第432話 『禁裏御守衛総督』

 慶応四年四月十日(1868年5月2日) 京・大村藩邸

 春の柔らかな日差しが、手入れの行き届いた庭のこけを照らしている。

「――以上が、越前までのあらましの次第にございます」

 次郎は純顕への報告を終えた。

 北陸から戻って京で合流してから7日が経過している。日本海側諸藩の完全な支持の情報は、2人に安堵あんどと次なる戦略への確信を与えていた。 北陸から戻って京で合流してから7日が経過している。日本海側諸藩の完全な支持の情報は、2人に安堵と次なる戦略への確信を与えていた。

「うむ、大儀であった、次郎。これで我らの貴族院構想も、単なる絵空事ではなくなったの。仙台や盛岡は……難しか」

 純顕の言葉に、次郎はうなずいた。

 仙台や盛岡などの奥羽の諸藩は、地理的に江戸から遠い。

 しかし距離的に遠いからと幕府の影響力がないかといえば、それは違う。

 会津藩は伝統的な佐幕思想の藩であり、徳川将軍家への忠誠を家訓とする親藩や譜代大名が多く存在していたのである。また、京都や江戸から地理的に離れていたせいで、西国諸藩のような急進的な思想の影響を受けにくかった。

 もっとも、大村藩の存在により史実に比べて格段と変化が表れてはいたが、それでも既存の幕府体制を維持しようとする保守的な考えが根強く残っていたのである。

 彼らが動くには、より決定的な理由が必要なのだ。

「然に候。れど我らに背く訳でもございません。この先の幕府の仕方(やり方)によって、大いに害ありと考えれば必ずや我らにくみする事でしょう」

 これは奥州諸藩に限ったことではない。

 要するに幕府への恩顧をどれほど感じているか。

 それが問題なのである。

 恩があるために、ご恩と奉公の原理原則から外れないのだ。

 しかし、ご恩とは何だろうか?

 幕府ができて260年。

 もう、いいのではないだろうか。

 今を生きる我々に、幕府は何か恩を与えているだろうか。

 次郎はそう考えている。

 他にも、多かれ少なかれ、そう感じている人はいるはずなのだ。

然様さようか。まあ、お主がそう言うのであれば間違いなかろう」

 純顕は笑い、次郎にも笑みがこぼれる。


「申し上げます!」

「何じゃ?」

 和やかな雰囲気は近習の声で切り裂かれた。

「申し上げます! 一橋中納言様(慶喜)御上洛じょうらく! 朝廷にて奏上なされ、将軍後見職辞任ならびに禁裏御守衛総督の任に就かれた由にございます!」

「 「何じゃと?」 」

 全国に張り巡らされた電信網は、次郎たちのみならず、誰もがリアルタイムで情報を知り得たのである。

 運用は大村電信公社がしていたが、各藩は方言利用や定期更新の暗号表を用いて機密情報のやり取りをしていた。

 職員の人選においては、公平性と機密性を保つために守秘義務契約が結ばれ、厳選された人員が充てられている。

 また、次郎の江戸での情報収集にも抜かりはなかった。

「これは……中納言様は中々(相当)慎重に事を運んだようだな」

「然に候」

 次郎の口調は冷静だったが、その瞳の奥には、ある種の感嘆と強い警戒の色が浮かんでいた。


 まじか。

 まじで禁裏御守衛総督?

 京都守護職は松平容保だし、所司代は松平定敬。

 歴史どーりやん。


「然て、次郎。……では如何いかがいたそうかの」

 純顕の声は低く、抑えられてはいるが、内に秘めた驚きと怒りにも似た感情は明らかだった。次郎は一度ゆっくりと息を吐き、思考を巡らせながら話し始める。

「は、まずは敵を……いや、幕府は敵ではありませぬが……」

「申し上げます!」

此度こたびは何じゃ? 騒々しい」

 近習が再びふすまの奥から声をかけてきた。

 普段は温厚な純顕だが、慶喜の電撃上洛と総督就任がそう言わせたのである。

「一橋中納言様、お越しにございます!」

「何いぃ!」

「何だって?」

 純顕と次郎はほぼ同時に声を上げ、顔を見合わせた。


「此度は一体……如何いかなる御用向きにございましょうか」

 招き入れた慶喜を前に、機先を制された純顕と次郎は平伏へいふくして挨拶をした。

 慶喜は先日の江戸城での会談とは打って変わって、どこか余裕と自信が満ちている。

「丹後守殿、蔵人くろうど、先日は失礼致した。我が物言いが貴殿らを不快にせしめた事、改めて謝罪する」


 謝罪? 謝罪だと?

