第78話 『修羅場! 6人と悠真の大冒険?』

 1986年(昭和61年)5月4日(日)

 晴れ。爽やかな風が吹き抜ける初夏の日曜日だった。

 始発の船に乗るため、悠真は7時に港へと向かった。いつもなら眠い時間だが、今日は不思議と目覚めが良かった。期待と不安が入り混じったような独特の感覚だ。

 待合所に着くと、既に美咲、凪咲、純美の3人がベンチに座って待っていた。

「おはよう~!」

 美咲が元気よく手を振る。

 小花柄のワンピースに白い薄手のカーディガンという出で立ちだ。

 凪咲はデニムスカートにパステルブルーのTシャツ、純美はチェック柄のスカートにピンクのブラウスを着ていた。

 3人とも、いつも以上に可愛らしい。

(やばい、みんな気合い入ってる……)

 悠真は喉の奥が乾く思いだった。

「菜々子たちは?」

 悠真の問いに、美咲が答える。

「まだだよ。バスで来るっていってたから、フェリーの時間までにはくると思うけど」

 悠真と同じ西小出身の美咲と凪咲、そして純美は、以前悠真と一緒に佐世保にいったことがある。対して南小出身の菜々子と絵美、そして礼子は初なのだ。

 親公認の仲となっている美咲達3人は、車で送ってもらったから到着が早い。

 悠真は、というと自転車だ。

 祖父に買ってもらった自転車は、交通費削減にも役立っている。

 その時、バスの到着をエンジン音が知らせてきた。

 あるあるだが、フェリー乗り場は終点だ。

 そして折り返しの始発点でもある。

 菜々子と恵美が息を切らせながら駆けてきた。

「ごめんなさい、遅れちゃった!」

 菜々子は黄色のブラウスに白いスカート、恵美はシンプルなワンピースという装いだ。

「礼子は?」

 凪咲が尋ねた。

 彼女の指先が、リップを塗ったばかりのように微かに光っている。

 美咲への対抗なのかわからないが、母親からクリスマスにもらったキスミーシャインリップの色だろうか。

「礼子は……あ、来た来た!」

 悠真は咄嗟に、港に入る国道に入ってきた軽自動車を見た。

 礼子の母親が送って来てくれたのだ。

 うーん、礼子の母親はスナックやってたろう?

 営業終わってから寝てないのか?

 それとも仮眠して送ってくれたのか?

 どっちにしても、かなりの気合いの入れ用だな。

 あ、思い出した。

『こんないい男いないから、大事にしなさい』

 家で礼子にそう言っていたのを思い出した。

 んむむ。

 6人の女の子たちと1人の男の子。

 奇妙な組み合わせのグループが、港の待合所に集まった。

 礼子はピンクのワンピースに白いカーディガン、首元にはスカーフを巻いている。他の5人とは一味違う、大人っぽい雰囲気だ。

 車のドアが閉まると、礼子の母親が窓から顔を出した。

「悠真君! 礼子のこと、よろしくね」

 明るい声で言いながらも、その目は悠真を見定めるように鋭かった。

「はい、もちろんです!」

 悠真は直立不動になって、なぜか敬礼してしまう。そんな悠真をみて母親は微笑み、運転する軽自動車は、そのまま港を離れていった。

「おはよう、悠真……みんなも」

 礼子はそう言いながら、他の女の子たちを見回した。彼女の目は、僅かながら状況を観察しているようだった。

 この時点で、既にある種の緊張感が生まれている。

「みんな、結構はやいじゃん」

 悠真は話題を変えようと言った。

「うん、楽しみだからね!」

 美咲の声は明るく弾んでいた。

「そうそう、初めての佐世保だもん」

 菜々子も嬉しそうに頷く。

「切符、買ってくるね」

 悠真がそう言いかけた時、凪咲が腕を掴んだ。

「私も行く!」

 その動きを見た美咲が、すかさず反対側の腕を掴んだ。

「私も手伝うよ!」

 二人の間に挟まれた悠真は、苦笑いを浮かべた。

(うん、待ちがいなく修羅場の予感……3人でさえ……)

 デジャヴが悠真を襲い、チケットカウンターに向かう姿を、残された4人がじっと見つめていた。

 ■AM6:40~

 揺れる船の甲板で、悠真は海風を浴びながら深いため息をついた。

「すごーい! 海がキラキラしてる!」

 菜々子の歓声が響く。初めての船旅に、卓球部の2人は興奮していた。

 美咲と凪咲は船の先端で、誰が一番遠くまで見えるか競っている。純美と礼子はベンチで静かに会話をしていた。

 悠真はこの瞬間の平和を噛みしめている。

(これからどうなるか……)

 51脳がシミュレーションを始める。

 修学旅行の夜のようなドキドキする感覚。だがそれは、楽しい気持ちばかりではない。

 6人の女の子をどう扱えばいいのか。

 全員に平等に接しないと、誰かが傷つく。

 かといって、平等すぎると誰も満足しない。

 この微妙なバランスを、どう取るべきか。

「ねえ、悠真~」

 恵美の小さな声が、悠真の思考を中断させた。

「どうしたの?」

「これ、あげる」

 恵美はそう言って、小さなハンカチを差し出した。

「え?」

「手作りなの……」

 白いハンカチの端には、「Y」のイニシャルが青い糸で刺繍されていた。

「ありがとう、恵美。大切にするよ」

 悠真が礼を言うと、恵美は嬉しそうに微笑んだ。

 手作りのプレゼントは重い。

 いったい誰が言い出したんだろうか。
 
 何であれ、気のある女子から手作りのプレゼントもらったら、そりゃあもう! 家宝だよ! 家に帰って神棚に祀るくらいの事件だ。
 
 令和の時代はどうかしらんが、昭和生まれのオレはそうなんだ。

 いや、今、現在進行系で昭和か。

 それを勘違いして中学時代は爆死したなあ。

 女から男と、男から女は違うんだ。

 それすらわからないウブな男だったんだよね、オレ。

 いやいや、昔話はいい。現在進行系なんだよ。

 しかし、その一部始終を見ていた他の女の子たちの視線が、一斉に恵美に集まった。

(ああ、始まった……)

 美咲と凪咲が急いで戻ってくる。

「悠真、これ食べる?」

 美咲がポケットからキャラメルを取り出した。

「私も持ってきたよ!」

 凪咲はチョコレートの小箱を差し出す。

 そこに純美と礼子も合流し、

「私も何か買ってくればよかった……」

 純美がつぶやく。

「心配しないで。私、みんなの分も用意してるから」

 礼子はそう言って、バッグからおにぎりを取り出した。

「朝早かったから、何か食べた方がいいと思って」

 手作りおにぎりが6つ。全員分ある。

 凪咲と美咲は不満げな表情を隠せなかった。

(なんという計算高さ……いや、こういうのを世間ではあざとかわいいと言うのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。好きな男に自分に振り向いて欲しいと思うことは、悪くはない。逆もしかりだ)

 51脳は礼子の戦略に感心した。

 全員に行き渡る心配りをしながら、最大の功績を自分のものにする。見事な計算だ。

 おにぎりを受け取った悠真は、礼子に感謝の言葉を言った。

「ありがとう、礼子。みんなの分まで作ってくれて」

「いいのよ。悠真が喜んでくれるなら」

 礼子の余裕ある笑顔に、他の5人は複雑な表情を浮かべた。

(これは戦争だ……)

 悠真は冷や汗を流しながら、状況を見守っていた。

 次回予告 第79話(仮)『修羅場! 6人と悠真の大冒険? その2』

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