第374話 土佐安芸郡一揆⑥黒幕は小佐々弾正大弼純正なのか?

西国の動乱、まだ止まぬ

 永禄十二年 十一月十五日 阿波 ※勝瑞城

「なに? まだ一揆が収らぬと?」

「はい、安芸城を占拠した一揆勢は安芸郡全体に広がり、安芸国虎の嫡男十太夫が蜂起して、一揆を扇動いたしております」

 ※三好長逸と※三好宗渭は正月に御所を襲い義昭を殺害する予定だったが、純久率いる所司代軍に撃退され、四国に引っ込んで挽回の策を狙っていた。

 忍びの者の報告を聞いて、二人は考え、策を練る。

「兄上、これは京へ向かえぬとなれば、土佐を攻めるのも一つの手ではござらぬか」

 三好宗渭は兄である長逸に提案した。

「そうよのう。しかし、今は大和の筒井順慶と合力して松永を攻めておる。しかも旗色が良いとは言えぬ」。

「そうですな。しかし、元親は何をしておったのでしょう? 一揆ごとき、すぐさま鎮めれば良かったものを」

 この時代の常識は、現代の労使交渉の比ではない。生死をかけた戦いである。領主側は鎮圧に向かう。放っておけばまたたく間に広がるからである。

 しかし、出来なかった。

 ほぼ、同時に起こったからである。一カ所のみの一揆であれば、軍勢を派遣して鎮圧もできるだろう。しかし、同時に複数箇所で発生すれば、鎮圧するのは容易ではない。

 例えは悪いが、同時多発的な一揆なのである。すなわち、一揆の勢いが拡大したのではない。
 
「わからぬ。しかし一条攻めが頓挫し、小佐々の介入を招いたとなれば、一刻も早く鎮めねばならぬだろうに」

 長逸は当然の疑問を口にする。

「そうでござるな。しない理由、またはできない理由でもあったのでしょうか」

 宗渭は同意し、理由を考える。

「どうであろうな。しかし、どうにも腑に落ちん。なにか、誰かが後ろで糸を引いている気がしてならん」

「誰か、とは?」

「わからぬ。わからぬが、ここで攻めて安芸郡をとったとして、後が続かねば意味がない。よくよく情報を集め、吟味してからでないと、大坂の二の舞になるぞ。……!」

「!」

「まさか!」

 二人同時に声を上げた。

「まさか、考えすぎでしょうか?」

 宗渭の言葉に長逸が答える。

「いや、なにやら薄ら寒い予感がする……」

「いずれにしても、忍びの報告を待ちましょう。今、小佐々を相手にする事などできませぬ」

 二人は同意し、情報収集が先決だとして、兵を起こすのを止めたのである。

 ■妙覚寺

「殿、少しよろしいでしょうか」

「なんじゃ」

 信長は南伊勢を平定した後、将軍義昭に殿中御掟を提出して署名させ、近隣の仕置きを行ってから、正月前に一度岐阜へ戻ろうと考えていた。

 光秀の声がけに普通に答える。

「先日お伝えした土佐の件ですが」

「うむ、長宗我部が鎮圧したか」

「いえ、まだ鎮圧できていないようです」

「ではある程度、条件をのんで懐柔したのか」

「いえ、それもまだ」

「いったい何をやっておったのだ? 一向一揆ではないのであろう? それほどまでに手強いのか」

「それが報せを受けてすぐに鎮圧に向かったようなのですが、なにぶん機を同じくしていくつもの村で起きたようで。しかも一条攻めと小佐々との戦で兵が疲れ、戦を嫌う気運にて、なかなか集まっておりませぬ」

 矢継ぎ早に信長の質問と光秀の返事が続く。

「どういう事だそれは? なにか妙だな」

 信長が考え込んで、光秀が続けて話す。

「はい、あわせて元親は昨年、安芸郡の土佐七雄が一人、安芸国虎を滅ぼしております。今回の一揆に、その国虎の遺児である十太夫が関わっており、旧臣も含めて一揆勢を糾合しております」

