天正十一年六月二十一日(1582/7/10) 新政府暫定庁舎
信長を襲った犯人は全部で47人。
純正の予想通り、犯人グループは朝倉・六角・松永・本願寺の残党であったが、首謀者はまだ見つかっていなかった。しいて首謀者としてあげるなら、六角義治だ。
しいて、というのは他は全員名も知らぬ残党ばかりで、消去法で残っただけだからだ。
期待を裏切らない結果に、純正は溜息しかでなかったが、しかしわずか47人で犯行を企てるとは、呆れて物が言えない。作戦としては信長の行動経路を周到に探って、用意周到な犯行ではあったが、失敗しては元も子もないのだ。
「義治よ。随分と遅い決起ではないか。それにしてもお粗末だ。もはやどうにもならぬというのに、まだ諦めきれぬのか?」
「……」
義治は口をつぐんで何も話そうとはしないが、純正には義治の上に黒幕がまだいると踏んでいた。流浪の没落した六角家の元当主に、金があるはずがないからだ。
必ず誰かが糸を引いている。
純正は考えを巡らせた。犯人の背後にいる大きな力とは一体何なのか。純正の直感は、まだ明らかになっていない重要な人物がいることを示していた。
「義治、お前の後ろには誰がいるのだ? お前一人でかような行い、出来るはずがないからな。誰だ? 言えば命は助かるかもしれんぞ」
義治は目をそらし、固く唇を閉じたままだった。しかし、その態度がかえって純正の疑念を強めた。
「まあいい。中将殿とも話すが、お前はまだ殺さぬ」
「と、いう訳にございますが、如何いたしますか中将殿」
「……」
信長はふう、と溜息をついて純正に返事をする。表情には疲労の色が浮かんでいたが、目には鋭い光が宿っていた。
「如何も何も、すでに考えておるのだろう?」
「は。ヤツを殺したところで何も変わりませぬ。然りとて逃して泳がしたとしても、黒幕はすでに逃げた後でしょう。探すのは難しかと存じます」
信長は重々しく頷いた。
「ならば如何いたすのだ?」
「脱獄させます」
「なに?」
信長の眉が一瞬ひそめられたが、言葉の意図を測りかねているようだった。
「逃す理由もありませんが、泳がそうとして仮にこちらから逃せば、怪しんで容易に尻尾は掴ませぬでしょう。また黒幕も居場所を変えて足がつかないようにしておると存じます。それゆえ、わざと偽りの仲間を用意して、脱獄させるのです。然すれば奴らのアジト、もしくは黒幕との密会場所に行くのは必定」
信長はしばらくの間、黙って純正の提案を考える。
「お主は誰が黒幕と考えておるのだ?」
「今はどうかわかりませぬが、黒幕だった者は、おそらく氏政、そして公方様でしょう」
「!」
純正はその反応を見逃さず、さらに言葉を続けた。
「いずれにせよ、これからは力による現状変更を許してはなりませぬ」
純正の義治脱走計画と黒幕捜索が始まった。
■とある会議
小佐々純正が会議の場で発言する。
「方々、此度はいかにして商いを促し、富を得、民も政府も潤うこと能うか。この儀で言問たいが如何でござろうか」
先日上洛してきた北条氏政も含めた大名たちが集まっている。武田勝頼が純正の抽象的な議題について尋ねた。
「内府殿、つぶさには如何なる事をお考えか?」
純正は微笑みを浮かべ、ゆっくりと答える。
「まずは、そうですな……請け合い(保険)についてでござる」
「請け合い?」
勝頼は首をかしげたが、純正は頷きながら説明を続ける。
「そう、請け合いとは、船が座礁したり、海賊に襲われたりして船や荷が失われた際、その失を補う仕組みでござる。これにより日ノ本は無論の事、南蛮の商人たちも安心して商いができ、挙げ句(結果)、商いが盛んになるのです」
徳川家康が興味深げに聞き入る。
「確かに、それがあれば商人たちは安心して商いを続けられるでしょう。されどその補う金は如何にして賄うおつもりですか?」
「無論請け負い料を徴するのです。その集まった金は新政府の勝手向きを潤すものであり、仮に人の国(外国)と戦になった際には支払いを止める事で南蛮商人たちを抑え止める力ともなるのです」
北条氏政が大きく頷きながら間に入ってきた。
「うべな(なるほど)、それがあれば商人たちが商うにあたって、請負を重しと考えるようになるでしょう」
全員が納得したのを見計らって、純正は続ける。
「請負制を用いるにあたっては、構えて(慎重に)行います。案件ごとに如何ほど危ういかを確かめ、それによって請負料を増やすなどして、支払いによる政府の失がないようにいたします」
「うべなるかな(なるほど)」
「異議なし」
「承知仕った」
「加えて言問いたしたき儀は、新政府が主導する交易店(会社)を設ける事にございます」
純正は政府主導の保険会社と貿易会社を作るつもりなのだ。勝頼が前に出て、純正の説明を求める。
「内府殿、その詳らかなる旨(内容)をお聞かせ願いたい」
純正は頷き、説明を続ける。
「まず、この交易店は海ごとに分け、例えば伊豆、駿河、遠江、三河、尾張、伊勢の海を東海交易店とします。同様に、摂津、和泉、紀伊の海を和泉交易店といった具合に、それぞれに店主や番頭を設けて競わせるのです」
家康が腕を組み、深く考え込んだ表情で質問する。
「その交易店を出す金は如何いたすのですか?」
純正は自信を持って答える。
「半数と一分は政府が出し、残りは商人から集めるのです。これにより歳入が増え、勝手向きを安んずる事能います」
長政は手元の書類を見ながら納得した様子で頷くが、義慶は深く息を吸い込み、慎重な表情で懸念を示す。
「然れど、海ごとに分けることで、争いが過ぎ、諍いの元となりませぬか?」
「競争はあくまで健やかなるかたちで、刃傷沙汰にならぬように行われるべきです。そうならぬ様規律をもって統べ、営めばよろしいかと存ずる。また、各店の業績を定めし刻をもって監査し、公に(公平に)評す事で、過ぎたる競争を防ぎます」
「異議なし」
「承知した」
ソロバン大名純正の発議により、満場一致で政府失請負制度と、政府が主導する交易会社が発足する事となった。
次回 第699話 (仮)『貿易会社と競馬』
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