慶長五年四月十日(西暦1600年5月22日)
「おお、越後屋に組屋ではないか。他にも……。何人かは見知らぬが、代替わりでもしたか? 懐かしいのう。如何した?」
嘆願書を携えた十名の商人である。
昔馴染みへ語りかける穏やかな口調とは裏腹に、その声は空気を震わせるほどの威圧を帯びていた。
商人たちは背筋を凍らせ、代表格である越後屋が震える声を抑えながら顔を上げる。額には玉の汗が浮かんでいた。
「は、ははっ……。殿下にはご健勝の事、お慶び申し上げます。本日は我ら一同、殿下に伏してお願いがあり、罷り越しました次第にございます」
越後屋は言葉を選びながら、必死に窮状を訴え始めた。
経済制裁により物流が完全に途絶えている点。
織田領の民が塗炭の苦しみを味わっている点。
最後に、その影響が自分たち商人の身をも滅ぼしかけている事実を、切々と語ったのである。
「そう固くなるな。オレとお主らの長き付き合いではないか。……うべな(なるほど)。それで、オレに荷留と津留を緩めよと、そう申すか」
30年近く前に純久が築いた畿内以東の商人情報ネットワーク。
その頃からの付き合いである。
純正は、商人たちの話を聞き終えると、扇子でとんとんと膝を叩いた。表情は依然として穏やかさを崩さないが、目の奥に冷たい光を宿している。
「殿下のお慈悲を……。このままでは、織田の民ばかりか、我らも……」
組屋が口を挟むが、純正は目で制した。
「お主らが苦しんでいるのは、オレのせいではない。オレに頭を垂れぬ織田信秀のせいよ」
純正の言葉は、静かだが有無を言わせぬ響きを持っている。
「良いか? オレは二十年も彼奴らに騙されておったのだ。見抜けなんだオレもオレだが、而して(そういう経緯で)肥前のやり方をせよと言えば、出来ぬと申す。故に肥前国と成すと言ったのじゃ。武田や畠山はそれを可とした。否んだ織田はもはや敵……ではあらぬが、それに等しい。ならば引き上げは理の当然であろう」
その正論に商人たちは返す言葉もなかった。
説得すべき相手は、本来なら信秀の方なのである。だが、暴走する若き当主が一介の商人の言葉に耳を貸すはずもなかった。
「それに、商売は畿内でなくとも肥前国で出来よう? 宗湛や道喜に口利き致そう」
「そ、それは……」
商人たちは返す言葉もないが、純正はさらに続ける。
「然りとて、民が困窮するのを黙ってみておくのも忍びない。要る量を申せ。都合いたそう。然れど、儲けようとは致すなよ。案ずるな、斯様な仕儀はすぐに収まる」
純正は、ははははは! と高らかに笑って続ける。
「ああそれから、塩や味噌など何でも良い。売る時は小佐々の殿、オレの命で行っておる事を喧伝するのを忘れるなよ」
「ははぁっ」
■慶長五年四月十八日(西暦1600年5月30日) 逢坂関
不破関と鈴鹿関の二手に分かれて進軍した信秀軍であったが、2つの関では全くといって良いほど抵抗がなかった。
相応の兵力を配備していなかった点もあるが、いずれにしても備蓄していた食料の強奪によって、少なくとも一時的には食における士気の低下は免れたのである。
これまで食事といえば、薄味か味付けのないものばかりであった。
それでもごく少量の塩をなめて、ミネラル不足を補っていたのである。
「良いか、皆の者! これまでは敵との争いはなかったが、逢坂関では間違いなく大いなる抗いがあるであろう。気を引き締めてかかるのだ!」
信秀の声が兵士たちの耳に響いた。
堂々たる声には確かに武者震いにも似た高揚がある。しかし、それを塗りつぶすほどの焦りがその奥に色濃くにじんでいた。
だが、兵士たちはその焦りには気づかない。
目に映るのは、自分たちの腹を満たし家族を飢えから救う希望の光だけだ。
関所に備えられた皇紀2254式(1594年・五十四年式一貫銃・ドライゼ銃)銃の銃声が響き渡る。
