第25話 26年ぶりの父との邂逅

「幸い挫滅している部分も少なく、壊疽えその心配はありません。ただ、毒素が血を巡って五臓六腑ごぞうろっぷを侵しております。持ち直したとしても、後は運を天に任せるしかありませぬ」

 親父は一時は回復した。

 起き上がれもしたが、また寝たきりになった。

 医師はなかなか塞がらない傷口を水で洗い、包帯を取り替えて、止血と化膿どめの膏薬こうやくを塗り終えて、首を振りながら言った。

「は?! 何言いよっとや! 医者やろが! 治せや! 治すとが仕事やろがあ!!」

 俺は医者につかみかかる。

 平九郎! と母が俺の手を押さえて制す。母だってきついはずだ。

 去年息子を一人なくしているんだ。この上で自分の最愛の人まで失う事があったら、生きる希望を失うだろう。

 医者は一礼して部屋をでる。

「しかし母上! ……」

 なおも収まらない俺が何かを告げようとすると、

「やかましいのお、おちおち寝てられんわ」

 親父が目を覚まし、天井を見つめながら独り言を言う。

「目が覚めましたか!」

「あなた!」

 身を乗り出す。頭の中のもやもやした黒い雲が晴れた。

「うむ」

「父上、ご無理なさらないでください」

 起き上がろうとするので止めようとするが、親父はそれを手で制する。

 すうぅぅぅ、はあぁぁぁ。深呼吸をした後で父は、

「平九郎、家督をつげ」

 一言、静かに言った。

「え? いま何と?」

「なんども言わせるな。家督をつげと言ったのだ」。

「え? いやしかし、それがしはついこの前、元服をすませたばかり。それに父上はまだご存命で、元気になったではありませぬか」

 頭がぐるぐるまわる。理解が追いつかない。家督だって?

「これが、元気に、見えるか? ……それに死ぬ前に家督相続など、珍しくもない。どこでもやっている。逆に、だからこそ、だ。医者も言っていたであろう? 運を天に任せるしかない、と」

 親父の声に力はない。やはりつらそうだ。ゆっくり、しかしはっきりと続ける。

「初陣もこの前、立派に果たしたではないか。大将首まで取って」。

「あれは、その……。無我夢中で何も覚えておりませぬ」。

 俺は照れ笑いを隠しながら言う。

「それから、な。先日言っておった産物の件な、あれはもうよい」

 ? どういう事だ?

「それはいったい?」

「わざわざ俺に見せなくてもいい。自信があるのだろう? ならばよい」。

 しかし……、と言おうとした俺の言葉を遮って、

「良いのだ。これからはお前の好きにしろ」。

 やはりつらかったのだろう。親父はもう一度横になる。

「吉野、すまないな。苦労をかける」。

 母を見ながら、もう一度手を握る。

「本当です。でももう慣れました」。

 すねたような母の言葉に、親父は微笑みを浮かべる。

「少し、平九郎と二人にしてくれないか」

 母は少し残念そうだったが、はい、と静かに答えて立ち上がり、すすす、と部屋をでた。

 

 

「さ、い、かい……ばし」

 え? なんだって? さ、い、西海橋!!??

「親父、今なんと?」

「西、海、橋の、アイスクリーム、そんなにおいしかったか?」

 なんだ、いったい、どういう事だ?

「アイスが食べたい食べたいって、ダダをこねてただろう?」

「モナカから食べたり、ぺろぺろなめたり、かぶりついたり、三人ばらばらで」

 ふふふ、と思い出して笑う親父。

 おいしいけれど特別ではなく、味も普通のシャリシャリしたシャーベットみたいなアイスクリーム。

 どういう事だ? この人はいったい何を言っているんだ? 誰なんだ?

「小学校の運動会の時、みんな持ってるからって、メーカー品のジャージが欲しいって、ダダをこねたよな」

 小学校? メーカー? ジャージ? どれもこの時代の言葉じゃない。

「ごめんな、あの時は。お金が足りなくて上下セットじゃなくて、バラバラのメーカーの、しかも上はTシャツだけなんて」

 なんだ、どうした? 俺のこの頬を伝っているのは涙なのか?

「そう不思議そうな顔をするな、武」

「おやじ、なのか? 本当に親父なのか?」

「そうだ、お前の父親だ。久しぶりだな。何年ぶりだ? ややこしいな」

 とめどなく涙が流れた。前世の親父が死んだ時、もちろん悲しかったが、涙はでなかった。身内の死って、人の死って、こんなもんなのかな、と妙にドライだった。

 それが、涙が止まらない。いろいろ聞きたいのに

「ぐすん、えぐっ、親父、おやじ、おやいs、うsじうsおやじ……」

 嗚咽おえつまじりで言葉にならない。

「俺も最初にこっちに来たときには驚いた。状況が飲み込めるまで時間がかかった。それでも当主になってからだったから、表立って俺を非難するやつはいなかった」

「色々と試しながらやってきたが、お前みたいに歴史の知識なんてないから失敗失敗失敗の連続さ。ましなのは木綿と帆船くらいだ」。

「とにかく、あとはお前の番だ。頑張ってくれよ、ご当主様。……少し、疲れた。寝るよ……」。

 そう言って親父は再び目を閉じた。

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