第27話 『魔法(ハッタリ)は鋼(リアル)に勝てず』

 王国暦 1047年12月02日(日)15:00 = 2025年09月07日 22:09:00 自宅 <田中健太>

 アポロと名乗る男は、穏やかな口調で言った。

 その表情からは敵意を感じないが、オレは警戒を解かなかった。

 魔法省の人間である事実に変わりはないし、目的が分からない。

「興味だって? お前の仲間に殺されかけたんだぞ!」

 思わず声が荒くなる。

 工房を襲撃されたあの日の光景がよみがえって、はらわたが煮えくり返る思いだった。

 後ろではマルクスが、いつでも飛び出せるように身構えている気配がする。

 しかし、アポロは無表情でオレの言葉を受け止めた。

「もちろん覚えている。だからこそ、僕はここにいる」

 彼は落ち着いた様子で続けた。

「大臣セレスティアのやり方には、僕も賛同できない。彼女は力を妄信し、理解できないものをただ排除しようとするだけだ」

 アポロの視線がオレの後ろに向けられているのに気づいた。

 振り返ると、納屋の壁に貼った設計図を見つめている。何かを探る意図を感じた。

「何見てんだ!」

 マルクスが視線をさえぎって隠す。

 その行動をアポロは意に介さない。彼は目線を壁からオレに戻した。

「僕は違う。未知の技術、未知の知識こそが世界を発展させると信じている」

 声には妙な熱がこもっていた。

 こいつは本気で言っているのかもしれない……だが、まだ信用はできない。

「中を見せてもらえないだろうか。君たちが何をしようとしているのか、この目で確かめたい」

 アポロは真っ直ぐにオレの目を見て言った。純粋な探究心に感じるが……。

「信用できないね。お前らは魔法至上主義だろう? オレたちを見下してる。お前が言っていることが本当なら、魔法省に居場所はないはずだろう?」

「……お前お前って、まず、できればアポロと呼んでくれないか」

「……分かった。アポロ、どうなんだ?」

 オレの質問に彼は少しだけ口の端を上げた。

「君の言うとおり、僕の考えは主流ではない。だが、魔法省の全てがセレスティアと同じ考えではないのだよ。水面下では彼女のやり方に反発する者も少なくない」

 魔法省が一枚岩じゃない?

 もし本当なら、オレたちにとって重要な情報だった。

 だとすれば、こいつの話には聞く価値がある。

「だからこそ、君たちと協力関係を結びたいと考えている」

「協力?」

 話がうますぎる。

 あまりに突拍子もない提案に、オレは思わず聞き返した。

 魔法省の人間が自分たちに協力を求めてくるなんて、真意が全く読めない。

「そうだ。僕は君たちの技術に興味がある。特に、この世界にない物質を生み出す方法を知りたい」

 何だって?

 この世にない物質?

「言っている意味が分からない。オレたちはただの精密加工技師と金属加工技師だ。さあ、帰ってくれ」

 人工的に硝石を作って火薬と雷こうを製造しているなんて、知るはずがない。

「どうしてもダメかい?」

「あのなあ、納得したとしても、お前……アポロ、君が魔法を使ってオレたちに危害を加えない保証があるか?」

 アポロは少し考え込んだ後、懐から小さな金属製の円盤を取り出した。

「これを君に渡そう。魔法省内部で使われている通信具だ。もし僕が君たちに危害を加えようとしたら、この円盤が赤く光る仕組みになっている」

 オレはその円盤を受け取りながら、半信半疑だった。魔法の道具なんて、どんな仕組みで動いているのか全く分からない。

 魔法検知器兼通信機みたいなもんか?

「本当にそんな機能があるのか?」

「試してみるかい?」

  アポロは右手を軽く上げると、小さな光の玉を作り出した。すると円盤が確かに赤く光る。

「攻撃魔法を発動させると反応する。これで少しは安心してもらえるだろうか」

 光の玉が消えると同時に、円盤の光も消えた。なるほど、確かにこれなら魔法を使おうとした瞬間に分かる。

「分かった。それなら話を聞こう」

 ……よく考えたら、もし魔法を使って攻撃するなら、今やっているはずだ。

 オレはマルクスに合図して、LRADを準備させた。

「何だい、それは」

「……あんたの円盤みたいなもんだ」

 完全な嘘だ。

 不審な行動をすれば発動させる。

 鼓膜が破れるだろう。




「さて、じゃあ用件を聞こうか」

 オレはアポロを居間に案内して座らせた。

 彼は椅子に腰掛けると改めてオレに向き直った。その目は真剣そのものだ。

「単刀直入に言おう。僕は、君たちが持つ未知の技術体系に強い興味がある。特に、あの煙幕のような人工的な化合物を安定して生み出す方法、その供給ルートをこの世界で探している」

 やっぱりか。

「見返りとして、僕が持つ情報を提供しよう」

 アポロはそう言って、人差し指を一本立てた。

「例えば、魔法省内のセレスティア派の動向。あるいは、古代文献に記された、まだ発見されていない鉱物資源の在り処など、どうだろうか」

 うーん。

 今のオレたちに必要か?