「なんと! 一揆勢に元国人も加わっておるのか。……光秀、そなたはどう考えておるのだ?」

 信長は、この不自然に勢いのある土佐の蜂起について、光秀の見解を聞く。

「されば、小佐々、小佐々が背後にいるのではないかと考えまする」

「なに? 純正が? はは、光秀よ。そういうからには何か根拠があるのか?」

 少なくとも信長は純正の事を、光秀が考えるよりも信用しているようだ。

「は、根拠と申せるほどの証拠はございませんが、そう考えればすべて合点がいきまする」

「どういう事だ?」

「まずは長宗我部攻めにございます。一条に加担し、長宗我部を攻めることで土佐平定を狙っていたとしたらどうでしょう? そこで平定できればよし、できなくとも、民衆の間に種をまくことはできまする」

「種とは?」

「小佐々が行う領国の治めについてにございます。年貢の取り分を民が六、家中を四とする事や、賦役や軍役に恩賞や賞与を与えんとすれば、わが織田の家中でも直ぐには難しいことと存じます」

 ふむ、と信長は少し不機嫌になりながらも、事実として認めているようだ。

「そのような甘言を農民どもに流布しておき、さらに安芸の旧臣どもと結託していたとなれば、十分に可能な事かと存じます」

「なるほど。しかしそれが事実として純正が認めるか? まず認めんだろう。それに、認めたとして、それが和議がなる前になされていたとしたら?」

「和議を結ぶ前、にございますか?」

「そうだ。前ならば戦の最中である。落とした城と土地では、先々治めていくために民を鎮撫するであろう? その際に、小佐々の領国の治めと同じように、触れを出すことは何の問題もない」

「それは……」

「そしてもし、奪われた時は領民に一揆を起こすように促し、安芸旧臣には仕官とお家再興を約束していたとしたら?」

 光秀は考えているが、信長の問いに答える事ができない。

「元親は優秀だと思うておるが、しかしちと遅すぎた。いや、純正が早すぎたのであろうかの。いずれにしても、この絵図を描いた者は、一枚も二枚も上手じゃ」

 二人して黙り込む。

「して、いかがいたしましょう? このままでは三好を押さえるどころか、土佐へ三好の侵攻を許し、力をつけさせてしまいます」

「ふむ、そうよの。三好も正月の一件があるゆえ軽々に攻め込みはせぬだろうが、念には念を入れておかねばならぬな」

 光秀は『はい』と返事をして信長の答えを待つ。

「年に二度も長宗我部のために朝廷は動かせぬであろうし、わが家中も海を渡って助けるにはちと厳しい。……やはり純正に頼むしかないか。今であれば……」

「殿」

「どうした?」

「海を渡らずとも和泉に兵を集め、淡路をうかがうそぶりを見せるだけでも、三好の牽制にはなろうかと存じます。その間に元親に鎮圧させましょう」。

「どれほどかかるのだ? 動かすにも銭がかかる。今、長宗我部にそれだけの価値があるのか? 言いたくはないが、わしの縁者とはいえ、半死半生ではないか」

「期間は断定できませぬが、大局を考えれば、間違いなく小佐々は殿の敵となり申す。これ以上大きくせぬため、そのための三好攻めだったのではございませぬか」

「それはそうだが、ではどうするのだ?」

「はい、まずは三好には、さきほどご説明した通りに。そして小佐々に文を送りこたびの件を聞きただします。また、元親には早急に一揆を鎮めるように促します。そして……」

「そして?」

「戦が長引けば必ずや兵糧矢弾がつきてまいります。もし小佐々がそれに力を貸すならば、そこをついて断罪するのです」

「断罪? 何について断罪するのだ?」

「それは、つまり他国の一揆に手を貸した、という」

「ふむ、そうであるな。しかし、仮に純正が黒幕だったとして、そんな事も考えずにやるとは思えんが……。まあよいであろう。和泉への出兵の件、好きにするが良い」

「はは」

 光秀の案が良いか悪いかはわからない。しかし小佐々家がこれ以上大きくなれば、織田家の脅威になる事は間違いのない事実であるし、光秀でなくとも危機感は抱くであろう。

 信長は純正とのつきあいの中で、純正に領土的な野心がないというのは感じていたが、本人の思いに反してその領土は膨らんでいるのだ。その事実は否定できない。

 小佐々、長宗我部、安芸、三好、織田の水面下での戦いは静かにすすむ。

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