第7話 『招かざる客』

 王国暦1047年9月15日(日)18:00 = 2025年9月6日(土)19時34分36秒<田中健太>

 ガルドとの夜の話は、オレの心に重くのしかかっていた。

 魔法省の監視。

 今のところ実害はないけど、オレの改良を良く思ってはいないはずだ。さすがに実力行使にはでないとは思うが、用心に越したことはないな。

 護衛の人たちは頼りがいがありそうだから、襲われても問題はないと思うけど……。

「お父さん、まだ眠いの?」

 馬車の揺れの中で、アンがオレの顔をのぞき込む。心配そうな顔をさせてしまったようだ。

「いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていただけだ」

 オレはアンの頭をなでて微笑んだ。

 この子の未来を守るためにも、絶対に完成させなくちゃならん。

 やがて前方に宿場町セドナが見えてきた。

 山道に入る前の、最後のまとまった休息が取れる場所だ。

「ようやく町が見えてきたな。今日はあそこで1泊しよう」

 御者台のマルクスが、後ろのオレたちに声をかける。

 長い馬車旅で凝り固まった体を伸ばしながら、オレたちはセドナの町門をくぐった。

 セドナは山岳地帯の入り口に位置する。

 だから冒険者や商人たちで活気に満ちているんだけど、ダンジョンっつったって迷宮というよりも、巣に近いかな。まあ聞きかじりだけど触らぬ神に祟りなしだ。

 オレたちはガルドが手配してくれた宿屋に荷物を下ろして、久しぶりのベッドにダイブした。

「今夜はゆっくり休めるわね」

 レイナが部屋の窓を開けて、町の空気を吸い込んだ。

 アンは早速ベッドの上で飛び跳ねている。

 レイナはエリカよりも若いはずなのに、この世界の人間だからか話し方が古風だ。そこがまたいいところでもあるんだけどね。

 夕食は宿屋の1階の食堂で、全員一緒に取ることになった。

『鋼鉄の盾』のメンバーともすっかり打ち解けて、賑やかな食卓になる。

「これからの山道はゴブリンや野盗が出るからな。気を引き締めていこう」

 ガルドがエールを飲み干して言った。リーナとセラも真剣な表情でうなずいている。

 その時だった。

 食堂の入り口がにわかに騒がしくなって、1人の男がオレたちのテーブルにまっすぐ向かってきた。上質な服を着こなした、役人風の男だ。

「失礼。あなたがケント・ターナー殿ですかな?」

 穏やかな口調だけど、その目はこっちの腹の底まで見透かすようだ。ガルドがすぐに立ち上がって、男との間に割って入る。

「あんた、何者だ。名乗ったらどうだ」

「これは失礼。私は魔法省で文化振興を担当している者です。ターナー殿の素晴らしい技術の噂を耳にしましてね。ぜひ一度お話を伺いたいと」

 魔法省……。

 その単語が出た瞬間にテーブルの空気が凍りついた。マルクスたちが息をのむのが分かる。やっぱり、敵はすぐそこにいたのだ。

「あいにくですが、今は旅の途中です。それにオレは記憶を失っていて、お話しできるようなことは何もありませんよ」

「存じております。記憶喪失の天才職人。実に興味深い話ですな。しかし、あなたのその技術、本当に世のため人のためになるとお考えかな? 行き過ぎた技術は、時として世界の秩序を乱す毒にもなる」

 この野郎、オレを論破するつもりか?

