第35話 『工作機械の完成は8ヶ月後です』『話にならん。タイムイズマネーだ、地球で買い物してくる』

 王国暦1047年12月11日(火)16:00 = 地球暦 2025年09月07日(土)23:39:25 <田中健太(ケント)>

「はあ……。みんな、まずはお疲れ様! これでひとまずは安全だろう」

 オレが切り出すと、みんなの顔から少しだけ力が抜けた。

「ケントが一番大変だったんじゃない?」

 エリカが気遣って言ったが、まだ不安を感じているようだ。

「ああ、確かに100%安全じゃない。でもこれで時間と金が手に入ったんだ。早速、今後の計画を具体的に詰めよう」

 オレはテーブルの上にを広げて計画の概要を書き出していく。

「総資金は金貨7,000枚。『科学防衛都市』の建設費が概算で4,000枚。これを差し引いても、手元には3,000枚残る。当面の運転資金としては十分すぎる額だ」

 全員がゴクリと喉を鳴らした。

 金貨3,000枚は庶民が一生かかっても手にできない大金らしい。

 オレはピンとこないが、レイナはもちろんマルクスやエリカ、ルナまでビビっている。

「石けん事業は順調だな。エリカの無料治療のおかげで『白石けん』の評判はうなぎ登りだ。レイナ、今後の見通しは?」

「ええ。この勢いなら数日のうちには生産が追いつかなくなる。増産体制を整える必要があるわ。それと『翠石けん』の件だけど……」

 レイナが商人ギルドマスターのゲルハルトの名前を出すと、エリカとルナは少し顔をしかめた。

「確かにアイツと交渉するのは気が進まないけど、富裕層への販路を確保するためには避けて通れないだろ? それに焦る必要はないさ。こっちが優位な状況を作ってから、ゆっくり交渉すればいい」

 オレは2人を安心させるように言った。

 商人ギルドマスターのゲルハルトはギルマスである前に商会の会長でもある。

 やり手だが敵も多いんだ。

 利権をチラつかせれば第2第3の商会が名乗りを上げてくる。

 それまで待てばいい。

「石けん事業と、これから始める蒸留酒事業は安定した収益源にするためだ。最優先事項は別にある」

 オレは紙に大きく『自衛力確保』と書いた。 

「……銃だよ。ヤツらが約束を破るかもしれないし、オレたちはいつも一緒にいるわけじゃない。スタンガンみたいに、最低でも護身用の銃は必要じゃないか?」

 みんなが真剣になってオレに注目する。

「マルクス、現段階で工作機械の完成はどのくらいだろう? それによって銃の完成時期がかわってくるぞ」

 マルクスは腕を組んで工房の隅に置かれた発電機に目をやった。

「ケントの設計と、この前地球から持ち込んだ工具のおかげで技術的な問題はないと思う。アポロの鋼材だって問題なく加工できるし。でも時間はかかるな。発電機が1台しかないから、旋盤を作って、その旋盤で次の機械の部品を削り出す流れになるよね。特にベアリングみたいな精密部品をゼロから作るのはきっついぞ」

「で、結局どのくらいだ?」

「どう急いでも8か月はかかるかな」

 マルクスは冷静だ。

「……だろうな。オレもそう思う。オレたち2人がそう思うんなら間違いないか。……で、オレは考えていたんだけど、次の日の出にもう1回地球に戻ろうと思う」

 マルクス・エリカ・ルナを見た後に、最後にレイナを見た。

 彼女にとって地球は未知の世界。

 でも不安や心配はないようだ。オレを全面的に信用してくれているし、トムとアンは子どもらしく好奇心旺盛だからな。

 心配はない。

 本当にいい家族だ。

「なるほど! 時間短縮のための追加調達か。狙いはベアリングと、並行作業用の追加の発電機とモーターだな?」

 マルクスはすぐに合点がいったという顔でうなずいた。

「その通り。キーパーツの製作工程を完全に省略する。そうすれば全工程を8か月から3か月に短縮できるはずだ」

 オレはみんなの顔を見渡してはっきりと言い切った。

 これがオレたちの安全を確保する唯一の手段なんだ。

 エリカもルナも、計画の効率性を理解して静かにうなずいている。

「じゃあ、地球時間の日出までざっくり1か月あるけど、それまでどうする?」

「時間を無駄にするつもりはない。この1か月は、地球の部品がなくても進められる作業に集中する」

 オレはマルクスの問いに即答した。

 まずは工作機械の土台となるベッド部分の鋳造だ。数百キロの鉄塊を溶かして型に流し込む大仕事で、これは異世界の技術でも、マルクスの指揮があれば十分に進められる。

 一番時間がかかる工程を先に片付けておくんだ。

「マルクス、旋盤とフライス盤のベッドを頼む。オレはその間に、持ち帰るベアリングやモーターの規格に合わせて、詳細設計を完璧に仕上げる。部品が届けばすぐに組み立てられる状態まで準備を進めるんだ」

