第52話 『狗奴国との緊張状態、戦争は避けられるのか?』

 正元四年一月二十一日(257/2/21?) 方保田東原かとうだひがしばる宮処みやこ

 修一たちとSPROのメンバーは、結局前回と同じ方法で弥馬壱国へ向かうことになった。

 車を使って行けば一日で行けると喜んだ一行だったが、すぐにぬか喜びに終わる。

 なぜか?

 道路がないのだ。

 宮処の中や周辺の幹線道路なら、まだ可能性はあったかもしれない。現に石室の入り口は狭かったが、拡張して車両も外に出せたのだ。

 しかし、調べてみたら少し進めば獣道に毛が生えた程度で、現代人の感覚からすると、とても道路とは言えない。

 路地である。

 小道である。

 成人男女が手を広げて通れるほどの広さしかない。バイクは通行できても車は無理だ。軽自動車でも同じである。

 詳細な検証の後、平野部の道幅が広い場所では1日に約1km、山間部の道幅が狭い急峻きゅうしゅんな地形では1日に約20mの道路しか作れない結果が出た。

 特殊車両や重機も一緒に来ていたが、手間暇かけて道路を作るより、そのまま歩いて行った方がどう考えても早い。




「せんせー」

「ん? 何だ、どうした?」

 比古那がいきなり修一に尋ねた。

「こんな状況で言うのもなんだけどさ、杉さんたちってすごいよね。ガントラックだっけ? あんなの日本にあるなんてさ。だって機関銃だよ?」

 比古那は目を輝かせるわけでもなく、単純な質問を投げかけてきた。

「まあ、そうだな。警察だって(多分)機関銃は持っていないからね。自衛隊の装備だ。SPRO自体が極秘組織って改めて分かった。正直なところ、手りゅう弾やバズーカがあってもおかしくないんじゃないか」

