第28話 『商人ギルドとミニ科学都市』

 王国暦 1047年12月02日(日)16:00 = 2025年09月07日 22:09:25 商業ギルド <エリカ・ハーブマン>

 王都の中央広場に面して、重厚な石造りの建物が並ぶ一角がある。

 その中でもひときわ大きく、多くの人々が出入りするのが商人ギルドの本部。私とレイナは、固く閉ざされた扉の前で一度深呼吸した。

「それじゃあ、行こうか」

「はい、エリカさん」

 私は28歳で彼女は26歳。

 2歳違いで最初は遠慮してレイナさんって呼んでいたけど、歳上なんだからって理由で、いつの間にかお姉さんキャラになってしまった。

 うーん、人生経験的には結婚しているあなたの方が、どっちかっていうとお姉さんじゃない?

 私の言葉に、彼女はふふふっと笑みを浮かべてうなずく。

 2人で扉を押し開けると、多くの商人たちの熱気とにぎわいが私たちを迎えた。

 発注用紙を片手に声を張り上げる人や、カウンターで金貨の枚数を確かめる人。活気はあるけど、何となーくよそ者には冷たい空気が満ちている。




 受付で用件を告げると、奥の簡素な応接室に通された。

 しばらくして、体格のいい初老の男が部屋に入ってくる。ギルドマスターのゲルハルトだ。彼は値踏みするみたいな鋭い目で、私とレイナを上から下まで眺めている。

 何だか目つきがエロい。

 ……いや、気のせいかな。

「用件は何かな。見たところ商人っぽくはないが、うちのギルドに登録したいのかね?」

「いいえ、今日は新しい商品を扱っていただけないか、ご相談に上がりました」

 私は落ち着いた声で答えると、持参した布袋から丁寧に包んだ品物を取り出す。1つは乳白色の固形物。もう1つは、ガラス瓶に入った透明な液体だ。

「ほう、新しい商品だって?」

 ゲルハルトは興味深そうに眉を上げる。

「これは『石けん』。こっちが『消毒薬』です」

 地球から自分たち用に持ってきた乳乳石けんだ。

「石けんだって! ? 見せてみなさい」

 彼は驚いて私から奪うようにして石けんをジロジロ見ている。

「何だあんたら? この大きさだと8~9KLot(カイザーロット・80~90グラム)くらいじゃないか……。それにこの匂い……固まってるってことは……牛脂の石けんじゃないな。オリーブオイルに何か混ぜてるのか……。とにかく1KFp(カイザープフント・1キロ)で屋根職人の日当2~3日分の高級品を、なんであんたらみたいな素人が持っているんだ?」

 え? えーっと……。

 まずい、考えてなかった。

「実は、主人がギルドの仕事で南方商業都市連合に行ったときにおみやげで買ってきたんです。すごくいい香りだから、ここでも作れないかな……と」

 さすがレイナ!

 やっぱりあんたの方が姉さんだよ!

 とっさの機転に思わず心の中で拍手を送った。

 南方商業都市連合なんて、ケントが話していたのを覚えていたのかな。私がしどろもどろになっている間に、もっともらしい言い訳を組み立てるなんて、大したもんだ。

 ゲルハルト……って言ったかな。

 彼はレイナの言葉を聞くと、石けんの匂いをもう一度確かめて、探るような目でじっと彼女を見つめ返した。その太い指が、机の上でとん、と軽く音を立てる。

「ほう……南方の。それならこれほどの品質でもおかしくはない。だが……作るだって? あんたたちみたいな素人が、南方でも熟練の職人しか作っておらん石けんを作るとはね……」

 バカにしているというよりも、あきれているようだ。

 まさに、何言ってんの? って感じなんだろう。

「あ、あはははは……。まあ、何ていうか、その……。作れるかどうかは別にして、広場の露店でも売れちゃったりするのかなあ……なんて。ほら、こういうのって許可が要りそうじゃないですか」

