1986年(昭和61年)5月3日(土)~5日(月)
「憲法記念日と子どもの日だけが休みで、翌日の6日は普通に学校じゃねえか」
それが悠真の感想だった。
転生してからGWは2回目だが、毎年思う。
「ゴールデンウィークってなんなんだよ……こんなの”ウィーク”じゃねえだろ! ただの”デイズ”じゃねえか」
51脳搭載の悠真にとって、ゴールデンウィークが大型連休として定着していない1980年代の休みの少なさは、不満タラタラなのだ。
しかし、不満タラタラだったとして、状況が変わるわけでもない。
学校全体、いや、教育ひいては日本全体が、今よりも体育会系の気風だった。
そう思って諦めるしかない。
……のか?
「平成になって祝日法が改正されて、5月4日も『みどりの日』になるんだよな……確か」
51脳の記憶がよみがえる。
2000年代以降は『ハッピーマンデー制度』で連休が増えていったのも思い出してきた。
しかし、今は残念ながら昭和61年。
日本人は休むことに罪悪感を持つ時代だ。
「連休っつっても実質3日間だからな……大型じゃねえよ」
ため息をつく悠真の肩を、突然誰かがたたいた。
礼子だ。
「悠真! ちょうどよかった」
礼子の声は明るい。
白いハンカチをポケットからのぞかせているのが、彼女らしい清潔感を醸し出している。
と、それもあるのだが、何やら妙な自信がうかがえる。
悠真は意識していなかったが、この前手コキをしたので、礼子にしてみれば他の女の子より一歩リードしている感があったのだろうか。
悠真の中で私が一番。
自意識が自信となって表れている?
もちろん、本人ではないから答えは出ない。
「GWの予定、決まってる?」
悠真は一瞬ためらった。実は、すでに美咲と約束を交わしていたからだ。だが、それを正直に言うのは気が引ける。
「いや、まあ……バンドの練習はあるけど」
「じゃあ、空いてる時間に一緒に出かけない?」
礼子の瞳が期待に輝いている。悠真は思わず目をそらした。
(いや、でも……)
そのとき、鋭い視線を感じる。
美咲だ。
(くそ、この状況は……)
悠真のガールフレンドたち。
この時点では、当然まだセフレではない。
そんな概念が日本にあったかどうかも疑問だ。やることやってるヤツらはいたかもしれないが、ワードはおそらく21世紀に入ってからだろう。
彼女たちの間では、暗黙の了解があった。
全員が悠真を好きなのは知っているが、お互いの行為に干渉はしない。
お互いの恋愛の状況を報告しあうこともないのだ。
抜け駆けをしない、とはまた違うが、微妙なバランスで成り立っている。
というか、怖くてできない。
これが現状だったのだが、往々にして(先日の手コキ)、違反が起きる。
自分だけだと礼子は思っていたが、実際は美咲・凪咲・純美も同じく悠真に手コキをしていたのだ。
13脳は単純にうれしさを感じているが、51脳は複雑な計算を始めている。
休みの日程を最大限に活用して、どうバランスを取るか。
「ごめん、ちょっと考えさせて」
「うん、いいよ!」
礼子は相変わらず明るい笑顔を向けてくる。その無邪気さに、悠真は何とも言えない不思議な罪悪感を覚えた。
昼休みが終わって教室へ入ろうとしたとき、美咲が声をかけてきた。
「悠真、ちょっといい?」
さっきから視線を感じていたが、やはり来たか。悠真は少し緊張しながら振り返る。
「何?」
「連休の予定だけど……」
美咲の声は少し低く、周りに聞こえないように抑えられていた。
昼休みに体育館で練習していたんだろうか。制服に着替えているが、首筋がわずかに湿っている。
うん、いいねえ。いいねえ!
まずい、心の声が漏れた。
悠真の心の声である。
「ああ、連休ね。土曜日の午後からバンド練習で、日曜日は……」
「私たち、映画に行く約束してたよね」
悠真の目が泳ぐ。
確かにそうだ。
美咲と一緒に映画を観に行く約束をしていた。
「うん、約束は約束だからね」
悠真が小声で答えると、美咲の表情が少し和らいだ。しかし、少し離れて凪咲が不満げな顔をしている。なぜか1組の純美もいた。
オレは2組で祐介も2組。
美咲、凪咲、礼子と菜々子が2組で、1組に純美と絵美だ。
「でも、私も……」
礼子が言いかけたとき、チャイムが鳴った。
「あ、もう始業だ」
悠真は慌てて席に着こうとする。この場から逃げ出すような形になってしまったが、今は仕方ない。
(どうすりゃいいんだ……)
席に着きながら、悠真は頭を抱えた。
全員にそれぞれ、日程を決めずに約束していたのである。
51脳が必死に計算を始める。3日間の休みをどう配分すれば、誰も傷つけずに済むのか……。
いや、何の問題もなくハーレム生活を持続できるか、である。
13脳は単純に『みんなと遊べて楽しい』と喜んでいるが、状況は単純ではないのだ。
礼子は部活をしていないから、自由な時間をフルに悠真と一緒に過ごしたい。
他の5人も部活はあるが、それ以外の時間をどうにかやりくりして悠真と会いたい。
悠真は51脳をフル稼働させながら、時間割を組み立て始めた。
・バレー部は3日とも午前中に練習
・卓球部は土曜と月曜が午前中で、日曜日は休み
女子バレー部の顧問は男子バレー部の顧問と同じでバレー経験者なのだ。
だから、かなり厳しい。
卓球部も経験者の先生で、男子卓球部と兼任だったが、なぜか日曜は休みだった。
時代を先取りしていたのか?
それとも、ただの個人的な都合?
いや、そんなことは今はどうでもいい。
宇久兄弟は連休なので合同練習を希望するだろうが、あいつらも彼女ができただろう?
あの子たちも部活はあるけど、デートはしたいはずだ。
日曜日を分割して、菜々子と絵美?
土曜日と月曜日の午前中に、バレー部の3人。だめだ、一人余る。
いや、連休っていっても外泊できるわけじゃねえし、単純に休みが続いているだけだ。
じゃあ、菜々子と絵美を連休明けの日曜とその次の日曜に割り振りして……。
「くそっ! ったく、やってらんねえな」
悠真の葛藤とはまったく違う場所で、まったく違う、学校を揺るがす大事件が起きようとしていた。
次回予告 第75話 (仮)『反乱』

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