第682話 『上杉家の処遇と新しい政庁』(1580/11/18) 

 天正九年九月十五日(1580/11/18)  大同盟合議所

「ああそれから大膳大夫殿、上杉はいかが相成りましたかな?」

 純正は別に勝頼を弾劾するつもりもなく、上杉の去就など眼中になかった。奥州や関東の服属大名と同じだ。他の加盟国は小佐々の影響力がどうのと言っていたが、すでに微動だにしない影響力なのだ。

 国内の石高で比べても、同じどころではない。はるかに凌駕りょうがしている。台湾やフィリピン、その他の入植した東南アジアの石高も入れれば、さらにその差は広がるだろう。

 そもそも石高は国力を測る上での目安の一つに過ぎない。ポルトガルや琉球をはじめとした東南アジア諸国や、アイヌとの貿易で巨万の富を築いている。

 地租改正に近い状態の制度改革を行って、小佐々家は銭で経済が回っていたのだ。

 ずいぶん前に、通貨を統一し、度量衡を統一しようとの試みはあった。これは大同盟以前の話だ。慎重論が噴出し、実現はできなかったが、中央政府樹立にあたっては避けることはできない。




 話しがそれた。

 上杉の件である。いや、上杉でなくても良い。小佐々・織田・武田・浅井・徳川・畠山・里見・大宝寺、これで八ヶ国だ。言うまでもなく大宝寺が一番の小国である。

 議決権を持つ国を増やさなければと考えていたのだが、東北と関東の大名の件が終わったばかりである。ここで上杉を一般加盟国として参画させるか? 
 
 当然費用負担が生まれるが、上杉はそれを容認するのだろうか。

 上杉はもちろんだが、北条を含めた他の奥州大名の参入の問題もある。

「上杉とは乱の後、話はしておりませぬ。北信と上野の所領は得ましたが、これは内府殿も構い無しと仰せではありませんでしたか?」

「いやいや、大膳大夫殿、その事を申している訳ではないのです。上杉が我らが伝える中央政府に加わるか否かという事にござる。そもそも中央政府は私戦を禁じております。それは加わって居らぬ大名も同じ。もし行わば、外征の当て所(対象)となりまする。加えて起こすかどうかわからぬ者も放ってはおけませぬ。これは上杉に限った事ではありませんぞ」

 勝頼の言葉に、純正は真面目に答える。大同盟改め中央政府の目的はそこにあるのだ。

「例え縁戚とは言え、話しておらぬものはわかりませぬ。ここは大同盟、大日本政府より加盟を求めて説き、それでも従わぬならば……。いや、先にわれらの意向を伝え、それでも戦が始まるなら、従えていく他ありますまい」

「ふむ」

 純正は少し考えてから決をとった。

「では方々、武田殿が仰せのように、上杉を始め未だ加わって居らぬ大名については、まずは通達をしかと行い、互の戦を行うならばそれをいさめ、それでも変わらぬなら外征となる。これでよろしかな?」

「子細(異論)ございませぬ」

 満場一致の可決となった。




「加えて方々、この場において今ひとつ発議がござる」

 全員が純正を見る。

「わが諫早城があり、中将殿の岐阜城がござる。中務侍従殿の浜松城があり、大膳大夫殿の躑躅ヶ崎館がある。他の方々も同様にござる。それ故新政府にも、ふさわしき政庁たる城があってしかるべきと存ずるが如何いかに?」

 家康がうなずき、続く。

「まさにその通りですな。我らが新政府の威厳を示すには、中央にふさわしき政庁が必要である。しかるに、どの地が最も適しておるか、まずは議論致しましょう」

 左様、と長政が頷いて発言をする。

「それぞれの居城があるゆえ、それ以外でふさわしい場所を定めねばなりますまい」

 信長がまず口を開いた。

「京の都が我らが新政府の政庁として相応しいのではないかと存ずる。都は我が日ノ本の中であり、中央政府の象徴にもなり得る。また、京の地に政庁を置くことで、我らが新政府の威厳を示すことができる」

