家老

転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

第190話 『飛龍丸献上』

安政二年五月二十九日(1855/7/12)  次郎は松前藩への軍事教練と併せて、共同で北方の警備体制を整えた。 ・久春古丹クシャンコタンのロシア軍陣地を焼却。 ・南樺太のクシャンコタンを大泊と名づけ、整備。 ・択捉島単冠ヒトカップ湾と国後島...
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第189話 『1,500トン級軍艦を買うか造るか』

安政二年四月十四日(1855/5/29) 「寒い! さむいさむいさむい! 無理! むりむりむり!」 次郎は誰もいないところでそう叫び、人がいるところでは心の中で叫びながらプチャーチン一行を大泊まで送り、それから樺太のロシア人開拓港への移送を...
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第188話 『次郎、ロシアへ』

安政二年二月十八日(1855/4/14) 江戸城「何故なにゆえにございましょうや」「控えなされ太田和殿」 次郎は安政東海地震の際の救援活動も人道的に行った。  医療物資の運搬やけが人の治療など諸々である。次郎はそれを誇示するつもりは毛頭なか...
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第183話 『ヘルハルドゥス・ファビウスとSoembing号、そして長崎海軍伝習(所)』

嘉永七年八月二十日(1854/10/11) 長崎 「なんと、これほど日本人の技量が育っているとは……これでは小官が教える事などほとんど無いではありませんか」 幕府はオランダからの働きかけもあり、海軍創設へと動き出した訳であるが、その第一歩が...
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第182話 『四賢侯、山内容堂と島津斉彬』

嘉永七年八月二十日(1854/10/11)  京都「いやほんま、次郎さんの神通力には目を見張るものがありましゃるの。雲龍水に消火器、前もって備えておったからこそ、これだけの災いで済んだのであろうの」 京都の大村藩邸からは一之進肝入りの医師団...
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第181話 『四賢侯、松平春嶽と伊達宗城』

嘉永七年七月二十九日(1854/8/20)  越前福井城「左膳よ、左内からの上書じゃ」 越前福井藩主である松平慶永(春嶽)は改革派の家老岡部左膳に対して、帰郷していた橋本左内からの上書を見せた。 福井藩は慶永が藩主となる前は守旧派である松平...
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第180話 『幕府対松前・大村藩。松前征伐とかならんよね?』

嘉永七年七月五日(1854/7/29) <次郎左衛門> さて、幕府はどうでるかな? 江戸時代の奉行は寺社奉行・勘定奉行・町奉行の三つに分かれていて、そのうち領内の都市部(町方)の行政・司法を担当する役職が町奉行。 幕府以外にも各藩に寺社奉行...
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第177話 『ベッセマー法と風の便り』

嘉永七年四月二十七日(1854/5/23) 大村藩 精煉せいれん方 ※大村藩内、特に科学者同士の会話には現代用語(専門用語)が頻繁に使われます。「全く新しい炉をつくらなければならない」 信之介の言葉に、場がしいん、と静まりかえった。室内に漂...
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第176話 『幕府海軍と通訳と転炉』

■嘉永七年四月一日(1854/4/27) 次郎はあまり幕府のやることに干渉はしたくなかったが(面倒くさいので)、ことこの条約に関しては、日本の未来を左右する重大事なので、大村で黙っている訳にはいかなかった。 純顕は一回目のペリーとの会談のみ...
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第175話 『坂本龍馬との出会いと日米条約再交渉』

嘉永七年二月十日(1854年3月8日) 横浜「突然お伺いしたにも拘かかわらず、お目通り叶い、恐悦至極にございます。まずはその儀、伏して感謝申し上げまする」「う、うむ。苦しゅうない」(やっべ! 思わず声が出てしまった。知るはずのない若者の出現...
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第174話 『黒船再来と坂本龍馬』

