第37話 『モテモテNYGと下半身が』

 1985年(昭和60年)10月23日(水) <風間悠真>

「いやあ~終わった~緊張したぜ」

 ステージが終わり、オレは祐介にそう言ってクールダウンする。

「そうか? 初めてにしては良かったんじゃないか? 悟くんも褒めてたろ?」

「ていうかなんでお前はそんなに冷静なんだよ?」

「え? いや、オレは天才だからな」

「このやろう……」

 そんな話をしていたら、悟くんが健二くんと一緒に帰る準備をしていた。

「悟くん! ありがとうございました! 今日は、その……どうでしたか? オレ達」

「ああ、良かったよ! ベースの祐介はオレ達のバンドに欲しいくらいだ。悠真、お前も良かったよ。初めてで、文化祭のステージにしてはな」

「ありがとうございます!」

 やった! 悟くんに認められた! よし! やっていける! ……ん? ……にしてはな?

「ちょっと待って、悟くん。あの……に、してはなって、どういう意味かな?」

 悟くんはちょっと困った顔をした。なんだか言いづらそうだ。

「いや、オレに遠慮はしなくていいです。ハッキリ言ってください!」

「うーん、まあ、言葉通りだよ。初めてのステージで、しかも文化祭は完全ホーム。みんなお前を知ってて、それに生徒だから基本的に最後まで聞くだろ? そういう事」

 ……え? どういう事?

「えっと……どういう事ですか?」

「……うーん。まあ、それを踏まえて言えば合格だけど、オレ的なレベルで言うと赤点だよ、赤点。練習不足ってのもあったのかもしれないけど、実力不足は……まあ、わかるよね。MCもグダグダだったしな……」

「おい、悟。ちょっと言い過ぎじゃないのか?」

「いや、健二。オレは思った事言ってるだけだから」

 ……え?  そんな……。

「……そんな!  だって、オレ、頑張って……」

 オレは言葉を失った。悟くんの言葉が胸に突き刺さる。

「悠真、落ち込むなよ。これが現実なんだ。でも、お前には才能がある。今日のステージを糧にして、もっと上を目指せ」

 悟くんは優しく微笑んだが、オレの心は沈んでいった。

「……わかりました。ありがとうございます、悟くん」

 オレは精一杯の笑顔を作って答えた。悟くんと健二くんが去った後、祐介がオレの肩を叩く。

「悠真、気にするなよ。オレたちはまだ始まったばかりだ。悟くんのバンドだって、最初からあんなに上手かったわけじゃない」

「……そうだな。ありがとう、祐介」

 オレは弱々しく笑った。




 ……てな事があって、オレは音楽の厳しさを知った。

 でも同時に、もっと上手くなりたいという強い気持ちが芽生えたのは確かだ。モテモテヤリヤリ人生を送る! という不純な動機だが、動機なんてどうでもいい。

 MCなんてのはヴォーカルの宿命みたいなもんだから、見つからなきゃオレがやらなくちゃならない。英語でやるか? ただ観客は日本人だし、まあ英語混じりでかっこ良くやればいいか。

 問題はギタープレイをしながら歌うことだよな。

 もっと練習しないといけない。いつまでも悟くんに頼るわけにもいかないし……。

 あれ? そんな事考えていると、いつの間にか観客が増えてるぞ。おい祐介……。あ、ダメだこいつ、ベースに夢中になって全く気付いてない。

 えーっと誰だ?

 なんとなくだが、1年ではなさそうだ。

 あれ? 部活は? ああそうか! 中間テストだ。テスト期間中は部活がない。
 
 じゃあオレ達もってなるんだが、もともと学業との両立を条件に許可された軽音部だから、オレも祐介の学年10位以内には入っている。

 だから結果良ければってことで、融通を利かせてもらってる。

 ……それで見に来てんのか。

 そう思って、よく見てみると、なんと女子の先輩たちばかりだ。ほとんど面識はないはずなのに、なんでだ?

「あれ、村上先輩……でしたよね?」

 オレの声に反応して、村上真央先輩が振り返った。2年生で、バレー部のエースとして有名な人だ。確か同じ西小出身のはず。

「きゃー、風間くん!  マジやばかったー!  めっちゃカッコよかったよ!  小学校の時と全然違うじゃん!」

 村上先輩の言葉に、少し戸惑う。……風間、くん?