「されど京の都には花の御所もあり、二城御所も残って居る。先の幕府の公方様を差し置いて京の都というのも……。それに公方様を如何致すかも重き題目にござろう」

 純正が正論を述べる。信長に対して反論するというより、疑問点や問題点を掲げていると言った方が、正しい。

 信長は純正の指摘に頷きつつ、再び発言した。

「確かに、花の御所や二条御所があることは、我らの政庁を設ける事の障りとなる。しからば公方様の儀もあるゆえ、政庁の場所については京以外を考えねばならぬかも知れぬな」

 将軍義昭をどうするかについて考えていては、いつになっても答えは出ない。義昭は純正達の要請には従わずに戻っても来ない。北条の庇護ひご下にあるのだが、氏政も困っているだろう。

 いずれにしても政庁の場所を決め、築いてこそ、始まるのだ。それまではこの合議所が仮の政庁となるだろう。

 勝頼が発言した。

「公方様か……いささか面倒にござるな」

 万座が苦笑する。

「……であれば信州の松本はいかがか? 日ノ本の中にあり交通の便も良く、兵法を考えるに重き地である」

 との勝頼の後に、家康が続いた。

「それならば、我が三河の岡崎城はいかがか? 東海道にあり、それがしの前の居城であったゆえ、様々なものが整ってる。交通の便も良く、政庁の場所として適って居ると存じます」

「それならばそれがしは、丹後国の宮津城を推挙したい。日本海に面した良港であり、交易の要衝でもあります。新政府の勝手向きを考えるなら、一番ではないだろうか」

 浅井長政だ。確かに良港であり、海運の要衝でもある。

 里見義重(正木憲時)は安房勝山城を推し、大宝寺義氏は居城の尾浦城を推した。こうなればもう、あからさまである。




「方々、何か心得違いをなさっておいでではございませぬか?」

 発言したのは畠山義慶であった。

「中央政府の政庁を設けるにあたり、何処いずこが最も適うかなど、幾内に決まって居るではありませぬか」

 万座の注目が義慶に移る。

「佐馬頭殿(義重)、東国には近けれど、九州には遠うござるぞ。大膳大夫殿(勝頼)の松本も同じにござる。権少将殿(家康)、岡崎は確かに要衝にござるが、それを言えば幾内が最も要衝にござる。左衛門佐殿(長政)の宮津も要衝にござるが、もっと良い場所があろうかと存じます」

 関東地方などありえない。家康がそこにいたから江戸幕府なのだ。浜松のままなら、浜松幕府になっている。場所が良いわけではない。松本も岡崎も、それに宮津も、ただ自領に造りたいだけである。

「されば、いずこが適うのでござろうか?」

 信長はニヤリとしながら聞いている。

「さればそれは、内府殿が一番よくご存じかと存じます」

 義慶が純正を見、全員の視線が集まる。

「さればそれがしは、大阪がもっとも適って居ると考えまする」

「大阪?」

 複数の疑問が交じった声が重なる。大阪のある摂津は織田領なのだ。織田領である大阪を、なぜ純正は推すのだろうか、と。

 ニヤリとしたまま信長が口を開いた。

「大阪は確かに港町として栄えているが、新政府の政庁として適う理由は何であろうか?」

 純正が答える。

「大阪は日ノ本のほぼ中にあって、交通の便が良い。京にも近く、貿易の要衝でもある。商人も多く街は潤い栄えており、物の流れの中でもある。さらに、海運を用いれば日ノ本何処からでも物を運ぶ事能いまする」

 端から見れば純正と信長の出来レースのような会話であるが、そうではない。事実、大阪はそうなのだ。

 万座からは同意のしぐさがいくつも見て取れた。

「されば方々、大阪を新政府の政庁とすることで決まりでござろうか?」

 純正が最終的な確認を求める。

「御異論、ござらぬか?」

 全員が頷き、満場一致の決定となった。

「では、新政府の政庁は大阪に設けることで決まりといたします。加えて、新政府の法度や勝手向きについても次回の会合で言問う(討論する)事といたします」

 全員が再び頷き、一歩前進したのであった。




 次回 第683話 (仮)『百三十万二千九百貫』

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