嘉永七年二月六日(1854年3月4日) 「Admiral Perry, what in the world are you doing here?(ペリー提督、あなたは一体、ここで何をしているのですか?)」 憮然ぶぜんとした表情で、笑顔ひと...
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第173話『鋼鉄艦とベッセマー転炉。蒸気機関の改良と800トン級2隻建造へ』

嘉永七年一月二十四日(1854年2月21日)  現在の大村藩の造船所の利用状況は、下記の通りである。 零号ドック(ポルトランド・長さ62m幅21.5m深さ6m)……修理用。 壱号ドック(長さ122.5m幅25m深さ8.4m)壱(半分)……至...
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第169話 『次郎を呼べよ』

嘉永六年九月二十四日(1853年10月26日) 「それで讃岐様、琉球はいかなる仕儀に御座いましょうや」「うむ、なんとか大村家中の御助力のお陰で面目を保つ事ができた。然れど以後如何いかが致すかは、よくよく考えねばならぬ」 讃岐とは島津家の一門...
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第168話 『洋上での対プチャーチン。交渉せずとも進言す』

嘉永六年八月二十二日(1853年9月24日) 肥前 外海沖 「Я встречаюсь с вами впервые. Меня зовут Ота Ва Дзиродзаэмон, я главный помощник клана Ому...
天下百年の計?

第714話 『大日本国政府非加盟国の食糧事情』

天正十三年一月二十七日(1584/3/9) 岐阜城「殿、筑前守様(羽柴秀吉)、お越しにございます」「通せ」 岐阜城の謁見の間において秀吉を出迎えた信忠は、諫早で学んでいた頃の面影を残しつつも、為政者としての威厳が備わりつつあった。  信忠は...
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第164話 『幕閣と親書の受領。至善丸へのスクリュー艤装』

嘉永六年五月二十三日(1853年6月29日) 江戸城「なんじゃと! ?」 近習から書状を受け取り、読み上げた老中首座の阿部正弘は驚きの声を上げた。ペリー来航の知らせから城内は緊迫しており、そんな中で、幕閣を驚愕きょうがくさせる出来事があった...
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第163話 『次郎vs.ペリー 日本の事情とアメリカの事情』

嘉永六年五月二十日(1853年6月26日) 浦賀沖 サスケハナ号艦上「これは心強い。よろしくお願いいたす」 栄左衛門はそう言って、純顕と次郎の一行とともに改めてペリーに向き直る。日本側は純顕、次郎、香山栄左衛門の三名で、アメリカ側はペリー・...
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第162話 『サスケハナ艦上にて対峙する』

嘉永六年五月二十日(1853年6月26日) 浦賀沖「提督、奴らはどうするでしょうか」 ブキャナンがペリーに尋ねると、ペリーは葉巻をふかしながら静かに言う。「ふむ。琉球の件があるので慎重に行動しなければならないが、臆することはない。奴らにはこ...
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第161話 『13日早まったペリー来航』

嘉永六年四月二十四日(1853年5月31日) 奄美大島「重畳ちょうじょう重畳。予想通りだ。さすが薩摩隼人、よくやってくれた。これでペリーも強硬な態度は出来ないだろう。琉球でこうなのだから、わが国に対しては対応を和らげてくるはずだ」 就役した...
天下百年の計?

第710話 『琉球国の処遇と港湾インフラ』

天正十二年八月三日(1583/9/18) 新政府庁舎「さて方々、此度こたびの言問に入る前に、此この間あった琉球国との仕儀に付いてお知らせを致したく存ずる」 純正は先日行われた琉球国との交渉の顚末てんまつを報告した。事後報告ではあるが、情報の...
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第159話 『一触即発! 琉球にて』

遡る事嘉永六年二月十九日(1853/3/28)  鹿児島城「おお! これは肥前の宰相、太田和次郎左衛門殿! お会いしとうござった!」 少し|慇懃《いんぎん》無礼気味に見えるが、次郎はそれを感じつつも低姿勢で応対する。「はは。英明なる豊後殿に...
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第157話 『缶詰のその後と技術の波及。』