乾いた発砲音がけたたましく鳴り響くが、織田軍の軍勢は止まらない。飢えと絶望が彼らを突き動かしていたのだ。
「突撃じゃあ! ひるむな! あそこには塩がある! 味噌があるぞ!」
勝政の怒号が、兵士たちの背中を押す。死への恐怖よりも、生きるための渇望が勝っていた。竹束を構え、銃弾が飛び交う中を突き進む。
織田軍の兵士たちは、もはや飢えた獣そのものだった。
肥前国の守備兵に襲いかかり、その正確な射撃や規律正しい動きを、数の暴力と狂気じみた突進で無効化していく。
そして、ついに関所の陣地が突破された。
「勝ったぞ! 勝ったのだ!」
興奮した織田兵の歓声が、逢坂の山々に響き渡る。兵士たちは関所に備蓄されていた食料に殺到し、飢えを満たそうと我先にと群がった。
信秀は突破の知らせを受けて表情が穏やかになる。
初戦の勝利はこの無謀な計画に現実味を与えたが、同時に一抹の不安もよぎっていた。
だが、今は勝利に酔いしれる時だ。
「京は目と鼻の先ぞ! 進め! 帝をお救いし、奸臣を討つ時だ!」
信秀が勝政と共に馬を駆って突破された関所を越えると、その先には宇治郡の村々が広がっていた。一里半(約6.5km)先の日岡峠を越えれば洛中である。
しかし、織田軍は死者はおろか、不思議にも軽症の者が数名いるだけであった。
■大阪
そのころ大阪の町の人々は、白装束をまとい、髪を水引で束ねた浅井長政の出現に衝撃を受けていた。
琵琶湖を渡って逢坂関の戦火を避けて京に入った後、そのまま大阪へ向かったのだ。
死を覚悟した異様な姿は行き交う民衆の視線を集め、長政が肥前国政庁の前に立った時、その場の空気は一変する。
「何奴だ、そのなりは!」
門を守る役人が咎めるが、長政は一切動じない。
その目はどんな感情も映さず、ただ静かに前を見据えていた。周囲の時が止まり、静寂が満ちていたのである。
「浅井備前守である。関白殿下に、取次を願いたい」
落ち着き払った声には拒絶を許さぬ響きがあった。
役人たちは顔を見合わせる。
浅井長政の名は織田の同盟大名として彼らも知っていたが、その男がたった一人、死に装束で現れたのだ。
異常なのは誰の目にも明らかである。彼らは長政のただならぬ気迫にのまれ、すぐには言葉を返せない。
「し、しばし待たれよ」
■岐阜城
信長の居室では、オットーと弦斎が眠り続ける主君を昼夜を問わず見守っていた。
目を覚まし、起き上がって自力で歩くには程遠いが、それでも2人が見る限り、病状は良くなっていたのである。
「弦斎殿、やはり食事に問題があったのでしょうね。糖尿病の症状はあるが、状態は良くなっている」
「然れどオットー殿、食事の中身は些細な違いはあれど、そうまで違わぬ。一体何が違ったのだろうか」
弦斎は素朴な疑問を投げかけた。
「わかりません。栄養素が同じなら、差異はないはずです。可能性とすれば……」
「まさか! ?」
「そのまさかです。疑うわけではありませんが、消去法でいけばそうなります。しかしだからといって、議論をしても仕方ありません」
「うむ」
弦斎は釈然としない様子であったが、確かに議論しても何の意味もない。
「弦斎殿、状態が回復した今こそ、インスリンの継続的な投与をお勧めします」
オットーは静かに、しかし断固たる口調で言った。
「……承知した。全ての判を任せる」
インスリンの投与は即座の回復を意味するものではない。
地道で、先の見えない治療の始まりに過ぎなかった。
信長の完全な意識回復はいまだ出口が見えないが、可能性は確かにある。
2人はインスリンの投与を続けつつ、信長の回復を願って懸命の治療を続けるのであった。
次回予告 第891話 (仮)『邂逅とすれ違い』

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