第7話 『情報統制と非公式法整備』

 2025/1/30(令和7年1月30日) 海上自衛隊 佐世保地方総監部

 山口と加来、そして隊司令の小松と艦長の石川が出迎えた7名の正面に座り、聴取が行われた。

 会議室には緊張感が漂っている。

 時を超えてきた軍人たちと、彼らを受け入れる現代日本の協力が、予測不能な未来への備えとなる。誰もがそう感じていたのだ。

「まずはこの異例の事態の認識を皆様と共有したいと思います」

 防衛大臣の中川がせき払いして静寂を破った。出席者全員が真剣な面持ちでうなずく。

「我々は今、歴史上類を見ない状況に直面しています。帝国海軍の将校たちが、現代に現れたのです」

 中川は一呼吸置いて山口と加来を見つめた。

 当然だ。

 人に話したところで誰も信じない。タイムスリップなんてSFの話だ。最近は異世界転生ものが流行っているが、似たり寄ったりである。同じ歴史上にいるだけタイムスリップの方がましだろう。

「お二人の存在は、わが国の防衛にとって貴重な資産となる可能性を秘めています。同時に適切に対処しなければ、国家の安全保障に関わる重大な問題にもなり得ます」

 会議室の空気が引き締まり、固唾をのむ。

「そこで皆さんが入港するまでに、関係各所と協議を重ねました。その結果、お二人を含めた皆さんの処遇の具体案がまとまったので、ご説明します」

 中川は海上幕僚長の斎木を促し、斎木が説明を引き継いだ。

「山口少将、加来大佐、お二人には現代の海上自衛隊で活躍していただきたいと考えています。これは他の乗組員の方も同様です。そのためには、現代の軍事知識と技能を習得していただく必要があります」

 山口と加来は真剣な面持ちでうなずいた。

 彼らの表情には、新たな使命への覚悟がにじんでいる。彼らにとって現代の軍事知識と技能の習得は、未知の領域への挑戦を意味していた。

「そしてその前に、皆さんはここに生きていらっしゃいますが、本来なら……ごほんっ。あの戦場で……いや、防衛省のデータと戸籍と照らし合わせて、全員が亡くなっています」

 現実を現実として話すのは、話す側も聞く側も厳粛な雰囲気となる。

「そこで、です」

 斎木は内閣法制局首席調査官の鈴木に目をやった。鈴木は事務的な手続きの経過を述べる。

「皆さんには同じ名前で、年齢を遡った生年月日で戸籍を作成するよう手配しています。日常生活に必要な運転免許証やその他も、手続きを経て、もちろん試験は受けていただきますが、取得可能です」

 鈴木は続ける。

「本籍地は、これも遡って現住所と照らし合わせて同じ場所にします。しかし現住所に関しては、混乱を防ぐために平瀬町無番地といたします。ここまでは、よろしいですか?」

「問題ありません。続けてください」

 過去の人を現在の人として扱うための第一歩である。

 わかっていても割り切るのに時間がかかりそうなものだ。しかし、死を覚悟した二人にとって、生きている喜びの方が勝っている。

「……私たちの子供……孫たちには……」

 話を続けるなかで山口がポツリと言った。

「ご家族である子孫に会う、それは現時点では……残念ながら許可できません。酷な言い方かもしれませんが、お互いが家族の認識をもつには、あまりにも特殊な状況です。また、かりに許容できたとしても、情報漏洩のリスクがあります」