 私は笑ってごまかした。

 法外な権利料を払わなくちゃならないなら、商売なんてそもそも無理だ。

「……まあ、特別な許可は要らんよ。大店で大々的に売るんじゃなければな(売れるとは思わんが)。石けんに限らず、何でも同じだ」

「ああ! そーなんですね! わっかりましたあ!」

 いつの間にか私の口調が変わってしまっているけど、要するにショバ代(死語? ヤクザ映画の見すぎかな?)? 払えばいいってことよね。

「それなら話は早いですね! その場所代、おいくらなんですか? できれば市場の隅っこで、お安くお願いしたいんですけど」

 私の馴れ馴れしい口調に、ゲルハルトは大きなため息をついた。

 値踏みするみたいな目は変わらないけど、事務的な口調で答える。

「ふーん、本気でやるつもりか。市場の区画は広さで決まっておる。1番小さい区画で、1日銀貨一枚だ。前払いでな。払えるのかね、あんたたちに」

 銀貨一枚……。

 たしかケントの話だと、腕利きの雇い兵の日当が1.6シール(銀貨1.6枚)くらいだったはず。

 命がけで戦う人の日当の半分以上を、ただの場所代で要求するわけね。

 足元を見ているのか、これが相場なのかは分からない。

 でも、ここで払えない素振りを見せたら、この話は終わりになっちゃうだろうな。

 私たちの目的はまず市場に足がかりを作ること。初期投資としては、覚悟するしかない金額だと思う。

「はいはい! 払います、払います! それで、いつから始めても大丈夫なんですか?」

 私が二つ返事で快諾すると、ゲルハルトはわずかに眉を上げた。

 金払いのいい変な素人。

 彼の目には私たちがそう映っているに違いない。

 でもそれでいい。

 後で10倍も100倍も売ってやる。

 あとはこっちの原料で作れるとは思うけど、採算が合うかだよね。

 最悪地球から持ってきたもので作ろう。

 さすがに乳乳石けんそのまま売ったら再現性の問題あるかな?

 まあいいか。

 深く考えるのはやめよう。




 ■王国暦 1047年12月02日(日)18:00 = 2025年09月07日 22:10:15 ケント自宅<田中健太>

 オレとマルクスの工房は完成したし、ルナの研究室も実験と並行して移設中だ。

 エリカの診療所もその予定で、臨時に隣の空き家も借りた。

 あとは、エリカとレイナが進めている金策がどうなるかだ……。

 いくら技術があっても、活動資金がなければ何も始まらない。そろそろ2人が商人ギルドから帰ってくる頃だろう。

 あの2人がどんな結果を持ち帰るか。今後の計画の全ては、そこにかかっている。

「ただいま~」

「おう! お帰り! どうだった?」

「え? うーん、まあ……それよりケント、みんなに発表があるんでしょ?」

 何だその歯切れの悪い返事は。

 色っぽいお姉さんタイプかと思ったら、ときどきキャラが分からん。

 ……何かうまくいかなかったのか。まあいい、お前の言うとおりだ。

「そうだな。よし、マルクスとルナも呼んでくれ。全員に大事な話がある」

 ギルドの話は、後でゆっくり聞かせてもらうからな。

 オレはリビングに全員がそろったのを確認すると、数枚をつなぎ合わせた大きな紙を、テーブルの上に広げた。

 描かれているのはこの家の設計図じゃない。

 もっと大きな、ちょっとした砦に似た、基地風の設計図だ。

「ケント……これは一体何だ? 家の増築なんてもんじゃねえぞ」

 その言葉を待っていた。

 時間もかかるし、金も手間暇もかかるだろうけど、これがオレたちの生き残る唯一の道だと信じている。

「ああ。これは、ただの家じゃない。オレたちの新しい拠点、オレたちの未来そのものだ」

 オレは全員の顔を順番に見回してから、宣言した。




「今から、オレたちの『ミニ科学都市』建設計画を説明する」




 次回予告 第29話 『壮大なる挑戦の始まり』

 金策のため商人ギルドへ向かったエリカとレイナ。

 石けんが高級品と判明し窮地に陥るも、市場での試験販売の許可を得る。

 一方、帰宅した2人を待っていたのはケントからの驚くべき発表だった。

 これは逃亡ではない、反撃の狼煙だ!

 王都を捨て、森に築くのは科学の砦(サイエンス・フォートレス)。

 石けん製造と銃の製造&マナ解読。

 資金獲得と同時進行で進める戦いが始まる!

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