第554話 上杉謙信に後手後手の小佐々純正。起死回生、なるか?

 天正元年 四月四日 日本海

「(おい、誠に、これは同じ、海なのか?)……!」

「ははは! だらしねえなあ旦那! それでも同じ海賊か? こんなもんなぎだ!」

「やかましい! 何も言うておらぬではないか! いささか驚いておるだけじゃ! いくさでは負けん」

 二つ熨斗輪のしわ片喰かたばみの紋が入った帆が、風を受けて大きく膨らみ、その船を先頭とする大船団が敦賀沖を北上する。

 

 ■同日 庄川東岸(広上村) 道雪本陣 晴れ

「いったい……謙信は、夜のうちに、いずこに消えたと言うのだ?」

 昨日、阿尾城の陥落の知らせを受けた立花道雪は、本拠地に戻る菊池武勝を許すとともに、畠山義慶に援軍として向かうよう命じていた。

 味方の城が落ちた報告は、士気の低下につながる。道雪軍が千代ヶためし城、壇の城、鉢伏山城、隠尾かくりょう城を落としたとしても、落とすよりも落とされる方が痛いのだ。

 連合軍ゆえの弱さでもあるだろう。箝口かんこう令をしいて広まらないように指示を出したが、いずれ誰もが知ることになる。

 自らの城が落とされる方が、比べものにならないくらい士気を下げるのだ。得たいという欲よりも、失いたくないという恐れが勝つのである。

「申し上げます! 上杉勢、ここより東一里半(約6km)、下条川東の火宮城を足溜り(拠点)として陣を張ってございます」

「なんじゃと? ……謙信は、やはりまともに打ち合う(戦う・戦闘)を避けるか……いや、何ぞ(何か)起こるのを待っておるのであろうか……」

「道雪様、いかがいたしましょうや? この上はわれらも東へ進む他にはないかと存じますが」

 紹運が聞く。

「うむ、然うであるな。こちらも放生津の備えの肝付勢のみ残して東の……ここいら、水戸田村あたりまで進むといたそう。見通しの良い陸地ろくじ(平野)ゆえ奇襲はないと思うが、念のため用心しておくように伝えよ」

 道雪は謙信との決戦のために集めていた軍を東に進め、再び布陣して出方をみるより他はなかった。

(さて、一条殿からの知らせはまだかの)

 

「申し上げます! 隠尾城の壱岐守様よりの使者が参っております!」

「なに、壱岐守殿(杉浦玄任)の?」

「通すが良い」

「申し上げます! 加賀より後詰めの求めありて、戻らねばならぬゆえ、陣払いをいたすとの事でございます」

「加賀への後詰めじゃと? いったい誰に討ち入られた(攻められた)のじゃ?」

 道雪は答えを予想はしていたが、そうであって欲しくないとの願望で、あえて聞いたのだ。

「越前にて領民同士の争いが起きたのですが、それが一揆となり申した。越前の守護代が出向いたのですが、一揆勢の勢い思いのほか強く加賀まで飛び火して、守護代の勢が加賀にまで入って打ち合うて(戦って)いるのです。それゆえ戻らねばならぬと」

 越前の守護代、すなわち信長が任命して統治を任せている桂田長俊である。

「うむ……あいわかった。されど、くれぐれもいくさは控えなされよとお伝えくだされ。つぶさに(詳しく)分からぬまま動いては、事が大きくなりますゆえ」 

「道雪様」

「うむ。いきさつはどうあれ、加賀の門徒にしてみれば、織田が取り掛きけり(攻め寄せた)に変わりなし。討ち入らるるけり(攻められた)と後詰めを呼ぶであろう」

「然れば、織田と本願寺はまた軍となりましょう。ならずとも、軍への刻が短くなるは必定。それよりも壱岐守殿にございます。折角落とした隠尾城と鉢伏山城ではありますが、加賀へ戻られるとなれば、主がおらぬ城となりまする」