遡ること嘉永五年九月二十一日(1852/11/2) 精煉方 研究所 早朝の研究所の静けさを破るように、新しい機械が運び込まれた。 佐久間象山はその前に立ち、設計図を片手に満足げに微笑んでいた。その『打抜蓋底』製造機は、打抜き機で作られた円形...
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第156話 『蒸気機関の改善と消火器』

嘉永六年一月十九日(1853/2/26)  次郎は越後の油田の開発を続けていたが、どうしても運上金がネックであった。 石油の産出98石につき米48石(77両)の比率なのだ。これが本来ならいくらになるかというと、臭水くそうず(石油)1石で3....
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第151話 『スクリューと九条幸経』

嘉永五年六月七日(1852/7/23) 大村藩 精煉せいれん方 スクリュー研究室  象山が加硫によるゴムの安定化に成功した事と、潤滑油の開発が終了したことで、スクリュー製造の目処がたってきた。研究室内では実験結果を詳細に記録しながら、象山が...
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第150話 『ソルベー法の完成と九条幸経』

嘉永五年四月二十日(1852/6/7) 肥前大村 精煉せいれん方  高炉の前で、いよいよ実際の装置設置と試験運転が始まった。 緊張感が漂う中、ブルークは真剣な表情で助手たちに向かって指示を出す。全員に決意の表情が浮かび、各自の持ち場につく。...
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第149話 『浦賀と朝廷』(1852/4/20)

嘉永五年三月二日(1852/4/20) 浦賀湊みなと シュッシュッシュッシュッ、ガシャンガシャンガシャンガシャン……。 幕府の命を受けて次郎たちは浦賀湊で停泊し、使者を待っている。湾内には幕府が建造した晨風しんぷう丸をはじめとした小型の洋式...
天下百年の計?

第701話 『氏政と。久しぶりに?純久ぶち切れる』

天正十一年十月二十九日 夜 在京大使館(小佐々事務所)<純正>「ささ、まずは一献」  俺は氏政に酒を勧め、叔父さんは氏規や家老の板部岡江雪斎に勧めている。「忝かたじけのうございます。では、ご返杯を」 氏政も上機嫌で、俺に杯を返してくる。氏政...
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第148話 『江戸と打抜き蓋底の発明(開発)』(1852/4/18)

嘉永五年閏うるう二月二十九日(1852/4/18) 数ヶ月前の夜、仕事を終えた二人はいつもの料亭『川棚屋』で一杯やっていた。 佐久間象山は酒は飲むが、最近は研究所に入り浸りで、それどころではなかった。それでも気晴らしの必要性を感じたので、同...
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第147話 『万次郎の帰国と大阪』(1852/2/29) 

嘉永五年二月十日(1852/2/29) <次郎左衛門>  万次郎さんは年末を待たずに、去年の11月に土佐に帰っていった。  商人同士のやり取りは、乾堂くんと慶ちゃんに任せてはいるんだけど、やっぱり面通しはやったほうがいいらしい。二人ともけっ...
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第146話 『高杉晋作と箱館・横浜・新潟・神戸・長崎』(1852/2/10) 

嘉永五年一月二十一日(1852/2/10) 長州 萩城下   後年、異例の出世を遂げて周布政之助は長州藩の指導者たる立場となるのだが、この時はまだ江戸祐筆ゆうひつ役である椋梨むくなし藤太の添役でしかなかった。 そのため晋作は、最初は江戸にい...
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第145話 『その頃の幕府と各藩』(1852/1/31)

嘉永五年一月十一日(1852/1/31) 江戸城 この頃の幕府と言えば江戸湾の台場構築と、大村藩へ盛んに幕臣を派遣して、技術の吸収に邁進まいしんしているところであった。しかし肝心の財政再建は遅々として進まず、第七台場まで造成予定の台場は、第...
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第144話 『アーク溶接と場所請負商人』(1852/1/11)

