西暦257年3月1日 方保田東原《かとうだひがしばる》の都
「各国の皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」
都の大広間では、弥馬壱国同盟の主要国から代表者が集まっていた。壱与が上座に座り、その隣には比古那と彌勇馬(ミユマ)、伊都比売(イツヒメ)が控えている。
伊都国、奴国、不彌国、投馬国の代表者のほか、近隣の王参加していた。皆、表情は真剣そのものだ。
「狗奴国の脅威が日に日に増しております。今日は共に戦う仕組みについて話し合いたく、お集まりいただきました」
壱与の言葉に、各国の代表者は神妙にうなずいた。
蘇奴国王が口を開く。
「女王様、我が国でも国境近くで狗奴国の斥候らしき者を確認しております。少数ながら、見知らぬ武器を持っているようです」
「見知らぬ武器?」
ミユマが身を乗り出した。
「はい。弓とは違う、見慣れない飛び道具を持った者が数名。また、四つ足のバケモノに乗った者も数名いたとのことです」
「その武器は連弩、そしてその四つ足のバケモノは、ウマと呼ばれる中土(中国)の生き物です」
「女王様、この方は?」
尊が連弩と馬の説明をすると、蘇奴国王は伊予に問いかけた。
「この者の名は尊。吾の側近じゃ」
本当は歴史は修一の専門分野なのだが、尊はオールランドで知識が広く、歴史に関しては修一につぐ知識量だ。
弥生時代に飛んできた際も、漢文から筆談で意思疎通をこなしている。
「我が国でも同様です。対蘇国との国境付近で、狗奴国の斥候の動きが盛んになっております。明らかに戦の前の下調べ。対蘇国を滅ぼしたあとの進軍路を確かめているのでしょう」
続く姐奴国王の発言を受け、伊予は地図を広げた。
狗奴国の進軍経路を考えながら指し示していると、対蘇国王が厳しい表情で訴えてきた。
「女王様、我が国は昨年の戦の際も戦場となったが、もし狗奴国が攻め入るなら、我が対蘇国か、もしくは南の不呼国に違いない。盟主として、相応の助けはしていただけるのでしょうな」
「その通り。援軍は無論だが、武器や兵糧など、いくらあっても足りん」
不呼国王も同調した。
対蘇国と不呼国の2国は狗奴国と国境を接し、何度も戦闘を繰り返しているので、他の国王とは緊迫の度合いが違う。
確かに、どう考えても最優先しなければならない国である。
また、もし呼邑国のスズ鉱山が狗奴国の耳に入ったならば、呼邑国も防衛しなければならない。
優先度が同じなら四方に兵を配備する必要があるが、戦力の分散は避けたい。
まずは当面の脅威である2国にそれぞれ防衛の為の兵を配置して、呼邑国の防衛を固めつつ、連絡を密にする必要があるだろう。
ちなみに、壱与たちが把握している各国の国力は次の通りである。
末盧国(松浦):人口24,000人/兵数600人
伊都国(糸島):人口6,000人/兵数300人
奴国(西奴国/福岡市主要部、那珂川市など):人口120,000人/兵数3,000人
不彌国(糟屋・博多):人口6,000人/兵数150人
投馬国(筑後平野):人口300,000人/兵数9,000人
弥馬壱国(熊本北部):人口420,000人/兵数15,000人
狗奴国(南九州):人口320,000人/兵数12,800人
東奴国(宗像):人口12,000人/兵数360人
烏奴国(遠賀・鞍手):人口25,000人/兵数625人
斯馬国(小城・杵嶋):人口40,000人/兵数1,000人
已百支国(彼杵):人口9,000人/兵数225人
伊邪国(高来):人口15,000人/兵数375人
都支国(玉名):人口30,000人/兵数900人
蘇奴国(阿蘇):人口10,000人/兵数250人
姐奴国(益城):人口20,000人/兵数800人
好古都国(宇土):人口12,000人/兵数300人
彌奴国(天草):人口8,000人/兵数200人
不呼国(球磨):人口13,000人/兵数325人
対蘇国(高千穂):人口5,000人/兵数125人
支惟国(企救):人口18,000人/兵数540人
巴利国(京都・仲津):人口22,000人/兵数550人
躬臣国(上毛・下毛・宇佐):人口50,000人/兵数1,500人
邪馬国(日高):人口15,000人/兵数450人
華奴蘇奴国(直入):人口7,000人/兵数175人
呼邑国(大野):人口9,000人/兵数225人
鬼国(大分):人口35,000人/兵数875人
為吾国(速水):人口11,000人/兵数275人
鬼奴国(国東):人口16,000人/兵数400人
「ミユマ殿、不呼国と対蘇国へは、我が弥馬壱国から兵を派遣しましょう。対蘇国に五千、不呼国に三千を割いて、防衛にあたらせてください」
八千! ?
