第569話 難航する交渉と上杉小佐々代理戦争の余波

 天正元年(1572) 四月十五日 富山城 

 「……他国にいくさに出ず、守るに要るだけの最も少なき軍旅を養えればよい、と分きたる(理解している)が、よろしいか」

 利三郎のこの言葉が頭から離れない須田満親は、難航した初日を振り返って二日目を迎える。

 能登と越中からの完全撤兵は理解ができた。上杉側が和議を申し出ているのだ、それは当然の事であろう。

「では、兵を退く儀については異論ございませんな?」

 との利三郎の発言に対して、満親が答える。

「無論の事。こちらから和議を願いでたのです。退かねば意味がありませぬ。方々もお退きいただけるのでしょう?」

「はて? なにゆえこちらが兵を退かねばならぬのですか?」

「われらが兵を退くのです。方々(小佐々側)も|長軍《ながいくさ》は好まれぬでしょう? 終わったのならば、休ませねばなりませぬぞ」

「これは異な事を承る。休む休まぬはこちらのこと。方々(上杉側)のご心配には及びませぬ。われらはこれより越中の鎮撫・・・・・をせねばならぬゆえ、このまましばし残りまする」

 利三郎は理路整然と、落ち着き払っている。

 謙信とは以前『越中は、能登畠山の越中守護の権威で静謐となす』という外交交渉で話していたが、立場が逆転しているのだ。

「なに! 越中の鎮撫とな?」

 身を乗り出そうとした満親を、謙信が制した。

 満親の驚きは当然である。

 すなわち和睦の条件にもあるように、越中の所領は没収、または完全に小佐々の影響下になるという事を意味していたのだ。

「利三郎、いや、利三郎殿。難し題目(難しい条件)は後にして、易し題目から論じようではないか」

「承知しました」

 謙信の言葉に、一呼吸置いて利三郎が答えた。

 残る四つの項目のうち、最も簡単なのは帆別銭の免除である。これは税収は減るが、さほどの影響はない。

 謙信は港湾整備の際には、人を集めるために税金をゼロにしていた。

 青苧あおそにだけ税をかけていたのだ。そのため小佐々の帆別銭は、もともとゼロという事を考えればそれほど痛くはない。

「帆別銭の件は、それで良しとしよう」

 謙信はそれで優位にたったつもりなのだろうが、利三郎は切り返した。

「左様ですね。もともとなかったものは、さして痛手にもなりませんしね。まあ、これより先、永年かからぬとなれば、こちらにも益はありましょう」

「……」

「では次ですが、次は何がよろしいかな?」

「……次は、佐渡にござろうか。佐渡はわが上杉の被官にあらずして、上杉の威を頼みとする国人でもござらぬ。彼の者らとよしみを通わすことを禁ずとは、われら上杉の治に口入れせんいたす(内政・外交干渉)のですか?」

 気を取り直した満親が続ける。

「然にあらず。これは方々の事を考えての事にござる」

「……解せませぬな。なにゆえに佐渡に関わらぬ事が、われらの為になるのですか?」

「……佐渡は、成敗いたす」

「な!」

 利三郎の言葉には、満親はもとより謙信の顔にも曇りが見えた。

「なにゆえ、なにゆえ成敗をなされるのですか?」

「第四艦隊。いや、お見事にござった。御屋形様も自らの不備を悔やんでおられたが、艦隊全ての帆を焼いて動けぬようにする策は、さすがにござる」

「そは光栄ではあるが、佐渡と如何様いかような関わりがあるのですか?」

 やはり佐渡との関連性を見いだせない。

「佐渡は、敵にござる。過日、わが第四艦隊は水や薪、食糧を補うため佐渡の湊に寄ろうとした。然れど、断られたのだ。矢玉の類いではないのだぞ。兵船とはいえただの寄港、それも危うい時に限ったものなのだ」

