1590年11月16日(天正十八年十月十九日) オランダ ライデン
結局、
塩は1lbで3ギルダー。→十分にもうかる。
砂糖は1lbで1.5ギルダー。→もうかるが、生産量とポルトガルの砂糖との兼ね合い。そして、今後始まるであろうオランダの台頭に伴う流通量の増加。
それによる価格の下落。
流通量が増えれば需要と供給のバランスで価格が下がるのは当然だが、利益は十分に見込めるだろう。
石けんは高級品ではあるが、『超』高級品ではない。
要するに、庶民や低所得者からすれば普段使いできない『超』高級品であるが、中所得者以上であれば無理をすれば買える高級品。
高所得者であれば日常で普通に使える品、だ。
価格は1lbあたり0.2ギルダーで販売したとして、収益は50ギルダーほどにしかならない。
いらねー!
フレデリックの心の叫びである。
ただし、これはもうけ関係なく、衛生上の観点から普及させなくてはならない。
ロウソクは……技術上の問題で製造不可。
「じゃあ、みんなで今後の計画を話そう」
フレデリックが議長になって議事が進行するのだが、本来なら年長者のシャルルがやるべきではないだろうか。
そういう疑問があるかもしれないが、シャルルは苦手なのである。
「具体的な議題ってなんだよ?」
オットーが素っ気なく聞く。
シャルルが農業方面で、オットーが医学関連。フレデリックが全般(総督の弟なので)と、理化学系をやるとなっているが、具体的な方向性が決まっていない。
先立つものは金なので、ひとまずは塩の増産と、ロウソクを除いた砂糖と油、石けんの製造は決まっている。
金になるのは塩だけだが、既定路線だ。
パラフィンを抽出するにはもう少し時間がかかるだろうし、それに油田を探さないといけない。金がかかる。水素添加で油を固めるのもそうだ。
先の話である。
「いや、あと10年、ざっくりとだけど、その10年でオランダを産業革命時代まで発展させたい」
はああああ? ? ? ?
シャルルとオットーは同時に声を上げた。
「おい、聞き間違えじゃなきゃ、10年で産業革命を起こすって聞こえたんだが」
「私も聞こえたよ。もし、10年で産業革命……約200年かな、短く見積もっても。あり得ない話で荒唐無稽だが、中二病的にはどうなんだろうね」
シャルルは笑っている。
冗談だと思っているのだろうか。
「できるはずだよ。いろんな障害はあると思うけど、シャルルおじさんには『肥前国』の話はしたかな?」
フレデリックがシャルルに話をすると、彼はいいや、と短く答えた。
「転生者は僕たち三人だけじゃなくて、遠く遠く東の果ての、ああそんな説明しなくてもいいね。日本にいるんだよ。その男が30年で産業革命、おそらく1850年前後レベルまで技術革新を進めているんだ」
そう言ってフレデリックは、シャルルに肥前国の近況を説明したのだ。
情報源はポルトガルの大使である。
「なるほど……。肥前国かどうかは分からんが、今のネーデルラントは昔の、いや未来の、うーん……。21世紀のオランダと違って、南部もあわせて十七州で連邦を成しているからな。確かに歴史が変わっている。スペインは絶頂期のはずだが、どうにも様子がおかしかった」
「だから、その純正が転生者とすれば、完全につじつまが合うんだよ。何者か分からないやつが、もしかすると、極端に言えば世界征服するかもしれない。じゃなくても対等に付き合うためには、相応の技術力が必要なんだ」
三人とも黙り込んでしまった。
250年の開きを10年で達成する。
本当にそんなことが可能なのか?
純正は30年で成し遂げたと言うが、一人で30年なら三人なら?
「じゃあ、具体的に何をどうする? 何をするにでも金がかかるが、10年計画を立てなきゃだめだな。何をいつまでに作って、それには何が必要でいくらかかって、とかだな」
シャルルの言葉に全員が頭をひねりながら計画を作成していった。
しかし、シャルルの農業にしてもオットーの医学にしても、技術の革新なくしては始まらない。結果、フレデリックの行動にかかっているのであった。
※基本方針と体制整備(第1年目)※
秘密評議会『コンパス・オブ・ディスティニー』
設立してはいるが、フレデリック・オットー・シャルルの三人で各自の専門分野を生かしながら、以下の部門を担当する。
フレデリック(総指揮・工学・政治):全体計画の統括と政治的保護
オットー(医学・化学):医療、化学、材料科学の発展
シャルル(農学・資源):農業革命と資源確保の戦略
(1)知識体系の文書化と分類
転生者が持つ未来知識を体系的に文書化し、優先順位を決定する。特に、技術発展の連鎖的効果を生む基盤技術を優先する。
文書はすべて暗号化し、段階的に開示する計画。
(2)資金と人材の確保
オランダ東インド会社(VOC)の設立(1602年)に前倒しで参画し、資金源を確保。ただし、これは投資額が莫大になるので資金捻出後に投資。
才能ある職人や学者を探し出し、秘密の研究機関に招へい。
フレデリックの政治的地位を利用した保護と、資金供給の体制構築。
1. 精密測定器(第1年目)
現代的な測定単位と標準ゲージの導入
マイクロメーターとノギスの製造開発
2. 高品質工具鋼(第2年目)
るつぼ製鋼法の工業化
各種切削工具用の特殊鋼開発
3. 水力精密機械(第3年目)
高精度の水力旋盤の製造
歯車切削機と平削り盤の導入
4. 互換性のある部品の製造(第4年目)
規格化された機械部品の量産開始
治具と固定具の標準化システム
5. ニューコメン型蒸気機関(第5年目)
鉱山排水と工場用動力源として実用化
燃料効率の改良と標準設計
6. コークス製鉄(第6年目)
高品質銑鉄の大量生産
鋳造技術の精度向上
リン含有鉄鉱石向けの特殊精錬法を開発
塩基性内張り転炉の早期導入(トーマス法の先行開発)
小規模実験炉での検証と改良
シーメンス・マルタン法(平炉法)の早期開発と導入
高品質鋼の安定した生産体制の確立
複数の製鋼法を並行開発し、原料特性に応じた使い分け
7. ワット型蒸気機関(第7年目)
複動式・調速機付き蒸気機関
工場向け回転動力の普及
8. 蒸気船(第8年目)
パドル式の沿岸航行蒸気船
河川・運河用蒸気船の普及
9. 初期鉄道システム(第9年目)
蒸気機関車の実用化
主要都市間の路線開設~。
という形でロードマップを作ったフレデリックだったが、どれもまだ頭の中の構想であって、実際には取りかかっていない。
なにしろ、間違いなく金がかかるのだ。
「うーん、足りない。足りないなぁ……。お金が全く足りない。レバレッジもなければ……働いてお金を稼いでも限界があるよ。お金に働いてもらわなきゃ」
「 「え? 誰?」 」
「おーシャルロット、こっちにおいで」
シャルルが連れてきた双子の子供の一人、シャルロット・ド・モンモランシーである。
次回予告 第20話 (仮)『某大手銀行史上初の女性頭取、転生す』

コメント