いい? 納豆菌は超強力なんだから! 当日食べたら接近禁止だからね!」

「あ、……うん」

 次郎はお里の剣幕に驚き、昨日ひっぱたかれたほっぺたをなでる。

「里やん、そんな怒らんでも……」

 一之進が横からフォローする。

「あんたねえ! ペニシリン作ってんでしょ! わかるでしょ納豆菌の強さ。この前失敗したって聞いたけど、まさか納豆菌使ってないよね?」

「あははははは! まさかまさか。そんなはずないでしょう……? 勘弁してくれよ。はは……ははははは……」

 

 ■天保十一年一月十五日(1840/2/17) 玖島くしま

「次郎、今日はどのような求めじゃ?」

「は、はばかりながら申し上げまする」

「ふむ」

「昨年の十月に皆様で協議していただき、鯨組を再び興すこと、お許しいただきました。その上で今ひとつお願いがございます」

「なんじゃ?」

「は。興したからには利を得ねばなりませぬが、今まで通りのやり方では難しいかと存じます。それゆえ、新しき捕鯨の技と船を調達するべくお願い申し上げます」

 大村藩の借財に関しては、ほぼ深澤家が他の商人から借りて肩代わりしていた事もあり、石けん事業の利益をその返済に充てる事は受理された。

 大村藩が深澤家に借金をし、それがどんどん膨らんで返済が滞り、それでも金がいるから他から借りて藩に貸していたのだ。

 現在で例えるなら、返せない国債を、億をはるかに超える額で買わされていたようなものだ。

 他家に借りた金は返済し終わっていたが、それも江島に入漁する捕鯨船の先納銀で返済していたのだ。

 今、深澤家は捕鯨をしていないので、その先納銀は藩の歳入となっている。

「船にございます」

「船?」

「はい。これまでの和船での捕鯨をやめ、異国が行っているような大型の船で鯨を捕るのです」

「ふむ」

「そのためには、オランダ船の仕組みを丹念に調べ上げなくてはなりませぬ」

「して、お主はわしに何を求めておるのだ?」

「はは。殿には長崎奉行所に願い出ていただき、オランダ船に領内の船大工を見学として乗船できるよう手配していただきたいのです」

 ……。

「さようか。然れど今さらではあるな。なぜ今? という名目を考えねば難しいであろうな……」

「佐賀藩は、すでに小型ではありますが、洋式の帆船を建造してございます」

「なに?」

「これは長崎商人の大浦屋や小曽根屋からの報せで明らかにございます」

 次郎は歴史知識で知っていたのだが、そう言った方がまるく収まるのだ。佐賀藩は四年前の天保六年にオランダ船(小型ボート)を参考に小型の帆船を造っている。

『洋式』と文献にもあるように、もしこれが和船の、いわゆる人力でこぐ船と同じならば、意味をなさない。
 
 鍋島直正はおそらく、小型の帆走カッター船を製造したのだろう。

「ふむ。あいわかった。なんとかいたそう。して次郎よ、近ごろは何をやっているのだ?」

「はは。まずは産物にございますが、椎茸しいたけの栽培を研究しております」

「椎茸? 椎茸なぞ、どこにでもあるではないか」

 純顕は少し残念そうな表情をしつつも、次郎の事だからなにか特別な仕掛けがあるのではないか? と期待もしていた。

「はい、ございます。れどその椎茸の値は、今いかほど採れて、いかほど出回っているかによって決まります。加えて今のやり方では山の有り様(気候風土・環境)によって変わり、言ってしまえば運任せとなります」

「ふむ」

「我が藩においても領民の各々がわずかに育てているに過ぎずませぬ。それを今以上に安定して供す事ができれば、我が藩はさらに安定して利を得る事ができまする」

「いかほどか?」

「は。二町歩ほどの山で、今の値で言えば十五万両ほどで売れるでしょう。これは四公六民にございますが、そのうち利が半分だとしても七万五千両、三分の一でも五万両にはなります。大量に出回る事で値がさがるかもしれませんが、それでも十分な利にございます」

「さようか。さすがであるな。他には?」

「は。鉄を作る炉にございますが、いま日本において『たたら』で作られる鉄を大量につくる高炉、そしてその高炉の鉄をより強き鉄に変える反射炉の設計図は作成中にございます」

 次郎は続ける。

「また、燃料となる炭にございますが、大量に要るため、石炭を代替に考えております。大島にて発見されたものがあり、採掘のご許可を願い出ておりました」

「うむ、他には?」

 次郎は高炉や反射炉、コークスについては都度報告をしていたが、改めて報告した。

 蒸気機関の製造は鉄の大量生産とその品質向上に関係するので、まずは川沿いの水車による力を利用する方法を採用している。

「はい。二つの炉をつくるのに、熱さに耐えうる石、レンガが要りますので、それを作っております。量産の目処が立ちましたら、ご報告いたします」

「なるほど、聞いていた通りに進んでおるな」

「は。捕鯨銃に関しましては、ここにおります信之介が鋭意作製中にございますれば、ご安心くださいませ」

 次郎は傍らの信之介をさして言う。

「さようか。ではその新しき捕鯨とやらを始めるには、いかほどの時が要るのじゃ?」

「は。まずは新しき船を操る術を学ばねばなりませぬ。加えて造船ともなれば一年から二年は要るとお考えいただきとう存じます」

「うむ。いた挙げ句に何もできぬでは話にならぬゆえ、じっくりと腰を据えてするがよいぞ」

「はは。あわせて病気や怪我にも強い、新しき薬も考えておりますゆえ、おってお知らせいたします」

「次郎よ。そなたは神童の名に恥じぬ功をなしておる。まるでこの世の者ではないような所業……ともとれる振る舞いも多いと聞く。わしはまったく気にはせぬが、誹謗中傷もあろう。そのような時でも気を病むでないぞ」

 純顕は次郎の並々ならぬ知識や企画力に驚きを隠せないが、そういった諸々も含めて懐の大きな主君であった。

「はは、ありがたき幸せにございます」

 

 ■帰路 <次郎左衛門>

「……おい」

 ……。

「……おい、こらおい!」

 がすっ!

「あいったあ! なにすんだクソ馬鹿!」

 いきなり信之介にケリを入れられた俺は怒鳴り散らした。

 俺たち二人は何にも思ってはいないが、同じ郷村給人でも家禄が全く違う。

 だから最初の頃はこのやり取りがある度に、十兵衛と助角の三人はけんか腰だった。でも何度も繰り返しやるので、もう慣れたようだ。

 まったくの無反応。

「クソ馬鹿じゃねえよ! 無視すんな」

「無視してねえよ。何だよ」

「て言うか、俺の負担メチャクチャ多くないか?」

「そうか?」

「そうだよ。お里は椎茸だろ? 一之進はペニシリン。んで、俺はというと、雷管に新式銃に捕鯨銃。コークスに高炉に反射炉に蒸気機関。あと船。これは、ブラックなんじゃありませんかね? ねえ次郎?」

「う……いや、うん。まあ、確かになきにしもあらず。だけど俺も、俺も航海術教えなくちゃいけないんだぞ。六分儀とか使って!」

「あ、そういや防衛大学校卒で海上自衛隊だったな」

「うん。……まじここで使うとは思わなかったけどな」

 

 俺は営業一筋だったから、確かに大学にはいかなかった。

 だけど実は、防衛大学校・・・を卒業しているのだ。広島の江田島にある、幹部候補生学校も当然卒業している。

 練習航海後、一年だけ働いて一身上の都合で退官した。

 大学・・は、いってない。

 次回 第41話 『藩校五教館の改革と私学校設立の願い』

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