「それは……」

 ここで、根回しをしていたなどどは、言えない。言えば、巻き添えをくって事態がややこしくなると満親は判断した。

「これは敵と同じであるゆえ、成敗すると決まったのだ。折角の和議の際、佐渡に与するなど愚かな事はなされぬほうが良いのではありませぬか?」

 佐渡では鶴子銀山は採掘されていたが、相川金山は発見されていない。純正はこの機に討伐し、かなりの飛び地ではあるが、領土としようと考えたのだ。

 北日本、東日本を制覇! と家臣団は色めきだったが、当の純正は単純に日本海航路と沿海州交易を見据えただけだった。

 能登畠山との親交も、それを見据えていたのかもしれない。

「これは、御屋形様の御意趣であるゆえ、取り消すこと罷りならぬと仰せでございました。そのため、もし佐渡と以後も誼を通わすならば、ふたたびいくさになり申そう」

 満親は、謙信の顔をチラリと見る。謙信は黙って軽くうなずいた。

「あい、わかった」

 さぞ無念であろう。謙信は表情は変えなかったが、傍らの満親は、その気持ちを察したのか、ぐっとこらえて何も言わない。

「では次に、口入れの件と、越中所領、そして割譲の件となりまするが……」

 利三郎はまるで、結果がわかっているかのように、淡々と喋った。

 

 ■下越 蒲原郡 新発田城西 亀塚浜村

「おお、おお、おおお……。海、海であるな……」

 陸奥会津郡、黒川城主の蘆名盛氏は三千の兵を率いて竹俣城を陥落させていた。

 その後、新発田城を落として周辺の土豪の調略にあたりつつ、ついに日本海側に到達したのだ。

「殿、喜びもひとしおにございますが、以後の事を考えなければなりませぬ」

「うむ、そうであったな。調略はいかがか?」

「は、下越の揚北衆はもともと一力いちりきで立つ(独立した)気風の者どもが多い故、上杉が傾いたと知るや、よほどの忠義者でなくば、たやすいかと」

「うむ、謙信が知らせを受けて来るにも十日、いや早くとも七日はかかろう。そのうちに足溜りをつくり、揺るがぬように備えるのだ」

「ははっ」

 

 ■下越 岩船郡 沿岸部 塩谷村

「まわりの国衆はいかがか?」

「は、上杉の後詰めなく、みな弓を伏せ、本領安堵を条件に降っております。やはり上関城ならびに本庄城をおとしたのが大きいかと」

「ふむ。……それから、荒川を堀とするのだぞ。南は無理せずともよい。折角陸奥とは違う海を手に入れたのだ。岩船郡の高はいかほどのものか」

「はは」

 出羽置賜郡、米沢城主の伊達輝宗もまた、周辺の国人を吸収しつつ足場固めをしていた。

 

 ■能登 所口湊 第四艦隊 霧島丸

「なに? 砲撃を止めよと? ふむ、あやつの言っておった事は誠であったか」

 一時は敦賀を物資の集積地としていた小佐々軍であったが、治安が回復したことで、再び能登の所口湊を集積地として戻したのだ。

 七尾城に反乱軍が籠もっているとはいっても、上杉水軍はほぼ壊滅していたため、孤立無援となっていた。

 もはや脅威なし、と判断されたのだ。

「まあ、なんとも。命令だからな、そのようにいたそう」

 佐々清左衛門加雲少将は、なんとも消化不良な気分であった。

 しかし雌雄をつけるべき上杉水軍は壊滅し、沿岸部の城を砲撃するのは、報復とは言えいくぶん心苦しかった。

 十分な示威行動であり、上杉の戦意をくじく一因となったのは確かである。

 

 発 権中納言 宛 第四艦隊司令長官

 秘メ 越中 並ビニ 越後ノ 陸軍兵ヲ 用ヒ 佐渡 討伐ヲ命ズ 時期二ツヒテハ 勅命ヲ以テ 大義ヲ 明ラカ二 致スユへ シバシ 待機シ 詳細ヲ 検討セヨ 秘メ

 

「なんとまあ、本当に人使いが荒い。ふふふ……」

 

 次回 第570話 決着! 上杉戦和睦交渉。大きく動く勢力図
 

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