第74話 『GWだ! っつっても公立中学だしこの時代。大型連休なんてねえよ』

 1986年(昭和61年)5月3日(土)~5日(月)

「憲法記念日と子どもの日だけが休みで、翌日の6日は普通に学校じゃねえか」

 それが悠真の感想だった。

 転生してからGWは2回目だが、毎年思う。

「ゴールデンウィークってなんなんだよ……こんなの”ウィーク”じゃねえだろ! ただの”デイズ”じゃねえか」

 51脳搭載の悠真にとって、ゴールデンウィークが大型連休として定着していない1980年代の休みの少なさは、不満タラタラなのだ。

 しかし、不満タラタラだったとして、状況が変わるわけでもない。

 学校全体、いや、教育ひいては日本全体が、今よりも体育会系の気風だった。

 そう思って諦めるしかない。

 ……のか?

「平成になって祝日法が改正されて、5月4日も『みどりの日』になるんだよな……確か」

 51脳の記憶がよみがえる。

 2000年代以降は『ハッピーマンデー制度』で連休が増えていったのも思い出してきた。

 しかし、今は残念ながら昭和61年。

 日本人は休むことに罪悪感を持つ時代だ。

「連休っつっても実質3日間だからな……大型じゃねえよ」




 ため息をつく悠真の肩を、突然誰かがたたいた。

 礼子だ。

「悠真! ちょうどよかった」

 礼子の声は明るい。

 白いハンカチをポケットからのぞかせているのが、彼女らしい清潔感を醸し出している。

 と、それもあるのだが、何やら妙な自信がうかがえる。

 悠真は意識していなかったが、この前手コキをしたので、礼子にしてみれば他の女の子より一歩リードしている感があったのだろうか。

 悠真の中で私が一番。

 自意識が自信となって表れている?

 もちろん、本人ではないから答えは出ない。

「GWの予定、決まってる?」

 悠真は一瞬ためらった。実は、すでに美咲と約束を交わしていたからだ。だが、それを正直に言うのは気が引ける。

「いや、まあ……バンドの練習はあるけど」

「じゃあ、空いてる時間に一緒に出かけない?」

 礼子の瞳が期待に輝いている。悠真は思わず目をそらした。

(いや、でも……)

 そのとき、鋭い視線を感じる。

 美咲だ。

(くそ、この状況は……)

 悠真のガールフレンドたち。

 この時点では、当然まだセフレではない。

 そんな概念が日本にあったかどうかも疑問だ。やることやってるヤツらはいたかもしれないが、ワードはおそらく21世紀に入ってからだろう。

 彼女たちの間では、暗黙の了解があった。

 全員が悠真を好きなのは知っているが、お互いの行為に干渉はしない。

 お互いの恋愛の状況を報告しあうこともないのだ。

 抜け駆けをしない、とはまた違うが、微妙なバランスで成り立っている。

 というか、怖くてできない。

 これが現状だったのだが、往々にして(先日の手コキ)、違反が起きる。

 自分だけだと礼子は思っていたが、実際は美咲・凪咲なぎさ純美あやみも同じく悠真に手コキをしていたのだ。

 13脳は単純にうれしさを感じているが、51脳は複雑な計算を始めている。

 休みの日程を最大限に活用して、どうバランスを取るか。

「ごめん、ちょっと考えさせて」

「うん、いいよ!」

 礼子は相変わらず明るい笑顔を向けてくる。その無邪気さに、悠真は何とも言えない不思議な罪悪感を覚えた。




 昼休みが終わって教室へ入ろうとしたとき、美咲が声をかけてきた。

「悠真、ちょっといい?」

 さっきから視線を感じていたが、やはり来たか。悠真は少し緊張しながら振り返る。

「何?」

「連休の予定だけど……」

 美咲の声は少し低く、周りに聞こえないように抑えられていた。

 昼休みに体育館で練習していたんだろうか。制服に着替えているが、首筋がわずかに湿っている。

 うん、いいねえ。いいねえ!

 まずい、心の声が漏れた。

 悠真の心の声である。

「ああ、連休ね。土曜日の午後からバンド練習で、日曜日は……」

「私たち、映画に行く約束してたよね」

 悠真の目が泳ぐ。

 確かにそうだ。

 美咲と一緒に映画を観に行く約束をしていた。

「うん、約束は約束だからね」

 悠真が小声で答えると、美咲の表情が少し和らいだ。しかし、少し離れて凪咲が不満げな顔をしている。なぜか1組の純美もいた。

 オレは2組で祐介も2組。

 美咲、凪咲、礼子と菜々子が2組で、1組に純美と絵美だ。

「でも、私も……」

 礼子が言いかけたとき、チャイムが鳴った。

「あ、もう始業だ」

 悠真は慌てて席に着こうとする。この場から逃げ出すような形になってしまったが、今は仕方ない。

(どうすりゃいいんだ……)

 席に着きながら、悠真は頭を抱えた。

 全員にそれぞれ、日程を決めずに約束していたのである。

 51脳が必死に計算を始める。3日間の休みをどう配分すれば、誰も傷つけずに済むのか……。

 いや、何の問題もなくハーレム生活を持続できるか、である。

 13脳は単純に『みんなと遊べて楽しい』と喜んでいるが、状況は単純ではないのだ。

 礼子は部活をしていないから、自由な時間をフルに悠真と一緒に過ごしたい。

 他の5人も部活はあるが、それ以外の時間をどうにかやりくりして悠真と会いたい。

 悠真は51脳をフル稼働させながら、時間割を組み立て始めた。




 ・バレー部は3日とも午前中に練習

 ・卓球部は土曜と月曜が午前中で、日曜日は休み




 女子バレー部の顧問は男子バレー部の顧問と同じでバレー経験者なのだ。

 だから、かなり厳しい。

 卓球部も経験者の先生で、男子卓球部と兼任だったが、なぜか日曜は休みだった。

 時代を先取りしていたのか?

 それとも、ただの個人的な都合?

 いや、そんなことは今はどうでもいい。

 宇久兄弟は連休なので合同練習を希望するだろうが、あいつらも彼女ができただろう? 

 あの子たちも部活はあるけど、デートはしたいはずだ。

 日曜日を分割して、菜々子と絵美?

 土曜日と月曜日の午前中に、バレー部の3人。だめだ、一人余る。

 いや、連休っていっても外泊できるわけじゃねえし、単純に休みが続いているだけだ。

 じゃあ、菜々子と絵美を連休明けの日曜とその次の日曜に割り振りして……。




「くそっ! ったく、やってらんねえな」

 悠真の葛藤とはまったく違う場所で、まったく違う、学校を揺るがす大事件が起きようとしていた。




 次回予告 第75話 (仮)『反乱』

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