第39話 『アヘン戦争と国内事情』(1840/1/16) 

 天保十年十二月十二日(1840/1/16) 

 この時、イギリスは産業革命による資本の蓄積や南北戦争の戦費調達のために、銀の国外流出を抑えなければならない状態であった。

 そのような状態にもかかわらず中国からは茶や陶磁器、絹を大量に輸入している。

 対して輸出は時計や望遠鏡などの富裕層向けの商品のみで、完全な輸入超過で赤字だったのである。

 イギリス政府はそれを解消すべく、インドで栽培されたアヘンを密貿易により輸出して、相殺する政策をとったのだ。

 まずイギリスが清から茶・陶磁器・絹織物を輸入する際に銀で支払う。

 次にインドで生産されたアヘンを清に輸出して銀がインドへ流入、そしてインドには大量生産された綿織物が輸出されるのだ。

 最後に対価として銀がイギリスに支払われるという三角貿易である。

 要するにイギリスが支払った銀が再び戻ってくるようにしたのだ。

 しかしこれは貿易収支の逆転となり、当然清国内における銀の高騰へとつながった。

 清国内ではアヘンの禁輸は難しいので関税をかける慎重論と、断固禁止する強硬論に分かれて論争となったのだ

 その結果慎重論が論破され、アヘンの利用・輸入者ならびに関与した者には重罪が課せられ、利用者は死刑に処せられたのである。

 特に欽差大臣として辣腕をふるった林則徐の取り締まりに、ついに東インド会社のフリゲート艦を差し向けるにいたった。

 しかしこの時点ではまだ、戦端は開かれていない。

 イギリス議会での『アヘンの密輸』という開戦理由には、清教徒的な考え方を持つ人々からの反発が強く、即座に開戦に踏み切れなかったという状況だったのだ。

 しかし結局は賛成271票、反対262票で可決され、イギリス東洋艦隊が編成され、派遣されることとなる。

 

 ■次郎邸

「ほうら高いぞお~」

 次郎の嫡男の千代丸は数えで4歳。先月満3歳になった。そろそろ肩車するには重くなってきたが、来年の今ごろを過ぎると難しくなるかもしれない。

 次郎は18歳なのでまだまだ若い盛りだが、重い事に変わりはない。縁側では昨年産まれた長女の怜を、妻の静が抱えながら次郎と千代丸の様子を眺めている。

 次郎にとっては複雑な感覚だろう。

 前世の自分は50歳で未婚だった。もちろん結婚はしていないし、当然子供もいない。しかし3年という月日は次郎を変えたのだ。

 父親とはこういうものなのか、というのを実感している。

 妻の静とのなれそめから転生してくるまでの記憶は完全ではないが、それでも自分の息子だという実感が、なぜか生まれてきた。

 共に過ごしてきた年月がそうさせたのだろうか。

 いずれにしても、誰も、少なくとも現時点では自分たち4人しか感じる事のできない、第2の人生を生きているのだ。

 

 ■数日後 <次郎左衛門>

「兄上、ただ今戻りました!」

 元気に声をあげて挨拶してくるのは弟の隼人だ。

 俺(現世のね)に似て優秀で、藩校である五教館ごこうかんを首席で卒業している。今は俺の家に居候しているが、進路を決めている途中なのだ。

「おう、変わりはないか?」

「はい、ございません! あの……兄上、信之介様はどちらに?」

 隼人はキョロキョロと辺りを見回して信之介を探している。

 城下の武家屋敷は、城の南と東にある五つの路に沿ってつくられているんだけど、俺はその中の外浦小路の一番はずれに土地と建物を購入した。

 古いが敷地は広く、一番離れていることもあって、のびのびできるからだ。

 ちなみに外浦小路という名前の由来は、西彼杵半島の西側の外海地区に領地を持つ家臣が多く住んだ事で、そう呼ばれている。

 その他に上級家臣が住む本小路、小姓衆が住む小姓小路、上小路、草場小路がある。

 城代の鷲之わしの助様は、いわゆる上級家臣団になるんだけど、雪浦に領地があるから外浦小路に屋敷がある。

 家老達からは本小路に移るように言われ続けてきたらしいけど、面倒なのかプライドがあるのか、引っ越しはしていない。

 もちろんお金もかかるし、イミフな引っ越しはしたくないのだろう。

 鷲之助様は雪浦村が一番所領が多い。

 その他は城下の久原分・池田分・同屋敷、そして長浦村となる。

 城下に所領をもって城下に住んでいる城下給人なら、本小路に住むべきという家老の意見が、理解不能だったのだ。

 それは俺も同じ意見だ。さすが鷲之助様。合理的だ。

「さあ? 部屋にこもって研究してるんじゃないか?」

 俺はときどき、弟の隼人から人が変わったようだと言われる。以前はもう少し威厳があり、凜としていていたというのだ。

 まあ、そりゃあ別人だからね。

 でも今は、親しみやすくてやさしい兄、という訳だ。

 ガタガタガタ……。

 信之介の部屋のドアが開く音がした。

「信之介様!」

 隼人が足早に信之介に駆け寄る。

「おお、隼人じゃないか。今日もやるのか?」

 隼人はここ最近、信之介の部屋に入り浸りなのだ。

「はい! お願いします。それと……兄上!」

「ん? なんだ?」

「兄上、これからの事なのですが、私は兄上のように、江戸や大坂に行きたいと以前は考えておりました。然れど今は、今は信之介様のもとで様々な事を学びとうございます!」

「なんだって?」

 確かに理工学系を考えるなら、蘭学を学びに適塾にいくよりも、信之介について勉強した方が手っ取り早いかもしれない。

 しかし問題は、あの信之介に人を教える事ができるか、だ。

 俺は目をつむって考えた。

「信之介、大丈夫か? 俺の弟を、責任をもって育て上げると自信を持って言えるか?」

「当然だ」

 信之介は即答した。それを聞いた隼人は目を輝かせている。

「言っておくが俺はスパルタだ。ついてこれないなら、それは俺が悪いんじゃなく、これない奴の能力が低いんだ。でも、ついてこれたのなら、間違いなく天才になれる。まあ、俺の次だがな」

「おい、それは責任を持ってとは言わないぞ」

「はあ、まあ……どっちでもいいけど、お前は自分の弟が信じられないのか?」

 隼人が心配そうに俺を見る。おい、そんな目で俺を見るな。

「馬鹿な事を申すでない。そのような事、あろうはずがない」

「なら話は簡単だ」

 上手く言いくるめられたような気がしたが、弟の能力は俺が認めている。しかし、いくら優秀といっても幕末の知識で令和の知識に追いつけるか?

 それだけが疑問だった。

「わかった。然れど父上やお爺さまにもお伺いをたてねばならぬ。それでよいか隼人」

「はい!」

 

 今年に入って殿は、京都から織物職人の井関武輔を招聘して西陣織を藩に伝えさせた。

 同じ頃佐賀藩では、13万両の借財を整理するために、無茶苦茶なリスケをする。滞納分の十分の二を返済して残りは50年払いとするあり得ないリスケだね。

 江戸では老中の水野忠邦が老中首座に就任し、蛮社の獄で渡辺崋山が蟄居して、高野長英は永牢処分になる。

 結局、史実は変えられなかった。

 

 次回 第40話 『捕鯨砲の開発と洋式捕鯨船の建造に向けて』 

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