第641話 『開戦! パナイ島の戦い』(1578/4/26) 

 天正七年三月二十日(1578/4/26) パナイ島 パナイ川河口

 パナイ川はパナイ島の北東部にあり、入江に注ぎ込む河口は二つに分かれているために、封鎖がしにくいと言う理由で、ポルトガルから逃れるためのスペイン軍の拠点とされてきた。

 マニラ侵攻のための足がかりとなる予定だったのだ。

 現在は建設中であった砦は放置され、守備隊は残っているのものの100名たらずで、周囲の村々と交易をする程度でさびれていた。

 そこに海路を使って織田海軍がやってきたのだ。

「放てい!」

 九鬼嘉隆の号令で全艦の砲門が開かれ、城塞があったであろう集落に砲弾の雨が降り注いだ。パナイ川の北部のパナイ地区、そして川の上流地区であるパニタン地区の住民はすでに避難している。

「敵襲! 敵襲! 湾内に敵が侵入し、艦砲にて攻撃しております!」

「なんだと! 馬鹿な! こうも早く攻めてくるとは!」

 守備隊長のもと応戦をしようとも、火力に違いがありすぎた。多勢に無勢、スペイン軍守備隊は壊滅し、逃げおおせた者はおらず、残りは捕虜となった。

「嘉隆よ。他愛ないではないか。南蛮の、イスパニアの軍とはかように弱き者とは思わなかったが」

「殿、ここは言わば捨てられた地。兵の備えも少なければ、砲もありませぬ。次が本番と心得まする」

「であろうな。さて、次はいかなる敵であろうか」

 信長は嘉隆にそう告げながら望遠鏡をのぞき込む。次の目的地はセブ島の西にあるネグロス島だが、島の東岸、すなわちセブ島の対岸に兵力が集中してあるとの報告だ。

 しかし念のためパナイ島の東岸から南岸まで南下し、イロイロの港を経由してギマラス島、さらに南下してネグロス島西部のシラパイ地区まで哨戒する。

 ■三月二六日(1577/4/14) シパライ沖

「退屈であるな。やはり敵などおらぬではないか。静かすぎるのがいささか気になるが……」

「小佐々軍の知らせ通りですな。ここまで調べておらぬなら、ここに敵はおらぬのでしょう。北へ向かい、南のジキホル島に終結している小佐々軍とともにセブ-ネグロス海峡の要塞を叩きましょう」

「うむ……いや、そのまま南下して合流しよう。いったん索敵の任は完了したのだ。敵の船がいなかったのは残念だが、船がなければ逃げられまい。合流して大軍をもって掛かったほうがよかろう」

「はは」

 完全に不意をつかれた。

 ちょうど織田艦隊十隻の最後尾の艦がシパライ川を通り過ぎたとき、突如砲撃を受けたのだ。

「申し上げます! 敵の攻撃を受け、最後尾の順天丸、被弾したようにございます!」

「何い? 隠れておったのか!」
 
 シパライ川は川幅も狭く、入り込んだ入江もない。軍港としては適さない、どこにでもある川なのである。しかし、それが織田軍の目を曇らせた。

 まがりくねった川沿いに、スペイン軍艦をかくしていたのだ。

「全艦反転! 敵が沖合に出る前に包囲殲滅するのだ!」

 スペイン軍の意図は不明である。織田艦隊への攻撃を狙ったものなのか、それともセブ島の本隊もしくはいずれかの要塞の砲台の射程内に非難してやりすごそうというのだろうか。

 信長が座乗している旗艦が回頭し、面舵をもってスペイン艦隊(3隻)を包囲しようと北上した。

 織田海軍の艦艇は火力こそ砲門数10門と少ないものの機動力にすぐれ、速度でスペインの艦隊を上回った。これが織田艦隊の初めての海戦である。

 艦載砲の数と射程においてもスペイン軍が勝っているので、撃ち合っては相当の被害が出ることを予測した信長は、不本意ながら敵に肉薄して接舷し、乗り込んでの白兵戦で決着をつける事にした。

 弾幕をはりつつ、敵の旗艦らしき船を探す。

 3隻の中で一回り大きく砲門も多い船を見つけると、火力を一点集中したのだ。最後尾にいた順天丸は敵の砲弾をかいくぐり、艦隊の後方へ移って再起を図る。

「撃て! 撃て! 撃てい!」

 嘉隆の叫び声が響き渡る。

 ついに、スペイン軍の旗艦とおぼしき艦からの砲撃が弱まった。他の2艦からはなおも砲撃があるが、目もくれない。

「ようし、今だ! 接舷、乗り込めいっ!」

 織田艦隊の旗艦と、続いて2番艦の兵が乗り込んで白兵戦が行われた。懸命にスペイン軍の将兵も応戦するが、多勢に無勢である。徐々に押されていき、2時間ほどで沈黙、降伏した。

 スペイン艦隊旗艦への乗り込みが行われた後、同じように他の2艦に対しても接舷攻撃が実行されたが、旗艦が降伏したとわかった途端に抵抗が弱まり、こちらも1時間程度で降伏したのだ。

「えい、えい、お――う!」

 嘉隆の勝ちどきが響き渡り、シパライ沖の海戦は幕を閉じた。思い描いた艦砲戦ではなかったものの、初戦を勝利で飾ることができたのだ。

「殿、勝ちましたな」

「うむ。この世に易き戦などないが、みな、よくやってくれた」

「してこの後はいかがなさいますか?」

「うむ。当初の予定通り合流をしたいところであるが、敵艦3隻とも拿捕できたのだ。捕虜の問題もあるゆえ、マニラに曳航いたすとする。船の修理と乗員の手当、それから捕虜の件、これはマニラの軍にまかせるとしよう」

「はは」

 シパライ沖海戦

 スペイン軍損害
 艦艇3隻拿捕
 死者54名
 負傷者89名

 織田海軍損害
 艦艇
 1隻小破
 死者4名
 負傷者21名

 次回 第642話 『マニラでの織田海軍と南の戦局、明の動き』

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