嘉永四年十二月二十日(1852/1/11) 精煉れん方 理化学・工学研究所 信之介研究室  信之介は夜も眠らずに研究室にこもっていた。目の前には、数ヶ月かけて組み立てた発電機がある。手のひらで優しく機械をなぞりながら、信之介はこれが次世代の...
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第142話 『商船学校と海軍兵学校』(1851/11/28) 

嘉永四年十一月六日(1851/11/28)  大村藩で最初の洋式帆船の船乗りは、深澤家の漁師である。 14年前に捕鯨衆深澤組の復活を条件に、出島のオランダ商館に入り浸り、洋式帆船の造船術や操船術、航海術を時間をかけながら習得した者達だ。 本...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第695話 『花の大諫早』(1582/2/26)

天正十一年二月四日(1582/2/26) 豊後府内 翌日、一行は駅馬車に乗り、陸路で諫早に向かう事となった。「真まことや(そう言えば)、お主が岐阜に来ることはあっても、わしが赴く事はなかったの。これが初めてではないか?」「然様さようにござい...
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第139話 『蒸気缶と工作機械。台場造成と海軍伝習所』(1851/9/19)

嘉永四年八月二十四日(1851/9/19) この月の17日に、上野俊之丞が亡くなった。陽気で明るく、ムードメーカー的な存在で、年齢を感じさせない気さくな性格は、誰からも好かれていたのだ。  葬儀はしめやかに行われた。上野彦馬は14歳。五教館...
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第138話 『造船計画』(1851/7/30)

嘉永四年七月三日(1851/7/30) <次郎左衛門> 「ああそれから、掘削の人夫は松代の領内の者を使っても良いが、蒸留は絶対に土地の者を雇ってはならぬぞ。絶対にじゃ。越後と出羽の油田も買いあされ」 俺は考えられうる油田を全部買いあさる作戦...
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第137話 『松代藩と松前藩。ソルベイ法とアンモニア』(1851/7/3) 

嘉永四年六月十五日(1851/7/3)  松代城 松代藩領内の浅川油田では調査の結果、油井として産出が認められたのは十八カ所で、産出量の見込みは一つの油井で1日平均1石7斗3升との事であった。精製すれば約三分の一が灯油となる。 そのまま『臭...
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第136話 『ジャスポー銃の完成と金属薬莢への道』(1851/6/15) 

嘉永四年五月十六日(1851/6/15) 大村城下 <次郎左衛門> 万次郎さんには安心してもらいたいので、土佐の幡多郡中ノ浜村にいる家族に手紙を書いた。それから、万次郎さんは日本語の読み書きが出来なかったから、代筆で手紙を何枚も書いてあげた...
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第135話 『大村修理とジョン万次郎』(1851/5/16)

嘉永四年四月十六日(1851/5/16) 大村城下 <次郎左衛門>「なんと! ……これは、なんと様変わりしたものよ……」 殿の出府とあわせて江戸を発った弟君の修理様(大村純熈ひろ・当時は利純)は、嫡男の甲吉郎様が家督を継ぐとなってから、甲吉...
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第134話 『魚油・干鰯の増産と藩士続々』(1851/4/16)

嘉永四年三月十五日(1851/4/16) 江戸城御用部屋 上の間 江戸城には緊張感が漂っていた。 大村藩主純顕あきと家老の次郎が数名の幕閣と対峙じしている。老中首座である阿部正弘が静かに口を開いた。「大村丹後守殿、本日はお越しいただき感謝い...
技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ

第687話 『大阪城その後。東玄甫の健康診断と検疫システムの拡充』(1581/3/11) 