「うむ、いくらかの勢は残すやもしれぬが、残党に奪われるやもしれぬ。そうならぬよう、壱岐守殿が退いたならば龍造寺勢に入ってもらわねばならぬか……」

「然うですね」

 予想外の展開に道雪の心はざわついたが、さらにざわつかせる報せがあった。

「申しあげます!」

「いかがした?」

「は、ちかくの百姓が噂をしておったのですが……あくまで噂ですので、誠かどうか定かではないのですが……」

「なんじゃ? いかような噂なのじゃ、早う申せ」

「は、過日、越後沖にて上杉の船手によって御屋形様の海軍が、大敗したようなのです」

「なんだと?」

 噂が流れている・・・・・のは事実であった。

 謙信がはなった忍びによって広められた噂で、近隣の村々に『小佐々の水軍が荷船を襲い強奪している、そしてその海賊もどきの小佐々を、毘沙門天の化身である謙信が散々に討ち滅ぼした』という内容である。

「愚かなことを申すでない。左様な事、あろうはずがない」

 紹運は信じられないようであったが、道雪は冷静であった。

「あいわかった。ご苦労である」

 道雪の調べでは、上杉の水軍は北に向かった以外は目立った動きはなかった。しかし、そう考えると放生津への兵員輸送や、阿尾城の襲撃の辻褄があうのである。

「弥七郎、いや主膳兵衛殿。けだしくも(もしも)そ(それ)が誠の事ならば、放生津への勢の乗り入れや、阿尾城へ敵が取り掛きけり(攻め寄せてきた)も、すべて得心がいくとは思わぬか?」

「そ(それ)は正に(確かに)然うでござるが……」

「放生津へ勢を入れ、阿尾城に掛かりけり(攻めた)後は、上杉の船手は如何いかに(どのように)はたらく(動く)であろうか?」

「……」

「……」

「まずい! 能登が危うい! すぐさま早馬を出し、阿尾城へ向かった修理大夫殿へ報せるのだ! 能登が、七尾城が上杉の船手に掛かられんやも(攻撃されるかも)知れぬと!」

「左様にございます! こちらは気にする要なしとして、急ぎ能登に戻られるようお伝えしなければ!」

 道雪は早馬を阿尾城へ向かわせた。
 

 

 ■増山城

「なんじゃと? 菊池の城が落ちたじゃと?」

 神保長住は驚きを隠せない。菊池武勝が裏切って小佐々方へ与したのは知っている。守山城の神保氏張も同調したのだ。

 主力がこの戦場にきているとはいえ、阿尾城を落とすとは、なんたる早さであろうか?

 そう長住は思ったのだ。

「殿、如何いたしますか? 巷説、上杉の船手が小佐々の船手を破ったと言われております」

「存じておる。存じておる……」

 このまま上杉につくか? 小佐々は兵力では勝っていても、周りの状況は刻々と上杉に有利になっている。

 

 
 ■亀山城

「なに? そ(それ)は誠か? 偽りを申すでないぞ!」

 亀山城の椎名康胤も、神保長住と同じ情報を得ていた。

 しかし謙信を裏切ったとして、神保長住と決定的に違うのは、康胤の本拠地である松倉城が東の新川郡にあり、周囲を弓庄城の土肥政繁らの親上杉国衆に囲まれていた点である。

 今裏切ったとしても、謙信の勢力が越中から一掃されるわけではない。

 現状を考えると、康胤が上杉を裏切るとは考えられなかった。

 

 
 ■摂津 石山本願寺

「なに? それは誠か?」

「はい、はじめは吉崎にて水の利や漁り場が元で争いが起こったようなのですが、加賀の門徒も多く集まりて、三国の湊を見境なく襲ったのでございます」

「うむ、その後はいかがしたのだ?」

「はい、越前の守護代である桂田なるものが兵を起こして門徒を鎮めに来たのです。その勢いは越前に留まらず、加賀にまでおよび、加賀の門徒を襲い乱暴取りをいたしております」

