第876話 『佐世保電信開通と大日本国の動向』

 慶長四年八月十五日(西暦1599年10月4日) 肥前国佐世保

「接続完了!」

 太田和源五郎の声が、佐世保の電信局に響き渡った。

 諫早から佐世保まで、約56.5kmにわたって敷設された電信線が、ついに開通したのである。

 当初は4月に完成予定だったが、急がず確実にとの純正の命により、じっくりと時間をかけて完成したのであった。

 20か所の中継所を経て、人手による信号の中継で運用される電信網。

 完全自動化には至らないが、これまでの腕木通信と比べれば革命的な通信手段である。なにより天候や時間に左右されない。

 現在は人力での中継だが、継電器の開発と電力供給に関しては、オランダからの技術供与が予定されていた。

 無人の中継所が現実味を帯びてきたのである。

「殿下への第一報を送信いたします」

 佐世保電信局長の川田兵衛が、送信機のレバーを操作し始めた。短点と長点を組み合わせた符号が、銅線を通じて諫早へ向かって送られていく。

 トン・ツー・トン・ツー・ツー……

 操作室では、技術者たちが固唾をのんで見守っている。この瞬間、肥前国の通信技術は新たな時代を迎えたのだ。

「サ……セ……ボ……デンシンキョク……カイツウ」

 川田が一文字ずつ送信しながら読み上げると、室内に安堵あんどのため息が漏れた。


 ■諫早城電信局

「信号が来ています!」

 諫早の受信担当者が興奮した声を上げた。

 針の振れに従って、短点と長点のパターンを記録していく。

「佐……世……保……電……信……局……開……通……成……功」

 メッセージが完全に受信されると、室内に歓声が湧き起こった。源五郎は感動で声を詰まらせながら、すぐに返信の準備を始める。

「返信します。『祝……開……通……殿……下……も……お……喜……び……の……こ……と』」

 往復の通信が成功した瞬間、日本初の長距離電信網が正式に稼働を開始したのである。


 ■同日午後 諫早城

「殿下、佐世保との電信開通、おめでとうございます」

 直茂が満面の笑みで報告すると、純正もうれしそうにうなずいた。

「ようやくだな。皆よく頑張ってくれた。これで昼夜を問わず、雨天にかかわらずに速やかに連絡できる」

 純正は窓辺に立ち、遠く佐世保の方向を見た。目には見えないが、そこには情報を電気の速度で運ぶ銅線が張り巡らされている。

「次は平戸への延伸ですな」

「うむ。年内には肥前国内の主要都市を結びたい。そして来年は……」

 海外領土における敷設である。

 海底ケーブルはオランダの技術協力を待たなければならないだろう。

 純正は導線の上にゴム状の膜をかぶせて電気信号の減衰を防ごうと考えていた。

 その研究においては、まずは本土と領内の離島の間で実験すべきと考えていたのである。

「来年はチャウルでの会議がある。その前に、大日本国内への延伸も検討せねばならんな」

 直茂の表情が少し曇った。

「殿下、大日本国の他の州との関係ですが、近ごろいささか不穏な話を聞いております」

「いかなることだ?」

「……つまるところ、大日本国は肥前国の傀儡くぐつではないか、と考える者が増えているのでございます」

 純正は眉をひそめた。

「ふん、詮なき(どうでもいい)ことよ。オレの傀儡なら、とっくに各大名家をつぶしておるわ。されど……そろそろ考えねばならんな」

 ため息しか出ない。

「何を、でございましょうや」

 純正が信長をはじめとした大名に中央政権樹立の打診を行い、大日本国が成立して19年。

 紆余曲折うよきょくせつを経て、肥前国からの技術供与や産業育成支援によって、ようやく大日本国の各州も近代化の波が押し寄せていた。

 しかし、その技術・産業レベルは肥前国の1570~1575年レベルである。

 銃器で言えばパーカションロック式のミニエー銃や、ガレオン船。製鉄は銑鉄せんてつをつくる旧来(肥前国に比べて)の高炉であった。

 同じ年数たっていれば、1561年に純正が転生して38年。

 19年なら1580年レベルの技術がなければならないが、まったく至っていない。


 ■京都 大日本国議会 会場

 肥前国の内務大臣兼大日本国の内務大臣……太田小兵太利行

 次官……矢並舎人とねり

 2人は各州の代表者と質疑応答をしていた。

「太田和大臣、肥前州が外交特権をもって独自に海外諸国と技術協力を進めている儀につき、そのお考えを伺いたい」

 織田州代表の丹羽長重(長秀の嫡男)が立ち上がって質問した。

 織田州では信長が完全に隠居し、信忠が全権を握っている。財務副大臣の秀吉もまた、高齢のため隠居していた。

 長重は明らかに不満げである。

「特段、障りはないかと。つぶさ(具体的)には、いかなる疑いでござろうか」

 利行は落ち着いた声で答えた。

 このとき利行は49歳。対する長重は28歳で、父と息子ほどの年の差である。

 長重の父である長秀は、老衰により死去していた。

「肥前州は和蘭オランダという遠い国と技術協力を行うと聞き及んでおります。大日本国として、何ら関与しておらぬにもかかわらず、ですぞ!」

 利行はふう、とため息をつき、舎人を見て長重に反論する。

「これは異な事を承る。関与いたしておらぬとは、いかなる了見にございましょうや。事の仕儀は委細お知らせしておりますぞ」

 加えて、と利行は続けた。

「肥前州は数十年前より海外との交易を盛んに行っておったゆえ、自然な流れではありませぬか。何も今に始まったことではありますまい」

「何を仰せか!」

 長重は血色を変え、机をたたいた。その音に呼応して、あちこちからざわめきと賛同の声が上がる。

「肥前州が、もとより(以前より)海外と交易しておったのは承知しております! されど、それはあくまで一地方の商いであり、国家間の正式な外交とは意味が異なります!」

 彼の剣幕に、利行は内心でため息をついた。

 長重の言い分も理解できる。

 新たな枠組みである大日本国ができた以上、旧来の慣習を引きずるのは問題があるとの指摘は、筋が通っていた。

 ではいったい誰が外交するのだ?