 男はオレの言葉を遮って明確な圧力をかけてきた。これは警告だ、これ以上進むなっていう魔法省からの無言の脅迫だろう。

「お引き取り願おうか。依頼主は疲れている」

 ガルドが低い声で言い放つ。男は肩をすくめると、にこやかに一礼した。

「失礼いたしました。旅の安全をお祈りしておりますよ」

 そう言い残して男は去っていったけど、食堂の空気は重く沈んだままだ。

 あーもう、楽しいはずの夕食が台無しじゃないか。

 一転して緊張感に包まれる。

「あいつら、どこまでも嗅ぎつけてくるな」

 マルクスが忌々しげにつぶやく。

「あなた、大丈夫?」

 レイナが心配そうにオレの腕に手を置いた。

「ああ、大丈夫だ。でも、これで確信した。オレたちは、本当に厄介な連中に目をつけられている」

 オレはまだしも、いやまだしもでもないけど、レイナやアンにもしものことがあったら許さんぞ。

 この一件で旅の目的はさらに明確になった。これは単なる技術革新じゃない。

 そんなつもりはまったくないけど、結果的に古い権力構造にケンカを売っている状態。

 まあでも、技術革新って多から少なかれそうなんだよな……。

 頭では分かっているけど、地球の常識は通用しない。




 翌朝、オレたちは重い空気の中でセドナの町を出発した。目の前には険しい山道が口を開けて待っている。

 馬車はゆっくりと坂道を登っていく。

 道はだんだん狭くなって、両側から岩壁が迫ってきた。いつ魔物や野盗が現れてもおかしくない。

 何かそういう感じってあるよね。

 そう、地球的感覚で言えば不気味っていうかさ。

「来たぞ!」

 馬で先行していたガルドの鋭い声が響いた。




 ダダダダーン、ギューン! (擬音は適当)

 ゴブリンが表れた! ×20

 場面がガラッと変わって臨場感のある音楽が流れる……。




 わけじゃない。

 道の先の岩陰から緑色の肌をしたゴブリンが次々と現れた。

 手には粗末な棍棒や錆びた剣を握り、奇声を上げながらこちらへ向かってくる。

「リーナ、セラは馬車を守れ! 旦那たちは絶対に外に出るな!」

 ガルドが剣を抜き、馬を駆ってゴブリンの群れに突っ込んでいった。元騎士団長の剣技は凄まじく、面白いようにゴブリンを斬り伏せている。

「ファイア・アロー!」

 後方の馬車からリーナの詠唱と共に炎の矢が放たれて、ゴブリンを焼き払った。セラは負傷したガルドにすぐさま回復魔法をかけて支援している。

『鋼鉄の盾』の実力は確かだ。

 でもゴブリンの数が多すぎる!

 20匹かと思ったけど、何でこんなにわいてくるんだよ!

 何匹かが防御をかいくぐってオレたちが乗る馬車に迫ってきた。

「ちっ、こいつら、岩の上のやつらが厄介だな!」

 マルクスが舌打ちした。

 狭まった道の両側の崖の上、岩陰から弓を射かけてくるゴブリンが数匹いる。

 近距離と中距離で、ガルドたちも思うように動けない。

 カチッ。

 カチッカチッ……。

 ん、何だ?

「ルナ、何だそれ?」

「ふっふーん、なんちゃってダイナマイトだよ! でも……火がつかない! マッチ作るまで間に合わなかった!」

 ルナが荷物から取り出したのは、太い紙筒に黒い火薬を詰めたものだった。

 原始的なダイナマイトといったところか。

 導火線に火をつけようと火打石を打ち鳴らしているけど、湿っているのか火花が散らない。

「じゃあ……これを使え!」

 カチッシュボッ!