 そうか、彼女たちの記憶の中では、オレはいじめられっ子のままなんだ。

 村上先輩の後ろには、加藤優子先輩や長谷川美優先輩、小川美咲先輩の姿も。3年生のバレー部のレギュラーたちだ。彼女たちも驚いたような、でも嬉しそうな表情を浮かべている。

 まじで鼻の下が伸びる。みんな可愛い。標準点以上だ(失礼な!)。

「えっと……見てくれてたんですか?  ありがとうございます」

 少し照れくさそうに返事をすると、先輩たちは優しく微笑んだ。

 その時、もう1つのグループから声がかかった。

「ねぇねぇ、あの子が風間くんなの?  超話題の1年生だよね?」

 声の主は伊藤愛先輩と杉山亜美先輩。2年生のバドミントン部の2人組だ。その後ろには、3年生の前田奈央先輩の姿も。南小出身の彼女たちは、オレのことをよく知らないはずだ。

「はい、風間悠真です。よろしくお願いします」

 オレが挨拶すると、伊藤先輩が興味深そうに近づいてきた。

「えー、マジで?  噂の1年生ってこの子?  意外とイケてるじゃん!」

 その言葉に、周りの先輩たちの視線が一斉にオレに集中する。

 少し離れたところでは、田中さくら先輩と野村美月先輩が立っていた。さくら先輩は少し困ったような顔をしているが、美月先輩は興味津々といった様子だ。

 そのすぐ後ろには、松本彩花先輩と川田美咲先輩の姿も。3年生の2人は少し距離を置いて様子を見ている感じだ。

 なんだか妙な空気が流れる中、祐介がようやく顔を上げた。

「おい、悠真。なんだこの状況は……」

 祐介のあきれた顔を見て、オレは苦笑いを浮かべる。
 
 確かにこの状況は少し異常かもしれない。小学校時代のオレを知る先輩たちの驚きと、噂を聞いただけの先輩たちの興味が入り混じっている。

 そんな中、山本先輩が近づいてきた。生徒会副会長で、オレに好意を持ってくれている人だ。キスまでしたことを思い出し、少し赤面する。

「悠真、お疲れ。すっごく良かったよ!  演奏、マジで感動しちゃった」

「山本先輩!  えっと、ありがとうございます」

 慌てて返事をすると、山本先輩は優しく微笑んで近づいてきた。

 オレのドキドキが高まる中、山本先輩はオレの肩に手を回して、体を動かして周りに背を向けるようにする。先輩の髪の香りが鼻から12脳を直撃した。……やばい、○ってきた。

 ぽんっ……。先輩はオレのお腹を叩いた。……つもりなんだろうが、ちょっと下に当たってしまった。

「あひゃい♡」

 素っ頓狂な声がでそうなのを必死でこらえるオレを、ニコニコ笑いながら先輩は見る。心なしか前屈みになったオレを尻目に先輩は言った。

「悠真♡ 頑張って! 生徒会もよろしくね」

「……え?」

 オレはキツネにつままれた様な間抜けな顔をしたが、先輩はウインクしながら去って行った。心臓バクバクを収めようと胸に手を当てながら、山本先輩の後ろ姿を見つめる。

 今のは一体……?

「おい、悠真。大丈夫か?  顔真っ赤だぞ」

 祐介の声で我に返る。そうか、まだみんながいるんだった。

「あ、ああ……大丈夫」

 オレは必死に平静を装った。51歳のオレでもいきなりアレは、ドキッとするさ。ホントに中3なのかよ。

「ねぇねぇ、風間くん。山本先輩と仲良さそうだね?」

 伊藤先輩が興味深そうに聞いてきた。他の先輩たちも好奇心いっぱいの目でこちらを見ている。

「いや、その……生徒会の仕事で少し……」 

「えー!  風間くん、生徒会に入ったの?  すごいじゃん!」

 言葉を濁すオレに、村上先輩が驚いた顔をした。

「いや……うーん、まあ、なんというか」

 オレの言葉を遮るように、伊藤先輩が声を上げる。

「ねえ、せっかくテスト終わったんだし、みんなでシーサイドモールに行かない?」

 その提案に、他の先輩たちも賛同の声をあげる。

「そうだね!  風間くんも一緒に行こうよ」

 村上先輩の誘いに、オレは困惑しながらも祐介を見る。

「お前が行きたいなら行けよ。オレは帰るけど」

 祐介は肩をすくめてそう言って、さっさと荷物をまとめ始めた。

 オレは内心で葛藤していた。51脳としてはこれは複雑な状況だ。まあしかし、モテモテヤリヤリ学生生活なら、別に同級生に限った事じゃない。先輩でもいーや!

 それにみんな可愛いし。

「じゃあ……お言葉に甘えて」

「やったー!」

 先輩たちが歓声を上げる中、オレは下心と理性を戦わせながら彼女たちについていくことにした。学校を出て、オレたちは『五峰シーサイドモール』に向かう。

 ……あ!

 やばい、美咲達に言っとかないとまずいぞ!

「先輩! ちょっと……えーっとそのまま一緒に歩いて行くと、色々とまずいので、モールで待ち合わせしませんか? 国道沿いの正面入り口に2時でどうですか?」

「え? 何がいろいろまずいの?」

 村上先輩が不思議そうな顔をする。オレは頭をかきながら、適当に考えた言い訳を言う。

「あのー、その……クラスメイトとか、ほら……噂とかが立ちそうで……」

「あー、なるほどね!」

 伊藤先輩がニヤッと笑う。

「風間くん、かーわいい♡」

「え? いや……」

「じゃあ2時に正面入り口ね。遅れないでよ?」




 美咲と凪咲なぎさ、純美には急用だと伝えて帰った(振りをした)。




 次回 第38話 (仮)『1年vs.2年と3年』

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