第457話 『グラバーと薩長』

 慶応四年十二月八日(1869年1月20日) 京都 大村藩邸

 次郎は江戸での諸外国への説明対応を終わり、幕府への引継ぎをした後に京都へ戻っていた。

 戻ってきたの表現がしっくりくるほど、京都と江戸、大村を行き来している。


 多忙な大村藩の家老である次郎の執務室に、慌ただしい足音が響いた。

 障子を開けて入ってきたのは、隠密方次郎付の助三郎である。

 険しい表情がただ事でない報告を予感させた。

「御家老様、長崎よりの電信にございます」

「何?」

 受け取った電信文の文字を次郎は無言で目で追う。

 文面の内容は、都の政争をはるかに上回る衝撃的な事実だった。


 ――発 隠密方 宛 左兵衛佐さひょうえのすけ

 長崎丸山西海亭にて複数の藩士が外国人と数回密談せり

 長州は井上馨と伊藤博文

 薩摩は五代友厚なり

 外国人は英語であれども別の言葉の如くなり――。


 まじで?

 もう勘弁してくれよ!

 国内でもてんやわんやなのに、また外国人がからむのか?


 次郎の本音である。

 日付は数日前だったが、3人は過去に長崎で外国人商人との接点があった。しかし兵備輸入取締令は有効であるし、第一イギリスとは国交がない。

 ではいったい誰とだろう。

 次郎は相手の外国人を特定しようと試みたが難しかった。

 記憶をたぐり寄せて出てきた名前がグラバーとスネル兄弟、それからフレデリック・リンガーやウィリアム・オルト、ジャーディン・マセソン商会のウィリアム・ケズウィックなど数名である。

 ウォルシュ商会の兄弟と共同経営者のフランシス・ホールもいた。

 スネル兄弟以外は英語話者だが、特定が難しい。デント商会は去年に倒産している。


 電信の末尾に書いてあった英語だが英語でない、とは何だろうか?

 英語だが、は英語として聞き取れる、の意味だろう。

 でも英語でないとは?

 ……。

 ……。

 |訛《なまり》か?

 確かにアメリカン・イングリッシュはイギリス英語と比べて多少違いがある。

 でも聞き取れるし、アメリカ英語とイギリス英語の両方が分かる(どちらかを勉強していれば違和感に気づく)人間を諜報ちょうほうにつけていたはずだ。

 極端に言えばイギリスを標準語としたなら、軽いアメリカ方言・アメリカ訛りである。

 リンガーはノーフォークだったか? オルトはロンドン生まれだ。

 どっちも生粋のイギリス英語……!

 スコットランドか! ?

 じゃあ間違いなくグラバーかJM(ジャーディン・マセソン)商会のウィリアム・ケズウィックじゃないか!

 でもJM商会は日英戦争前も大手商社として各地で大規模に貿易をしてきた。

 大手がこんな密約を結ぶはずがない。

 ちなみにグラバーはJM商会をはじめとした大手商社の長崎代理店をしている。


 次郎は確証はないが、密談相手をグラバーではないかと推定した。

 ジャーディン・マセソン商会本体が動くには、リスクが大きすぎる。

 日英間の国交は回復しておらず、正式な条約もないからだ。

 そんな状況で、東アジア最大の商社が特定の藩と密約を結ぶとは考えにくい。しかし、長崎で代理店として活動するグラバーが、個人の事業として動くのであれば話は別である。

 次郎の思考は、相手の特定からその目的の分析へと移った。

 薩長さっちょうがなぜこの時期にグラバーと接触するのだろう?

 単なる武器の購入が目的でないのは明らかだ。

 そもそも現状で武器を輸入すれば間違いなく密輸である。それに大村藩や佐賀藩が供給する銃は、性能と価格の両面で欧米製を上回る(佐賀藩は価格)。

 グラバーが最新の銃を持ち込んでも、輸送費を上乗せすれば競争にならない。

 リスクしかなくて利益も出ない商売を仕掛けるはずがないのだ。


 ああもう! 分からんっ! 会って聞くしかなかやっか(ないじゃないか)!