 オレは細長い点火ライターを取り出してルナに渡した。

「ウソ?」

「お父さんこれなに! ?」

「これは賢者様の火の魔導具だよ!」
  
 アンは怖がっているというよりも、みんながいるせいなのか、何かのアトラクションみたいに楽しんでいるように見える。

「いいから早く点けろ!」

「わかった!」

 我に返ったルナは導火線に火を移すと、爆薬を岩の上に向かって力いっぱい投げつけた。放物線を描いて飛んだ紙筒は、狙い通り弓兵ゴブリンたちの足元に転がる。

 一瞬の静寂の後、轟音と共に爆発が起こった。岩陰にいたゴブリンたちが、衝撃波と破片によって吹き飛ばされる。

 突然の爆発に残りのゴブリンたちは完全に浮き足立った。その隙をガルドたちが見逃すはずがない。あっという間に残敵は掃討されて、辺りには静けさが戻った。

「旦那、今の爆発は一体……」

 剣を鞘に収めながら、ガルドが呆然とした表情でこちらを見る。

「これも、見つかったときに持っていた道具の1つだ。よく分からんが、火をつけるのに便利だろう? 爆発は、まあ錬金術だろうね」

 オレはそう言ってごまかした。

「すごいなルナ! やるじゃないか!」

 オレは思わずルナの頭をわしゃわしゃとなでた。

「こ、こら……なでるな……」

「あっ! ごめん、つい。すまない」

 ……変な空気になってしまった。

 別にルナは多少幼いってだけで、ロリっ娘じゃない。

 オレも自分の行動に? だ。




 戦闘を乗り越えて、オレたちは日が暮れる前に少し開けた場所を見つけて野営の準備を始めた。

 幸い平野部じゃ魔物の襲撃はなかったけど、イワオカまでは遠い……。




 その夜もオレは眠れずに起きていた。

 焚き火の炎が揺らめく中、さっきの戦闘を思い返す。

 不意にセドナの町の男の言葉が頭をよぎった。

 眠れないなんて地球じゃ1度も経験がなかったけど、人間環境が変われば変わるもんだな。

 パラ……パラパラ……。

 ――!

 不意に背後の崖の上から小石が落ちる音がした。

 動物かと思ったが、音は次第に大きくなる。

 ミシミシ……。

 何だ?

「伏せろ!」

 ガルドの叫び声が響いた。

 ドッゴォォン! ズガァァン! ゴォン! ドドォォン!

 ほぼ同時に馬車1台分はあろうかという巨大な岩が、ほんの数秒前までオレたちがいた場所を轟音と共にえぐり取っていった。

 土煙が舞い上がり、焦げ臭い匂いが鼻をつく。

 他の者たちも叩き起こされて騒然となった。

「な、何だ今の!」

「落石……なの?」

 マルクスやエリカが呆然とつぶやく。しかしガルドは険しい表情で崖の上を見上げた。

「いや、違う。これは偶然じゃない」

 ガルドは地面に落ちていた焼き切れた太い縄の切れ端を拾い上げた。

「誰かが岩を縄で固定して、タイミングを見計らって火を放ってオレたちを狙ったんだ。野盗やゴブリンのやり口じゃない。もっと用意周到で、悪質だ」

 犯人の姿はもちろん、痕跡すらほとんど残っていない。

 それでも明確な殺意と警告だけがあった。

 もし誰かが岩の下敷きになっていれば、『不運な事故』として処理されただろう。

 ……!

 冗談じゃない!

 考えただけでも恐ろしい。

 敵は間違いなくオレたちを排除しようとしている。

 ガルドとオレとマルクスは相談して、移動中はもちろんだが、警戒に協力することにした。

 休憩や野営も周囲に注意して、可能な限り危険を除外してからする。

 そう決めた。




 こんだけ危険な目にあっているんだ。

 絶対に完成させるぞ。

 長い夜は更けていった。




 次回予告 第8話『ドワーフの都』

 宿場町で魔法省の役人から警告を受けた健太一行は、山道で大量のゴブリンに襲われる。

 仲間の錬金術師が作った爆薬と健太のライターで窮地を脱するも、その夜、何者かによる巧妙な落石の罠に襲われ、敵の明確な殺意に直面する。

 偶然ではない危険を前に、一行は警戒を強め、団結して旅を続けることを決意した。

 次回、はたして一行は無事イワオカへたどり着けるのか? そしてそこで待つ不穏な影……。そして馬車内では今後の計画が明かされる!

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