第71話 『長崎台場と造船所。ガス灯の研究』(1846/1/26)

 弘化二年十二月二十六日(1846/1/26) 玖島くしま

 弘化三年の、つまり来年の参勤交代であるが、純顕すみあきは老中首座の阿部正弘に、長崎湾と外海沿岸に台場の建設を建白する。

 受理されるか却下されるかはわからないが、見積もりが必要である。前回のモリソン号事件の建白の反省から、水戸の徳川斉昭に口添えを頼むつもりだ。

 七月には内外情勢の意見書を斉昭は幕府に提出するから、問題はないだろう。十万石にも満たない小藩の声など、誰も耳を傾けない。今は。
 
 現在の長崎には、1655年に平戸藩が設置した台場(在来台場)が七カ所あった。

 それに加えて1808年のフェートン号事件の年に、港外に向けて台場(新台場)が五カ所、同じく1812年に増台場が四カ所設置されたのだ。

 最初の七カ所は、外国船を長崎港外に出さないためのもので、台場とは言うものの、火器の使用は想定されていない。

 フェートン号事件以降に、長崎港内に外国船を入れないようにとの方針が転換され、新台場と増台場は外側向けに作られたのだ。

 史実ではその後、幕府の援助を受けられなかった佐賀藩が、独自で十カ所に台場を築く。今回の純顕の提案は十カ所ではなく、伊王島と沖ノ島に五カ所である。

 加えて領内の外海地区、福田・式見・三重・神浦・瀬戸・面高の六カ所の設置を願いでた。

 伊王島と沖ノ島の砲台は幕府に設置を要請したのだが、外海地区の台場は、あわよくば資金援助をしてもらい、ダメなら自前で設置するので許可を願いたいというものである。

「なんじゃこりゃあ。なんでこんなバラバラ……しかも結構かかるな」

 実際の見積もりを見て次郎は驚いた。各台場の造成費が、地形の状況、いわゆる造成に必要な手間暇によってまちまちであったからだ。

 当然である。

 もともとの平地を造成すればいいだけの場所もあれば、高所で狙いやすくはあるが、斜面を削らなければならないなど、様々な要因があったからだ。

 結果的に総費用は、5万2,407両3分となった。

 しかもこれに、大砲の製造費用がかかるのだ。24lbポンドで400両、36lbで600両必要になる。一カ所10門として60門。3万両が必要であり、諸経費込みで10万両を超す。

「太田和殿、これは……高すぎまする。十万両とは、とても御公儀が納得するとは思えませぬぞ。殿、ご再考を」

 このころになると、反次郎派の急先鋒せんぽうであった両家の一つ、大村五郎兵衛昌直も次郎に対して寛容になってきた。しかし、次郎のやる事なす事に金がかかりすぎるのである。
 
 そのため、いつも苦言を呈していたのだ。

 実際に収益の多くを石けんに頼っているので、その柱が頓挫すれば、間違いなく借財まみれの藩に逆戻りする。

「まあまあ五郎兵衛殿、あくまでも見積もりにございます。それにやるとしても一度にではございませぬゆえ、藩の財政を圧するものにはなりますまい。のお、次郎殿」

 助け船を出すのは同じく両家の大村彦次郎友彰である。

「さよう。そうべ法が確立されれば、石けんはもっと安く、もっと大量に作れまする。安んじて構えておかれて差し障りございませぬ」

「「「そうべ法?」」」

 次郎以外は一瞬けげんな顔をするが、すぐにいつもの事だと無理矢理納得させていた。

「まあよい。彦次郎や次郎左衛門の申すとおり、あくまで見積もりじゃ。それに、財政難の御公儀の事、江戸表の警備だけで手一杯であろう。とても長崎まで、いわんや我が大村藩領など、気にも留めるまいよ。ふふふふふ」