「おのれ、信長め! ……然れど、いかがしたものか。いずれにしても玄任には戻って備えをしてもらわねばならぬ。越中より退くように早馬をだすのだ」

「はは!」

 

 
 ■越中 婦負ねい郡 

「参謀長、失はいかほどか?」

「は、三千ほどにはなろうかと」

「……。……三千か。……厳しい戦いであったが、皆のおかげでここまでこれた。敵の様子は如何じゃ? 斥候は戻ってきたか?」

「は、敵方の城生じょうのう城へ入り、籠城の構えかと。数は二千」

「他、山中には見当たらぬか?」

「は、今のところはそのような報告は受けておりませぬ」

「そうか、なんとか、なんとか凌いだな。うむ、ご苦労である」

「師団長、敵が城に籠もったとなると、ここからは我らが掛かる番にございますな」

「うむ。それに備えて、今日はしっかり休み、食べろと命じるのだ。明朝進軍し、城生城の対岸に布陣するとする。八町(約872m)北東に岩木城があるが、降伏するならよし、しなければ城生城の前に掛からん」

「はは!」

「報告!」

「なんだ?」

「は、斎藤家郎党、斎藤喜右衛門と仰せの方が、お目通りを願っております」

「なに? 斎藤家? ……良し、通せ」

 
 
「御免! ご無事にござるか?」

 大きな声とともに第二師団長である小田賢光少将の前に現われたのは、城生城の斎藤次郎右衛門尉信利の家臣、別働隊を率いている斎藤喜右衛門である。

「初めてお目にかかります。城生城主、斎藤次郎右衛門尉様が郎党、斎藤喜右衛門と申します。まずは、これを」

 喜右衛門は主君である信利が、日高喜との会談の中で交わした内容と純正の文を見せた。

 賢光は純正の字を知っている。およそ上手いとは言い難い字体である。祐筆が普段は行うが、重要な書面は直筆なのだ。

「これは、まさに御屋形様の字である。これは、いったい……」

 喜右衛門は全ての経緯を話し、純正の遣いで日高喜が来たことや、謙信から手紙が届いた事、主の命令で賢光の部隊を尾行して合流した事を伝えた。

 実際に最後の戦闘では、山中の上杉軍を襲撃していたのだ。

「いや、そうであったか。これはこれは、合力、かたじけない」

 

 喜右衛門の部隊は賢光の部隊と合流し、野営の後、岩木村へと進む事となった。

 

 ■相模 小田原城
 
「大叔父上、上杉は勝てましょうや?」

「さて、そは誰にもわかりませぬ。然れど、いくさはすべて……その八割は支度にかかっておりまする。その支度にて勝ちたるものが軍を制しまするが、残りの二割で勝つのもまた、軍神の軍神たる所以かもしれませぬな……」

 晴れ渡る昼下がり、少し動けば汗ばむくらいの天気の良い昼である。小田原城の一室で、後北条氏第四代当主の氏政と、北条早雲の息子であり、氏綱の弟である北条幻庵が碁を打っている。

 幻庵は氏政にとっては大叔父である。

「いずれにしても、我が北条は上杉の軍に関わるべからず。常陸と下野は今のところ穏やか故、安房の里見に力を注ぐのが肝要かと存じます」

「ふむ、然うですね。関わったとて我らになんら益はございませぬ故、至極もっともなお考えにござる」

 氏政は答える。

 初代伊勢宗瑞(北条早雲)より四代にわたり支えてきた、北条の知恵袋である重鎮の言葉は重い。

「時に……」

 幻庵が思い出したかのように、唐突に聞いた。

「あのお方をいかがなさるおつもりで?」

「ああ……あのお方にございますか。頭の痛き事にございますが、当家の所領にてしかるべき処に御座を移されるのは、やぶさかではないと考えておりまする」

「然うですな、拙僧も同じ考えにございますが、それはそれ、にございますぞ」

「心得ておりまする」

 

 今のところ、氏政は上杉と小佐々の戦いには、関与しないつもりのようである。 

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