第159話 対信長外交団②

 永禄十年 十一月 堺湊 鍋島直茂

 堺湊についた。少しだけ、寒い。コタツが恋しくなる季節です。コタツは小佐々の名物ではないか。

 なぜ商品化して売っていないのだろう? 冬場だけだからか? もっと北にいけばもっと売れる。間違いない……。

 京の都に近いだけで、このような賑わいをみせるのだろうか。平戸や横瀬、口之津も大いに賑わっているが、それとはまた違った雰囲気だ。

 摂津国と和泉国の国境にあり、京都や奈良をはじめ各方面への街道が続いている。

 堺は南蛮との商いと、鉄砲の生産が始まった事で、会合衆などの豪商が巨万の富を蓄え、大きな力を持っていると聞く。

 その会合衆が仕切る町は、西側を海、他の三方に濠を設けてさながら砦のようだ。

 入り口の橋には門があり、門番がいて外敵の侵入を防いでいる。会合衆とは博多でいう年行司と同じだが、堺と同じく博多もなんども戦火に見舞われている。

 鉄砲は種子島に漂着してすぐに勉強して堺に伝えた、と、小佐々に来ていた橘屋又三郎が申していたな。

 ただ、やはり殿が仰せになった様に、南蛮人の船はない。明の船は多いようだが、直接南蛮船は来ていないようだ。

 豊後府内と平戸は同じ時期に南蛮との商いを始めていたが、平戸は殿が治める事になった。

 そして横瀬と口之津でも商いをやっているから、府内より南蛮船の数も頻度も多い。流民は筑前の争乱が終わってから落ち着いているようだが、それでも人は増えている。

 やはり、さすがわが殿、小佐々領は年貢も安いし賦役もない。

 道や橋を造るにもしっかり銭を払うから、他国から出稼ぎに来たりそのまま定住する者もいる。

 そしてなにより人が多ければ物が動く、人が動けば金が動く、金が動けば物が動く。順番はどうでも良いが、とにかく良い巡りなのだ。

 正直な所そういった意味で、畿内随一の商いの湊だと聞いていた堺湊だったが、驚くほどではなかった。

 ただ、人は多い。さすが日本の商いの中心地。ここを殿が治めていたらどうなっていただろう?

 そのような妄想が浮かぶ。

 それにしても一体、来年には上洛し将軍を奉じて京の都を押さえ、堺湊を支配下に置く上総介様とはどういう人物なのだろう?

 その方が遠からず畿内を席巻するそうだ。そして、その方と誼を通じようとは、殿の深いお考えは……?

「お久しゅうござる。左衛門大夫どの」

 不意に後ろから声がした。

「やあ、常陸介どの。これはこれは」

 殿の叔父である小佐々常陸介純久どのだ。京都の大使館を一昨年の一月に置いた際、自らすすんで大使館の大使の大役を申し出たらしい。

 堺湊にはその出先の詰め所がある。無論隠密にではあるが。

 一昨年……龍造寺の殿が敗れた。もう二年になるか……。

 いや、感傷にふけっても仕方ない。わが殿はこのような私でも、お引き立てくださり、大役を任せてくださったのだ。しっかりせねば!

「どうなされた、左衛門大夫どの?」

「いえ、なんでもござらん」

「そうでござるか。ではひとまず、長旅疲れたでしょう。この堺湊で一泊し、明日出発いたしませぬか」

 常陸介どのは飄々としていてつかみどころがない。人がよく誰にでも愛想がいいが、以前はここまでではなかったようだ。

「心配せずとも上総介様は逃げませんよ。それに……。ほう、これはまたでかくなりましたな。最初の船も驚きましたが、……米で千石は積めるのではありませんか?」

「もう少し積めますね。本国ではもっと大きな船を造るための試みが行われておりますよ」

「おお、さすがだな平九郎」

「え?」

「いや、こっちの話です。それから例の物、持ってきたんでしょう? あんな物、大量に運んでいたら間違いなく野盗にあいますよ」

 何かをブツブツ言っている。

「……量のいっきょらしか(量がすごく多い)」

 なんだ? 聞き取れない。

「だから陸路で美濃稲葉山城にいくよりも、海路で紀伊から志摩、伊勢、尾張津島へ向かう方が早いのです。そこから稲葉山城へ向かう方が安全ですしね」。

 常陸介どのは言う。なるほど、確かに大量の物を運ぶにはその方がいいな。どのみちここまで海路できたのだし、言う通り一泊しよう。

 ■堺湊屋

「いやあ愉快愉快! 左衛門大夫どのとこうやって飲むのは初めてですね! 酒はやはり肥前小佐々の澄酒に限る! 多比良酒造の酒! この堺湊屋も取引をすすめて納入してから、客がひっきりなしだそうですよ。いやあさすがわが殿!」

 堺湊屋は堺の大通りに店を構える老舗の料亭旅館。老舗だけあって値段も高い。しかしそのかわり料理やもてなしは最高だ。

 その堺湊屋の二階で、料理と酒に舌鼓をうちながら陽気にしゃべる常陸介どの。

 酒が飲みたかっただけなのか? と思い直しながらも、私自身も酒が嫌いな訳ではない。長旅で疲れたのも確かだし、今日は少し飲んでも問題ないだろう。

「失礼いたします。小佐々常陸介さまと、鍋島左衛門大夫さまにお会いしたいと言う方がお越しになっていらっしゃいます。お通ししてもよろしいでしょうか」

 女将だ。なんというか、美人だ。色気がある。

 少し酔いが回ってぼうっとしていると、常陸介どのが言う。

「人違いでござろう。ここにはそのような人はおらぬ。わたしは沢野利左衛門、この方は友人の鍋川四郎どのだ。『それにまず名乗りなさい』女将、いつものようにそうお伝えしろ」

(なんという事だ。あれだけ陽気に騒いでいて、まるでシラフのような? ……酔ってはいないのだろうか)

「かしこまりました」

 女将はそう言って戸を閉め、下がる。

「いろんな輩がおりますからなあ。用心に越した事はありませぬ」

 なるほど、酒は飲んでも呑まれてはいない。

 しばらくすると、戻ってきた女将が言う。

「『そのお名前も存じ上げております。その上でお願いいたします』と、今井宗久と言う方がおっしゃっています」

(なんと! 今井宗久といえば会合衆の一人ではないか。なぜわれわれに?)

「だ、そうです。どうです? 会いますか?」

 常陸介殿が聞いてきた。

「ぜひ!」

 こちらは二人。一人では何も出来まい。

 しばらくすると、剃髪している五十前の男がやってきた。

 さすが堺の会合衆だけあって、品のある出で立ちだが、華美な装いで相手を威圧するほどでもない。ちょうどよい格好だ。

「お初にお目にかかります。今井宗久と申します」

「沢森常陸介純久と申します」

「鍋島左衛門大夫直茂にござる」

 お互いの挨拶が終わる。

「さて、ではまず一献」

 常陸介どのが酒をすすめるが、宗久どのは丁重に断る。

「ありがとうございます。お気持ちだけでけっこうです。お酒は次の機会に」

 どうやら話を先に進めたいらしい。

「では、こたびはどのようなご要件ですか?」

 常陸介どのは別段気を悪くしたようでもなく、笑顔だ。わたしの方をみて、また宗久どのを見る。

「実は、商いの件で少しお力添えをいただければと思いまして」

 どういう事だ? わたしと常陸介どのは顔を見合わせた。

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