「随分と険しい顔をしておるな」

「こ、これは殿!」

 執務室で独り言を言っている次郎のもとに、白い息を吐きながら純顕がやってきた。

「今日は一段と冷えるのう。おお、あったかい。然れど次郎、部屋にこもってばかりいても、考えが進まぬときもあろう。心身一如と言うではないか。然様なときは諦めてじっと報せを待つか、自ら動いて確かめる他あるまい」

 確かにそのとおりである。

「殿、実は……」

 次郎は電信の件を純顕に伝え、自らの考えを話した。

「ふむ、然様か。我らは外国から武器を買えぬゆえ……多少なら密輸もあろうが、この時期にそれもあるまい。然れどいずれにせよ、外国の商人と薩長が手を結ぶとはきな臭いの。……直に行って聞いて参れ」

「は、はは」

 次郎は純顕の許しを得て、胸のつかえが取れたようでほっと一安心であった。

「それとな、余はお主の考えに同じておる。お主の考えは余の考えであるし、余の考えはお主の考えじゃ、相違ないか」

「は」

「ならばひとつ、案じておるのだが」

如何いかなる仕儀にございましょう」

 次郎は改まった純顕の慎重な発言に身構えた。

「我らは血を流さずに日本を変えようとしておる。徳川の力を弱め、天子様を頂きとした諸藩合議の世の中じゃ。お主はもっと先を見越しておるのだろうが、まずはそれじゃ。徳川は弱めねばならぬ、しかも合議によってじゃ。如何程の時がかかろうか」

 純顕の問いは的を射ていた。

 次郎たちが目指すのは内乱を避けた合議による政体の変革である。

 しかし、それは徳川の巨大な権力を話し合いによって解体していく作業に他ならない。

 当然、膨大な時間と労力を要する。

 その間に、焦りを募らせた者たちが力による解決を求めようとするのは、ある意味で必然かもしれなかった。

「……恐らくは数年。いえ、十年を要するやもしれませぬ」

 次郎は正直に答えた。

 楽観的な見通しを述べても純顕には通用しない。

「十年か。その間、薩摩や長州は待てるかの。彼の者らは京での議会を離れ、国元で兵を練り、来るべき日に備えておる。我らが法を整え、徳川の力を少しずつ削いでいる間に、彼らは一足飛びに全てを覆そうとするやもしれん」

 まさにそのとおりである。

 明日は我が身。

 薩摩はそう考えているであろうし、長州は恨みつらみが藩論と重なっている。

 そう考えるならば、やられる前に負けぬよう備えるのは至極当然の理屈であった。

 さらに相手となる幕府も薩長を煙たがっており、周布政之助の死も長州が決めたとは言え、そうなるように事を運んだとも思える。

 慶喜は徳川宗家、将軍家を守るためにはどんな手でも使うだろう。

 徳川には徳川の理念があり構想があるのだ。

 戦争はどちらが完全に悪だとは言い切れない。

 相容れない主張がぶつかったとき、自衛のため、自らの主張をとおすための手段なのだ。

「長いの。余もお主もすでに四十八。先は長くないぞ」

「殿! 然様な弱気な事を仰せにならないでください」

「事実ではないか。我らが今なさねばならぬのは、薩長が戦を起こさぬよう抑え、なるべく早く幕府を弱めねばならん。加えて然様な仕儀になったときは、覚悟を決めねばならんぞ」

「……はは」

 以心伝心の君臣とは言え、次郎は令和からの転生者であり、純顕は幕末に生きる武家の当主である。


 翌日、電信で先触れを出した後、次郎は長州へ向かう段取りとなった。


 次回予告 第458話 (仮)『山口城下での旧友との再会と会談』

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