天正十年二月七日(1581/3/11) <純正> 困った……。重要な事。重大な事を思い出した。大阪城だ新政府だと言っていたが、4年後に近畿地方で大地震が発生するんだ。世に言う天正大地震。マグニチュード8以上の超大型地震。 地震が起きれば、当...
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第132話 『薩摩からの手紙。ゴムと隼人と産物方』(1851/2/3) 

嘉永四年一月三日(1851/2/3) 師走の候、丹後守殿(大村純顕)におかれましては益々ご清祥の事とお慶び申し上げ候。※下に超訳あり。 未だ見知らず(会った事もない)、また申し入れず(手紙のやり取りもない)候と雖いえども、先般、御家中が一力...
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第128話 『江戸参府の儀と製茶』(1850/11/2)

遡って嘉永三年三月一日(1850/4/12) 大村政庁「さて、此度こたび皆を呼んだのは、来る九月の江戸参府の儀にて、大いに諮らねばならぬ題目があっての事じゃ。次郎左衛門、よいか」 いつも柔和な純顕あきには珍しく、少し険しい顔をしている。「は...
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第127話 『造船所と新型帆船。一斗缶の開発と一年の空白をどう使う?』(1850/9/14)  

嘉永三年八月九日(1850/9/14)   一昨年に建造を開始した大規模造船ドックが完成した。しかし、来年の蒸気機関とそれを用いた工作機械が到着しなければ近代的な造船はできない。あと1年あるが、それまでこのドックは遊ぶ事になる。 造船ドック...
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第125話 『冷蔵庫の改良とダゲレオタイプかカロタイプか』(1850/6/22) 

嘉永三年五月十三日(1850/6/22) 佐賀城「なに? そんな馬鹿な? そのような物、見た事も聞いた事もないぞ! ……いや、待て。待て、待て……」 佐賀藩主、鍋島直正は考えている。 佐賀藩が今製造して改良中の反射炉を、大村藩ではすでに仕上...
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第124話 『お里の妊娠と缶詰とドラム缶』(1850/5/13)

嘉永三年四月二日(1850/5/13) <次郎左衛門> お里が、妊娠した。 こういう時、男ってどうなんだ? てなくらいなんだかよくわかんなくなる。「何してんの! ジロちゃん! 早く行ってあげて! おさっちゃん、ああ見えて……ああ、もう、早く...
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第123話 『吉田松陰と宮部鼎蔵の大村探訪記とスクリューと潤滑油とゴムの話』(1850/4/2) 

嘉永三年二月二十日(1850/4/2)  川棚「な、なんじゃあこれは」「石か? 石積みの家に、どこからかわからぬが、がしゃんがしゃんと音が聞こえる」 前日、平戸藩城下で一泊した後、紹介状を携えて二人は南へ向かい、そこで遭遇したのだ。 城下町...
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第122話 『吉田松陰、平戸から大村へ。鋼板切断機、ロール成形機、溶接機、プレス機、運搬機器の開発』

嘉永三年二月十九日(1850/4/1) 「初めて御意を得ます。長州より参りました、毛利家中、吉田寅次郎と申します」 松陰は長州藩主毛利敬親の命を受け、平戸藩への遊学と、一年間の長崎を含めた西国見聞の旅の最中であった。まず平戸藩主に挨拶をし、...
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第121話 『セメントの続きと臭水樽揮発問題』(1850/2/19) 

嘉永三年一月八日(1850/2/19) 大村藩政庁「高炉セメント?」 全員が信之介の方をむいて会議が中断し、その高炉セメントとはなんぞや? という話になってしまい議論が何日も続いている。次郎が予測、というか史実で発生するコレラは1858年。...
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第120話 『勝海舟と大村城下の下水道整備計画』(1850/1/8) 

嘉永二年十一月二十五日(1850/1/8) <次郎左衛門> さて、確かこの頃の勝海舟は、どこだっけ? 本所から赤坂田町に移ってる頃だったかな。「御免候!」「はいよ。どなたかな?」「勝麟太郎殿にござろうか。それがし、肥前大村家中、家老の太田和...