壱与の言葉に広間にざわめきが起こり、ミユマは驚きを隠せずに思わず身を乗り出した。
その顔には女王の決断に対する敬意と同時に、隠しきれない懸念が浮かんでいる。
「壱与様! 八千とはあまりにも多すぎます。我が国の戦力の半数以上ですぞ。それでは都を守る兵が少な過ぎます!」
ミユマの声には、偽りのない不安が滲んでいた。
弥馬壱国の精鋭を2国に割くことは、都や他の戦線に穴を開けることに繋がりかねない。
長年この国の軍を率いてきた彼の経験が、分散の危険性を警告していた。
「それでも、狗奴国が本腰を入れて攻め入るなら、まずはこの二国を叩き潰しにかかるはず。ここを死守できなければ、我が国は南から、そして南東から攻められることになります」
壱与は南の方角を指差した。
狗奴国の支配地は遠く日向や薩摩、大隅に広がっている。
そこから北上する狗奴国軍にとって、不呼国や対蘇国はまさに弥馬壱国の南と東の玄関口なのだ。
「それに……尊の知識によれば、狗奴国は騎馬を使う。平地での騎馬の猛威は、我々の想像を絶するでしょう。不呼国と対蘇国は山間部も多いため、地の利を活かして防衛しやすいのです」
壱与は視線を尊に移す。
未来の知識を持つこの青年が、狗奴国の新たな脅威を教えてくれた。
尊が静かにうなずくが、その目は冷静に状況を分析している。
「仰る通りです。山間部であれば、騎馬の機動力を削げます。隘路に逆茂木や落とし穴を仕掛け、弩や弓で狙い撃つのが有効かと」
尊の声は落ち着いていたが、その言葉の一つ一つには、深い知識と論理的な思考が感じられた。
弥生時代の人々にはなかった『騎馬』の概念も、説明によって少しずつ具体的な脅威として認識されていく。
対蘇国王と不呼国王は感極まった様子で頭を下げた。
国境を守るという過酷な最前線を担う彼らにとって、弥馬壱国からの援軍はまさに希望の光であり、壱与の決断と尊の説明に深く感謝したのである。
「女王様のお心遣い、痛み入ります。必ずや国境を守り抜いてみせましょう」
彼らの力強い誓いの声が、広間に響いた。
「援軍に加え、武器も与えます。特に、杉殿が作っている連弩を他より先に配します」
壱与はさらに続ける。
連弩は中国大陸ですでに使用されているが、ここでは新たな強力な武器であり、それが戦況を覆す可能性を秘めていると、皆が期待していたのだ。
「また、呼邑国へは使者を送り、狗奴国の動きに注意を払うよう伝えましょう。もし狗奴国がスズ鉱山に手を出そうとするならば、こちらも全力で防ぎます」
外交と軍事、そして未来の知識を融合させた戦略が、広間に集まった各国の代表者たちの間で共有されていった。
次回予告 第55話 (仮)『理想と現実』

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