 オレが指示を出すと全員の表情が引き締まった。

 やるべきことが明確になって工房に再び活気が戻り始める。

「ケント、私は何をすればいいの?」

 とエリカ。

「私は火薬と雷こうの続き?」

 これはルナだ。

「私は……みんなの手伝いね」

 年齢はルナより上だがエリカより年下のレイナが一番落ち着いて見える。

「ねえお父さん! アンは~?」

「親方! 僕は何をすればいいんですか?」

 アンもトムも何かの役に立ちたくてうずうずしていた。

 ■王国暦1048年1月14日(月)12:36:00= 地球暦 2025年09月08日(日)05:18:00 <田中健太(ケント)>

 オレたちはすべての準備を終えて祠のドアの前に立っている。

 全員を見回して、うん、とうなずいてドアをあけた。

 まばゆいばかりの光がうっそうとした森に差し込む。

「さあ! 行こう!」

 オレの号令と一緒にみんなが次々に部屋に入っていった。

「はああ……。やっぱりここは地球なんだな」

 全員がベータ宇宙(異世界)から地球へ戻って(来て)、リビングに集合した途端にマルクスが声をあげた。

「ああ、地球だ」

 未だに信じられないし、論理もクソもないが、起こっていること全部が現実だ。

「ふう……みんな、やることはたくさんあるけど、まずは腹ごしらえしないか?」

「あー、そうだな、腹減った! で、何食うんだ?」

 マルクスが即答した。

 ……そう言われると、そうだな。

 さて。

 店に行く時間も惜しい。

 オレはスマホを取り出した。

「デリバリーでいいんじゃない?」

 エリカの発言に、ルナがうんうん、とうなずいている。

「そうだな……じゃあSuper Eats(スーパー・イーツ)でいいか? まあ何でもあるだろ?」

 正直オレはあんまり使ったことがなかった。

 だけど子どもいるし、無難なところだ。
 
「でりばりー?」

 アンが不思議そうに首を傾げた。

 スマホ(PC)で注文すれば、店の人がここまで食事を届けてくれる便利な仕組みだって。

 異世界では考えられないシステムに、トムもアンも目を丸くしている。レイナも感心したようにうなずいた。

 マルクスは即座に「カツ丼大盛り!」と叫んだ。

 エリカとルナは顔を見合わせて、相談してピザのメニューを指差す。

 レイナはトムとアンと一緒に画面を覗き込んで、『お子様セット』のハンバーグの写真に目を輝かせるアンに微笑んでいる。

 トムは少し照れているようだったけど、結局は同じものを頼んだ。

 オレは、シンプルに牛丼を頼んだ。

 会社に行って早期退職金の申込みと、今の社宅マンションの購入申し込みをしなくちゃならない。

 同期で取締役人事部長の須藤に会いたくはないが、背に腹は変えられない。

 状況が変わったんだ。

 退職金の減額……確か総額1億1千万とか言ってたな……。

 1億程度で承諾すれば、ヤツの人事考査にもプラスに働くだろう。なんせオレは、会社に多大な貢献をしたけど社内の権力闘争のあおりを受けて左遷されたんだからな。

 こうなった以上、オレをそうしたクソ上層部に未練はないが、そのクソ上層部の受けも良くなるだろう。

 ヤツにとってはいい条件のはず。

 あとは……医療機器だな。

 エリカの同期、山城院長がどう動くか。

 次回予告 第36話 『地球での交渉戦』

 銃製造計画を開始したケントたちだが、工作機械の完成に8ヶ月を要することが判明。

 時間的リスクを回避するため、ケントは製造期間を3ヶ月に短縮するキーパーツ調達を決意し、再び地球へ戻る。

 約1ヶ月の準備期間を経て地球に到着した一行は、これから始まる交渉を前に、まずはデリバリーで腹ごしらえをすることにした。

 次回、前回放置する形となった山城院長との医療品の交渉となる。会社との退職金交渉やマンション購入、同期が経営する警備会社へとやることは山積みであった。

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