第13話 『新鋭、第一護衛艦隊第一機動護衛隊』

 令和9年4月8日(2027年4月8日)

 海上自衛隊の横須賀岸壁には、初春の柔らかな陽光が降り注いでいる。

 海将補として任官していた山口は、第一護衛隊群司令である沢村利行海将補とともに、横須賀基地で執り行われる特別な編成式に参加していたのだ。

 防衛省海上幕僚監部からの極秘招集を受けての参加である。

『第一護衛艦隊』ならびに『第一機動護衛隊』—日本の海上防衛戦略における新たな一歩となる部隊の発足式であった。

 事実上の海軍を海上自衛隊と称し、戦隊や艦隊を護衛隊や護衛隊群と称していた日本が、ようやく艦隊の名称を掲げることができたのである。

 護衛の名称は冠するが、大きな一歩だ。

 存在感を放つ36,000トン級の空母型護衛艦。

 艦名表示板に『ひりゅう』の文字を見つけた瞬間、山口の胸に込み上げる想いがあった。かつて自らが愛した艦の名が、この現代によみがえっている。

『ひりゅう』の隣には新型ASEV(対潜水艦護衛艦)『あきつしま』(12,000トン)が配置され、さらに新型FFMである『みくま』と『すずや』(各6,200トン)が続いていた。

「この4隻で第一機動護衛隊を編成します。既存の第一護衛艦隊8隻と合わせ、計12隻の強力な艦隊となります」

 護衛艦隊司令の中村海将が山口に近づいて簡単に説明すると、山口は静かにうなずいた。

「立派な編成ですね」

 帝国海軍で壮大な陣容の艦隊を実際に見てきた山口にとって、本音なのかは不明だ。

 しかし、戦後の制約の中でよくここまで作り上げた意味合いが含まれていたのかもしれない。

 式典が始まり、防衛大臣の中川が演壇に立った。

「本日、我が国の海洋防衛の新時代を象徴する『第一機動護衛隊』の編成を発表いたします。この部隊は、厳しさを増す安全保障環境の中、日本の領海と国民を守るための重要な柱となります」

 中川の演説は具体的な性能の説明に移った。

『ひりゅう』は最大30機のF-35B戦闘機と4機の対潜哨戒しょうかいヘリコプターが搭載可能で、真の航空優勢確保能力を持つ多目的艦艇である。

 3万6千トンの大型船体により、従来の護衛艦とは一線を画す本格的な航空戦力の投射能力を実現した。

『あきつしま』は最新の対潜水艦戦能力と電子戦システムを搭載し、潜在的脅威に対する早期探知能力を大幅に向上させている。

 そして最上型FFM『みくま』『すずや』は、コンパクトながら高い戦闘能力を持つ多機能フリゲートであった。

 山口は静かにこの編成の戦略的意義を分析している。

 かつての連合艦隊とは異なるが、現代の脅威に対応した合理的な編成なのだ。特に中国海軍の拡大や北朝鮮のミサイル開発を踏まえれば、機動護衛隊の価値は計り知れない。

 山口は艦内の最新設備を見学しながら、昭和の空母との違いを実感していた。

 電子機器の発達、自動化システム、そして何より搭載機の性能向上。しかし、艦を運用する人間の気概や責任感は変わらない事実も感じ取っていた。

 新型ASEV『あきつしま』の特殊能力についても説明を受ける。

 従来の護衛艦を上回る対潜能力、特に低周波アクティブソナーと無人潜水機の運用が可能で、中国の潜水艦活動に対する有効な抑止力となるのだ。

 最上型FFM「みくま」「すずや」は、レーダー反射面積を抑えたステルス設計と、多機能レーダーによる同時多目標対処能力を持つ。小型ながら効率的な戦闘力を発揮する現代的な艦艇である。

「機動護衛隊の運用方針を教えていただけますか?」

「単独行動も可能ですが、主に米海軍との連携を前提としています。インド太平洋地域の安定に寄与するのが最大の目的です」

 山口は、かつての日米対立から現代の緊密な同盟関係への変化を改めて実感した。専守防衛の制約はあるものの、この艦隊は確実に日本の抑止力を向上させるだろう。

 艦内見学を終え、『ひりゅう』の飛行甲板に立って遙かな水平線を見つめる。

 角野一尉(大尉)所属のF-35B部隊による展示飛行が始まり、最新鋭ステルス戦闘機が垂直離陸していく姿に、時代の進歩を実感した。

 基地に戻る際、中村海将が告げる。

「山口さん、第51護衛隊にも近々重要な任務が待っています」

 山口は黙ってうなずいた。

 新たな『ひりゅう』が誕生した今、自分も再び海で日本を守る使命を果たすときが来たのだと感じていたのである。

 ――2027年4月8日、横須賀基地。第一機動護衛隊の編成により、日本の海上防衛戦略が新たな段階に入った。山口にとっても、過去と未来を繋ぐ象徴的な一日となったのである。


 ■尖閣諸島 魚釣島周辺

 魚釣島の北東約12海里の海域。

 海上保安庁の巡視船『あさづき』の艦橋では、船長の田中2等海上保安監が双眼鏡を構えていた。レーダー画面に反応が現れる。
 
「レーダーに大型船2隻、こちらに向かっています」

 レーダー・通信員の報告が艦橋の空気を緊張させた。

「距離は?」

「距離約8マイル。AIS信号……確認しました。中国海警局の船です」

 通信員が画面を見つめながら続けた。

「海警2901と海警2501です」

 田中は眉をひそめた。
 
 海警2901は世界最大級の海警船として知られ、「モンスター船」とも呼ばれる巨大な船体に76ミリ速射砲などの強力な武装を搭載していた。海警2501も5,000トン級の大型船で、機関砲を搭載した武装海警船である。
 
 特に海警2901は2024年11月に尖閣諸島周辺を航行し、大きく報道されていた。

「本庁、こちらあさづき。中国海警船2隻が接近中。AIS信号により海警2901、海警2501と確認。いずれも機関砲搭載型、領海侵入の可能性あり」

 田中船長は無線機を手に取って報告すると、本庁からの指示が返ってきた。

「了解。引き続き監視警戒を継続せよ。海警2901は特に警戒が必要だ」

 距離が縮まるにつれ、白い船体に赤いラインの特徴的な塗装が双眼鏡越しに確認できた。特に海警2901の巨大な船体は圧倒的な存在感を放っている。

 船首には「中国海警」の文字、そして船体中央部には76ミリ速射砲の砲塔がはっきりと見えたのだ。


 一方、中国海警局の『海警2901』では、指揮官の李艦長が海図を見つめていた。

「日本の巡視船が警戒態勢を取っています」

「我々は正当な巡視活動を行っているだけだ。計画通り航行を継続する。海上保安庁の対応を記録せよ」


 次回予告 第14話 (仮)『緊迫の尖閣』

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