 もし、この状況が左翼(?)の人たちにバレたら、国民の血税を使ってあーだこーだと議論になるかもしれないが、修一たちにとってはどうでも良かった。

 自分たちの身を守ってくれる、大切な仲間たちなのだ。

「ねえ先生」

 槍太そうた輿こしに横たわりながら声をあげた。

「弥馬壱国に着いたら、まず何をすればいいと思う?」

 修一は槍太の質問にしばらく考え込んだ。

 確かに前回は壱与と一緒に、学生たちと弥生の時代を平和に過ごしていたが、今回は状況が違う。|狗奴《くな》国との戦いが目前に迫っているのだ。

「まずは、ミユマ将軍に会って状況を確認しないとな。前回の狗奴国の侵攻の規模や戦術。それを知らないと対策のしようがない」

 修一の言葉に、イサクがうなずく。

「そうだ。将軍は日向ひむかの国境で小さな戦いを続けているとの知らせだが、本格的な戦いはこれからだ」

「秋の収穫が終われば狙ってくるだろうな……いや、早ければ春先か」

 尊が地図を広げながら言った。

「食料が豊富な秋に戦を仕掛けてくるのは、古今東西の常とう手段。それは春も同じだ。でも、せめて秋であってほしい」

 輿を担ぐ兵士たちの足音が山道にひびき、前を行く壱与の輿が、木々の間から時折姿を見せる。修一は彼女の輿を見つめながら、これから始まる戦いに思いをはせていた。

 SPROの特殊部隊は、三手に分かれて移動している。一隊は輿の護衛、もう一隊は前衛として道を開き、最後の一隊は後衛として荷物と機材を運んでいるのだ。

「先生、あれを見てください」

 尊が指さす先には、遠くの木々の間から見える有明海が広がっていた。




 ■方保田東原の宮処

「おおお! 壱与様! ご無事で何よりでございます!」

 将軍彌勇馬みゆま難升米なしめ、その他にも多数の宮廷の臣下たちが出迎えてくれたのだ。

「ミユマ殿! ナシメじい!」

 輿からふわりと降り立った壱与の胸の奥では喜びが弾け、安堵あんどがそっと息に混じった。

 ナシメは日弥呼(卑弥呼)にも仕えた老臣で、魏にも派遣されている。

 二人の臣下へと歩み寄る壱与のその姿には、飾らぬ気品があった。弥馬壱国の女王としての威厳が、言葉よりも先にそこに立っている。

 修一は少し離れた場所からその様子を見守っていた。

 ミユマは安堵していたが、そのまなざしには何か暗い影が宿っているようにも見える。おそらく、狗奴国との戦況が関係しているのだ。

「壱与様、まずは無事のご帰還、およろこび申し上げます。しかし、大変申し上げにくいのですが……」

 ミユマは言葉を詰まらせた。

「日向の国境での戦いは、わが軍に分があるとは言えぬ状況でございます」

 壱与の表情が引き締まる。

 修一は思わず彼女の横顔に目を止めた。さっきまで再会の喜びにあふれていた顔から笑顔が消える。

「詳しい状況を説明してください」

 狗奴国との戦況は予断をゆるさず、昨年の侵攻も弥馬壱国とほぼ同数の兵力であった。

 現状は国境で小競り合いが続いており、次回の侵攻にはさらなる大兵力が考えられる。

「各地域からの報告によると、狗奴国の兵力は昨年よりも膨れ上がっているようです」

 ミユマは額に浮かぶ汗を拭いながら続けた。

「さらに、彼らは大陸からの新しい武器を手に入れたようです。鉄の剣と、我らの弓よりも遠くまで届くという武器です」

 修一は思わず顔をしかめた。

 弩とは、クロスボウと同類の強力な射撃武器である。古代中国で発達した武器で、通常の弓矢よりも威力が高く、射程も長い。

「大陸とは……呉の国ですね?」

「は……それだけではございません」

 ナシメが一歩前に出て、冷静に告げた。

「狗奴国の日出流王は、大陸の騎馬の技術も手に入れたとのうわさです。馬に乗って戦う兵士たちを、国境付近の斥候が目撃しています」

 壱与の表情が一層厳しさを増した。騎馬戦術は日本にはまだ存在しない。それを手に入れた狗奴国は、圧倒的な機動力を得たのだ。

「ミユマ殿、わが国の兵力は?」

「現在、動員可能な兵は一万二千。これに加えて同盟国からの援軍を期待できるのは、せいぜい三千程度でございます」

 これは予想以上に深刻な状況だ。

 兵力が仮に同等だとしても、狗奴国は新しい武器と戦術を手に入れている。優位に立たれたのは否めない。

 何もしなければ、弥馬壱国は壊滅的な打撃を受ける。




「騎馬なら騎馬に対する策を講じればいいだけじゃないか? 弩はクロスボウ、つまり弓でしょう? それなら、こっちも連弩を作ればいい」

 一同が目を向けたのは、SPROの実行部隊リーダーの杉である。

「杉さん、できるんですか?」

「杉殿、可能ならば教えてほしいぞよ」

 修一と壱与が続けて杉に聞いた。

 軍事の専門家はどう解決策を見い出すのか。




 杉はしばらく黙って考え込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「……やれる。だが、条件があります。現地の素材と技術で作るしかない。現代の工場みたいにはいかないが、弥馬壱国の工匠たちと協力すれば、十分に作れるはずです」 

「どの程度の数を用意できるのですか?」

 ミユマが身を乗り出した。

「まずは試作からです。弩の機構は複雑だが、青銅や鉄の加工技術があるのでしょう? 鹿やイノシシのけんを弦に使えば、強度も出せる。木材はかしやクスノキで十分だ。最初の一ちょうが完成すれば、あとは同じ型で量産できると思います」

 壱与が静かにうなずく。

「必要なものはすべてそろえましょう。工匠たちも動員します」

「ありがとうございます。あと、矢じりは鉄で作ってほしいですね。狗奴国の新しい馬よろいや武具に対抗するには、鉄の貫通力が必要です」

 狗奴国(鹿児島県・宮崎県)では鉄の鉱山は見つかっていない。

 鉄の武器を輸入しているか、鉄を輸入して製造しているのだ。

 難升米がすぐに動き出した。

「工房を整えます。材料と職人の手配もすぐに」

「それと……」

 杉が続ける。

「騎馬対策も考えないといけない。騎兵は平地でこそ強いが、地形を生かせば防げる。川や谷には逆茂木を仕掛け馬の進軍を妨げる。それに弩の射程を生かして遠距離から狙撃すれば、騎兵の突撃も怖くはない」

「菊池川の浅瀬と、不呼ふこ国(熊本県人吉市周辺)と対蘇つそ国(宮崎県西臼杵郡周辺)の峠道に逆茂木を設置しましょう。偵察隊も増やします」

 ミユマが地図を広げた。

 修一はそのやりとりを聞きながら、未来人として何ができるかを考えていた。現代の知識をどこまで応用できるのか、どこまで現地の人々と協力できるのか――秋まで七ヶ月しかない。

「それじゃあ秋までに、連弩をできるだけ多く。工房の改善や、材料の調達方法も見直そう。オレたちも手伝うよ」

「あの……鉄は阿蘇のリモナイトですよね。青銅は? 銅とスズは鉱山があるんでしょうか?」

 修一の言葉に、今度はSPROの地質学者が聞いてきた。

 それを聞いた難升米が答える。

「青銅の鋳造はやっていますが、原料となる銅とスズは弥馬壱国では採れません。そのため、中土(中国大陸)や三韓(馬韓・辰韓・弁韓)より輸入しております」

「なるほど……では、銅は福岡県の香春岳かわらだけ企救きく郡(烏奴うな国・支惟きい国・巴利はり国)にあります。スズは大分県の南海部郡(呼邑こゆ国)にありますから、そこで採掘すれば輸入しなくて済みますよ」

 すごい!

 修一は素直にそう思った。

 自分だけ、増えても大学生の六人だけだと思っていたが、SPROチームは現代の科学技術の粋を集めたメンバーがそろっている。

 これならば……。

 修一は期待を込めて銅とスズの産地を説明し、そのたびに難升米や他の大臣が目を白黒させていた。

 狗奴国がいつ攻めてくるか分からない。

 修一たちは持てるすべてを使って防衛に臨むのであった。




 次回予告 第53話 (仮)『鉱山と武器と防衛戦術』

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