 あり得ん。絶対にあり得ん。

 あの慶喜が謝罪だと?

 仮に本心でなくても、『謝罪』なんて言葉を発するなんて信じられない。


 予想外の謝罪の言葉に、純顕と次郎は顔を見合わせた。慶喜が低姿勢に出るのは珍しいどころか、誰も見たことがないだろう。

「いえ、中納言様にご不快な思いをさせてしまったのであれば、それはそれがしの不徳にございます」

 純顕は形式的に答えたが、内心では警戒を強めていた。

 慶喜がわざわざ京都まで来て謝罪するなど、ただごとではない。

「いやいや、非は私にある。合議制は公儀にとって不可欠であると、今更ながら痛感致した。諸大名の考えなくして、この国の未来を切り開く事あたわず。加えて国家の大事、電信や書状で伝えるだけでは済まないと考えたのだ」

 慶喜はそう言って、純顕と次郎の顔を交互に見た。その言葉には、建前と本音が入り混じっているように見える。

 それでも、あり得ないことであった。

「ついては、遺恨は水に流し、互いに胸襟を開いて話し合いたいのだ。貴殿の示された『貴族院』構想、これこそが我が国の新たな政体の礎となるであろうと確信致した」

 純顕と次郎は、まだ慶喜の本音が見えない。

 慶喜は自分たちの構想を受け入れるだけでなく、主導権を握ろうとしているのだろうか?


 しかし、2人の動揺をよそに、慶喜からは驚くべき提案がなされたのであった。


 ■数日後 小松帯刀邸

 小松邸の一室は重い空気に満たされていた。

「はあ……またしてん、二条様にはお会いできんやったか」

 小松帯刀の問いに、西郷吉之助は巨体を揺らして無言でうなずいた。

 その眉間に刻まれたシワは、ここ数日の徒労と焦燥を物語っている。慶喜の電撃的な上洛と総督就任は、彼らの朝廷工作を完全に麻痺まひさせていたのだ。

 佐幕派の公家くげたちは勢いづき、中立派の者たちでさえ、慶喜の威光を恐れて距離を置き始めている。

「もはや、まともな周旋などできもはん。御所ん門ちゅう門は、会津と桑名ん兵で固められちょっ。我らが息んかかった公家衆は、参内すらままならん有り様じゃ」

 西郷の言葉にはわきあがる憤りが表れていた。

 理想とする大政奉還は、慶喜が築いた物理的・政治的な壁の前に、なす術もなく頓挫しようとしている。

 知恵を使い、大義を説くはずの土俵そのものが、力によって奪われてしまったのだ。

「こんままでは、慶喜ん思うつぼじゃ。奴ん『公儀貴族院』が成立してしまえば、我らは逆賊ん汚名を着せられかねん。いっそ、こん兵力で……」

「待っちょい、吉之助さぁ、そいはまだ早か。今兵を起こせば、朝敵にないかねん」


 これは一体、何の策謀か。

 薩摩藩は、突如として盤面の外に弾き出されたかのような深い混乱の渦にたたき込まれた。


 ■長州藩邸

「駄目だ……。三条様も中山様も、慶喜の動きを警戒してはくださるが、今、我らに与して事を構えるのは時期尚早と……。完全に動きを封じられておる」

 周布は、苛立いらだたしげに扇子で畳を叩いた。

 彼らが掲げる純粋な尊皇の志も、慶喜という『帝の守護者』を前にしてはその輝きを失いつつある。

 その『帝の守護者』が正しいものか否かは、問題ではない。

 慶喜の行動は、彼らの大義名分を奪い去ろうとしていたのだ。

「慶喜の狙いは、我らを挑発し、暴発させる事にある。ここで焦って兵を動かせば、それこそ朝敵となるは必定。今は耐えるしかない……。然れどいつまで……」

 久坂玄瑞と周布政之助は行き詰まった現状に歯がみしていた。


 かくして薩長さっちょうは、慶喜によって手足をもがれることとなったのである。


 次回予告 第433話 (仮)『御所ディベート』

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