 幕府への忠義はありつつも、どこか達観している純顕であった。このとき23歳。




「加えて、船造りの作業場の儀にございますが」

「まだあるのか! ? ……(ごほん)失礼」

「あくまでも、見積もりにございます」

 次郎はにこやかに笑いながら続ける。

「うむ。いかほどか?」

 藩主純顕が聞いてくる。

「は。先の捕鯨船につきましては四百五十石ほどにございましたゆえ、領内の船造り場、造船所と名付けさせていただきますが、それで事足りましてございます」

「ふむ」

「されど今般、異国の船に抗するための船を造らんとすれば、相当なる大きさの船渠せんきょが要りましてございます」

「いかほどか? ごほん、ごほん」

「「「殿」」」

 次郎をはじめ、家老全員が詰め寄る。

「大事ない。続けよ」

「は……。これは……おそらく今後来航しうる異国船の大きさを考えますと、それに処するための大きさとなります。すなわち長さ五十五間(約100m)、幅十四間(約25m)、深さ五間半(約10m)のものが要るかと存じます」

 しかし、これで1隻分だ。1隻建造するのに約3年はかかる。ペリー艦隊が4隻だから12年は必要だが、このドックをつくるのにも3年はかかるだろう。

 ペリー来航まであと7年しかない。無理だ……それに、確かセメントがいる。確か……確か……ポルポライドセメント? つくれるのか?

 次郎の頭には不安しかない。

 それに造船所にしても、作れる技師がいない。オランダから招聘しょうへいするにしても、そうなれば国家事業になる。幕府に黙ってやることはできない。

 オランダの書物を読み、造るのか?

 あとは船の建造費用……ポーハタン号は785,000$だ。幕末のレート不均衡は是正する(というかやらせない)ので、ハリスが決めた1ドル =0.75両(1両 = 1.33ドル)は無視する。

 金の含有量で考えれば、1両(天保小判)=4ドルだ。それで計算すると、一隻を造るのに196,250両が要る。

 金が、かかる。次郎はストレス過多になる寸前である。

「して、いかほどかかるのだ?」

「は、しめて十万三千九百三十八両……諸経費を込めれば十三万両ほどかと」

「なにい! ばかな……」

 全員が金銭感覚が麻痺まひしているのだろう。五郎兵衛は発狂しそうな声を上げたが、彦次郎は黙り込んでいる。純顕は少し目の奥が笑っているようにも見える。

「なに、幕府からの言質はある。備えよ、と。造船所は別にしても、台場は……一力(独自に)ならよいとの言質はとれるであろうよ。銭のことは、それから考えるとしよう」




 ■精錬方 理化学・工学研究所

「石炭ガス、石炭を乾留したときに出るガスから、水を通して石灰を使うとアンモニアができることは理論通り証明された。アンモニアは循環できるから大量には必要ない。残りのガスをどうやって集めるかだが……」

 火をつけると燃え、照明にもなり、暖房や調理にも使える。石油の精製ガスも利用できるが、石炭が先である。なにしろ設備条件が整っているのが石炭なのだ。

「レトルト(丸底フラスコと変形丸底フラスコの合体のようなもの)を巨大化してつくるものいいが……タールがこびりついてメンテナンスが難しいな……いや、もともとビーハイブ炉でやってるんだからそっから持ってきて……」

 信之介のブツブツ時間が始まった。

「いや、ヘールズの水上置換法やキャベンディッシュの石灰水による二酸化炭素除去法は……既に実証しているじゃないか! ラボアジェの開発したガスタンク……あ! これでいいやん! 確か本に書いてあったぞ! あったはずだ!」




 大村藩におけるガス灯事始めである。




 ■十月十日

 9 回目の操業にて鉄湯の流動性は8回目よりわずかに向上した。これまでの操業は、初号炉で行ったものである。

 ■十二月二日、二十六日

 10・11回目の操業が行われた。徐々に流動性が上がっている。

 次回 第72話 『改元と朝廷工作』

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