「そうですか……いや、私は覚悟はできていましたが、乗組員はどうかと思いましてね。仕方ありません。当然です」

 最年少、例えば18歳で飛龍に乗り込んでいたとしよう。

 当時の平均結婚年齢は男性で26歳。

 年代とともに年齢があがって現在は30歳を超えているが、単純に同じに考えても以下のとおりになる。

 1942年生まれ(子供・83歳)、1968年生まれ(孫・57)、1994年生まれ(ひ孫・31歳)、2020年生まれ(玄孫・5歳)。

 実感も湧かず、感慨もないだろうが、お互いに不思議な感情が芽生えていくのは確かだろう。




 将来的には可能となるかもしれない、と鈴木は一言添えて次の話題を斎木に促した。

 海上自衛隊内での二人の立場を斎木が説明する。

「山口少将と加来大佐には、以下のとおり特別な課程を履修していただきます。同時期の履修ですが、お二人の海兵・海大の期別を考慮しなければなりません。ですから終了後に山口少将は海将補、加来大佐は一佐として勤務していただきます」




 ※教育課程の概要

 1.幹部候補生課程:6か月(通常の1年から短縮)

 現代の海上自衛隊の基本的な組織構造、任務、装備等の概要

 2.指揮幕僚課程(CS課程):9か月(通常の1年から短縮)

 現代の海上戦術、情報システム、国際法規、日米同盟関係

 3.幹部高級課程(AC課程):4か月(通常の6か月から短縮)

 戦略立案、安全保障政策、統合運用

 ※特別措置

 旧海軍での経験を考慮し、各課程の期間を短縮

 実技訓練の一部をシミュレーター訓練に置き換え

 現代技術や戦術に関する集中講義を追加

 ※教育目標

 現代の海上自衛隊の組織と任務への適応

 最新の海上戦術と技術の習得

 日米同盟を含む現代の安全保障環境の理解

 統合運用の概念と実践の習得




「ひとつ、質問をよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか」

 斎木海上幕僚長の説明を黙って聞いていた加来が質問をした。

「我々含め飛龍の乗員は最高機密の『軍機』扱い……失礼、海上自衛隊での『機密』扱いでしたかな。その機密扱いの我々は、その……他の学生もいるわけでしょう? 一緒に学ぶのですか? 学ばないにしても、隠し通すのは無理があると思うのですが」

 斎木は加来の質問にうなずき、プロジェクターの画面を切り替えた。

「ご指摘のとおりです。そこで我々は特別な対策を講じました」

 スクリーンには佐世保教育隊の年間計画表が映し出された。

「2025年度から2026年度にかけて、佐世保教育隊の通常教育課程を一時停止し、飛龍乗組員の皆さんの教育に専念する計画です」

 入隊スケジュールが大幅に変更されており、佐世保地方総監の田原川宗男が補足する。

「通常なら春と秋に行われる新入隊員の教育を、この2年間は横須賀、呉、舞鶴の各教育隊で吸収します。佐世保教育隊の施設と人員を、皆さんの教育に集中的に投入するのです」

 より現実的で大胆な計画に、山口と加来の表情に驚きが浮かんだ。自分たちのために教育隊の通常業務を停止する決断の重みを感じたのだろう。

 しかし、厳密にはそうではない。

 重要度を考えれば、飛龍の乗組員の処遇が新隊員の教育より優先なのだ。

 なにせ、実戦経験のある新兵である。

 それに佐世保の人員を呉・舞鶴・横須賀に分割するのは難しくはない。手続き上は煩雑になるかもしれないが、修了後は全国の部隊に配属されるのだ。

「これにより、外部との接触を最小限に抑えつつ、効率的な教育が可能になります。教官も厳選された者のみが担当し、情報管理を徹底します」

 斎木が続ける。

「教育終了後は、現在改修中の『かが』を中心に配属する予定です。2026年の改修終了に合わせて、皆さんの教育も完了する計画です」

 当然艦載機の搭乗員や整備員、飛行科に属する者は、航空自衛隊での教育も併用して行われる。人員が少ないため、こちらは特別教育課程として実施される予定だ。




 昨今の尖閣・東シナ海情勢に鑑みて護衛艦『かが』『いずも』の固定翼機搭載化改修が進められてきた。

 飛龍の乗組員は現代に適応できるのか?

 その結果、日本にどんな影響をもたらすのか?

 誰も知らない。




 次回予告 第8話 『適応プログラム』

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