 別に魔法省内の動向なんていらないし、未発見の鉱物資源は今のところいらない。

 オレはマルクスと話をした。

 どうやら同じ考えだ。

「話は分かった。でもあまりメリットを感じない。……だから、もう話すことはないかな」

 オレが話を打ち切ろうとすると、アポロは初めて少し意外そうな顔をした。

 だが、すぐに落ち着きを取り戻して口を開く。

「メリットがない……か。では、取引の条件を変えよう」

 アポロはそう言うと、視線を納屋の方へ向けた。

「君は『精密加工技師』だと名乗ったな。魔法省に襲われた君たちには、身を守る手段が必要なはずだ。先ほど扉が開いた一瞬、納屋の壁に貼られた図面がいくつか見えた。あれは農具や馬車を作るためのものではないだろう? 多数の歯車や軸らしき部品……何かを高速で回転させ、硬いものを精密に削り出すための機械、と僕は推測したが、違うかな?」

 その言葉に、オレは背筋が凍るのを感じた。

 扉が開いていたのはほんの一瞬だったはずだ。

 それだけで、あの複雑な設計図から機械の用途まで見抜いたのか。魔導研究院長という肩書は、伊達じゃないらしい。

「それに、その機械が目的ではないはずだ。あれは何かを作るための『道具』にすぎない」

 アポロは畳み掛けるように続けた。

「より精密で、強力な何かを。例えば、魔法に対抗できる『武器』を。そのために必要な高硬度の鋼材や特殊な合金は、民間人が易々と手に入れられるものではない。僕なら融通できると言ったらどうする?」

 完全にオレたちの考えを読まれている……けど。

「ひょっとして鋼のことを言っているのか?」

「鋼、という表現は少し違うな」

 アポロは静かに首を振った。

「魔力を帯びた特定の鉱石からのみ精錬される特殊な合金だ。鋼を遥かにしのぐ強度とねばり強さを併せ持つ。当然、魔法省や王宮騎士団でもごく一部しか使われていない代物だよ」

 オレたちは顔を見合わせた。

 笑いを我慢するのに必死だ。

「……はあはあ……。じゃあいらない。オレたちは魔法も使えないし、そんな金属があっても加工できないしな」

「ああ」

「え?」

 何だろう……。

 さっきまでアポロは余裕をかましてたのに、オレたちが全く魅力を感じてないと思ったんだろうね。

 実際そうだけど。

 魔力・魔法・魔石……。

 そういう響きにオレたちが全く興味がないから、焦っているように見える。

 自信満々だった切り札を、あっさりといらないと断られるとは夢にも思っていなかったのだろうな。

 オレたちの反応が、ヤツの計算を大きく狂わせたのが見て取れた。

「いや、加工については僕の研究機関で協力できる。それに、この合金の価値を君たちは理解して……」

「だから、いらないって言ってるだろ」

 オレはアポロの言葉をさえぎった。

「オレたちのやり方は、自分たちの手で扱える材料を、自分たちで作った機械で加工することだ。正体不明の魔法の金属をどうやって削るんだ? 貰っても置物にするしかない」

 隣でマルクスもうなずいている。

 こいつの焦る顔は、なかなか面白い。

 オレたちの反応がよほど予想外だったのだろうな。

 アポロは一瞬言葉に詰まったようだった。ヤツの知性や価値観では、オレたちの反応は理解の範ちゅうを超えているに違いない。その動揺がわずかに表情に出ていた。

「じゃあ、用件はそれだけか? こっちもやることがあるんでね」

 オレは立ち上がって、そろそろお引き取り願おうかと退室を促した。

 これ以上手の内を探られるのはごめんだ。

「待ってくれ。取引はまだ終わっていない」

 アポロは慌てたように言った。

「……君たちの価値観を、僕が見誤っていたようだ。では、こうしよう。まずは君たちが必要としているであろう、ごく普通の、しかし高品質な鋼を僕が用意する。無償でだ。それを見てから、僕と取引する価値があるか判断してくれていい」




「まあ、好きにしてくれていいよ。条件をのむかどうかは、また考えるからな」

 隣でマルクスがくくく、と笑っていた。




 ■商人ギルド

「何だって? 石けんを売りたい? ……しょうどく、えき?」




 次回予告 第28話 『商人ギルドとミニ科学都市』

 魔導研究院長アポロはケントたちの未知の技術との協力を持ちかけるが、ケントとマルクスは「魔法の金属など扱えない」とその提案を一蹴する。

 取引の第一歩として、まず高品質な「普通の鋼材」を無償で提供させる約束を取り付ける。

 次回、アポロの行動は? 一方、金策の活路を求め商人ギルドの門を叩いたエリカとレイナ。ギルドマスターの反応は?

 ケントが全員に明かす驚くべき計画。

 それは森を切り拓き、科学の全てを結集した新たな拠点をゼロから建設するという、あまりにも壮大な挑戦だった!

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