 技術ひとつとっても、誰がオランダの技術を理解できるのだ?

 肥前州では純正を頂点とする中央集権国家が完成している。

 地方諸侯の反乱などありえないし、警察機構も機能していて治安も良い。

 筆舌に尽くしがたいが、ではスペイン問題、女真・寧夏・明・黎朝・ポルトガル・タウングー朝・ムガル帝国・ヴィジャヤナガル王国……。

 アステカやインカ、そしてロシアの東進問題。

 肥前国の外交上で、大日本国の誰が介入して、より良くできるのだろうか。

「大日本国は既に一つの国家として歩み始めております! 外交は中央政府が一元的に行うべきであり、各州が勝手に他国と条約を結ぶなど、あってはならぬのです!」

 長重の主張は、議場の多くの者の共感を呼んだ。

 彼らの顔には、肥前州が常に先行し、他の州が置いてきぼりにされている不満がはっきりと表れている。

「太田和大臣、丹羽殿のおっしゃるとおりです! 我々にも和蘭との技術協力について、つぶさに知らせるべきではありませぬか!」

「なぜ肥前州だけが恩恵を受けるのですか! 大日本国全体で、技術の恩恵を分かち合うべきです!」

 次々と他の州の代表者たちからも声が上がり、議場は騒然となった。

 利行は彼らの予想以上に根深い不満を肌で感じ取ったのだ。

 単に情報の共有を求めるだけでなく、肥前州への不信感と、大日本国における自分たちの立場への不安が入り混じっているのである。

 利行は静かに議場全体を見渡した。

 かつては各々おのおのが独立した大名であった者たちである。

 大日本国の旗の下に集まりはしたが、いまだ本当の意味で1つになりきれていない現実がここにあった。

 特に、圧倒的な技術力と経済力を持つ肥前州に対する、他の州の複雑な感情が表面化しつつある。

「……ならば、いかがなさりたいのですか? 肥前州だけが恩恵を受ける? 19年たっても我が州の30年前にも技術の域が達しておらぬのに、いかにして恩恵を受けるのですか? そもそも織田州は、蔵入地からの入米(歳入)はいかほどか? 織田家ではなく織田州のでござるぞ」

 金による収入を財政の基盤としている肥前国(州)と、完全に移行できていない他の州では雲泥の差がある。

 また、家臣の領地が収入を圧迫しており、400万石を超す織田領でも実際の実入りは半分であった。さらに年貢として徴収できるのは100万石程度である。


 利行は、丹羽長重の不満に対し、あえて本質を問うたのだ。

 技術レベルの格差は明らかであり、肥前州が進んだ技術を独占しているわけではない。むしろ、他の州がその恩恵を十分に活用できていない現状があった。

 それは、大日本国建国以降に北関東や奥州が肥前国に服属したが、現在では大日本国の他の諸州よりも発展している事実によっても明らかである。

 奥州は気候的な問題で食糧危機があったが、純勝の介入によって改善されつつあった。

 技術問題や経済問題は前述のとおりである。

「入米は……」

 長重は言葉に詰まった。

 織田州の蔵入地からの収入が、同じ石高の肥前州の各県に比べて圧倒的に少ない事実は、彼自身がよく知っていたからだ。

「我が州は、農業技術の改良、干拓事業、そして効率的な徴税システムによって、蔵入地からの収入を大幅に増やしております。また、工業生産も活発で、新たな商品を次々と生み出し、国庫を潤しております」

 利行は淡々と説明した。

 それは単なる自慢ではなく、他の州が学ぶべき具体的な事例提示でもあるのだ。

 端的に言えば、肥前国と同じ統治形態にできるか?

 その一言につきる。

「されど、肥前州の技術はあまりにも進みすぎている! 我らにはせぬものが多いのだ!」

 別の州の代表者が声を上げた。その声には、焦りと劣等感が感じられる。

「解せないですと? それは学ばぬからです。我が州では必ず十二年の間教えを受け、さらなる高みを目指して学ぶ大学も数多くありまする。技術とは、ただ与えられるのではなく、学びによって身につけねばなりません。加えて、我が州の技術は、一朝一夕にできたのではございませぬぞ。長年の地道な研究と、人材育成の賜物たまものなのです」

 利行の言葉は厳しかった。しかし、それは紛れもない真実である。肥前州は、教育と研究開発に莫大ばくだいな投資を行ってきた。

「我が州も学校は設けており申す! されど肥前州のごとき高度な技術を教えられる者がいないのです!」

「さにあらず! 真にこれまで、すべてにおいて我らと同じように、やってこられたのですか?」

 利行は譲らなかった。

 教える教師がいない?

 納得いくまで肥前国で学んだのか? 技術を学んだのだろうか?

 技術格差は、教育格差と人材育成の遅れに起因している。そこを改善しなければ、いくら技術を供与しても宝の持ち腐れになるだけだ。

 人・モノ・金を、本当に正しく注入してきたのか?

 旧態依然としたところに、余計な金や時間をかけていなかったか?

 そもそも国内(州内)の統治制度に違いがあるのではないか?


 各州の代表からの不満は今に始まったことではないが、会議は紛糾し、とても1日で終わりそうになかった。


 次回予告 第877話 (仮)『新生 大日本国と信長』

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