第15話 『儲らない? 三人寄れば文殊の知恵』

 1590年8月23日 オランダ ライデン

「おー、良いねえ良いねえ。まさに中二病だよ。ん、なんだ? こういうのを中二病って言うんじゃないのか?」

 大学を出て川沿いをしばらく歩くと、森の入り口に朽ちかけた廃屋がある。

 その扉には、誰にも解読できない奇妙な暗号が刻まれていた。




『運命のコンパス』

 コンパス・オブ・ディスティニー。




 日本語だ。

 おそらく、いや、間違いなく誰も読めない魔法の文字だ。

 基地(小屋)の中には、中二病を刺激するアイテムが無数にそろっている。

 蒸留器・乳鉢・乳棒……フレデリック用

 人体解剖図・薬品の化学式・医学系……オットー用

 その他もろもろ、である。

「え、ああ、うん。まあ……」

 フレデリックとオットーは、顔を真っ赤にしている。

 中村健一はシャルル・ド・モンモランシー(68歳+40歳=108歳)、菊池大輔はオットー・ヘウルニウス(36歳+12歳=48歳)。

 伊藤英太郎は、フレデリック・ヘンドリック(51歳+6歳)。

 三人はあれ以来、今後のオランダについて話し合うために時間を見つけては会議を重ねている。オットーは学生とはいえ、まだ子供だ。

 フレデリックは、時間に関してほぼ自由な状況にある。

 シャルルだけが時間に制約があったが、それでも適当な理由を見つけては来ている。

「さて、私は転生してからかなりの時間がたったが、正直なところ、何もしてこなかった。この時代に生まれ、この時代を生きる一人の貴族として、やるべきことはやってきた。しかし、これからは違う」

 シャルルは軍人の家系に生まれた貴族である。

 ネーデルラント総督の補佐としての職務に加え、フレデリックとオットーと共にオランダを変革すると誓ったのだ。

「私は前世で農業バカだったが、今世ではその知識を生かして皆を豊かにして、ゆくゆくはオランダをも豊かにしたい。二人も同じ気持ちじゃないか?」

 シャルルの言葉には不思議な自信が漂っている。

 何でだろう、大人が一人加わるだけで、こんなにも雰囲気が変わるものなのか。

 フレドリックは、そう感じずにはいられない。

「もちろんです。ですから昨年転生してから兄上にお願いして、今できること、つまり富国強兵の提案をしているんです」

「具体的にはどんな?」

 フレデリックは、オットーに話していた内容を補足し、最新の情報を加えてから話し始める。

「まず、何をするにもお金がかかるから、お金もうけの方法を考えました」

 オットーは横で静かに耳を傾けている。




 ・ジャガイモの栽培

 ・き船運河ネットワーク

 ・ポルトガル式帆装改良計画

 ・穀物先物取引市場

 ・亜鉛板防火屋根の義務化

 ・海上保険組合創設

 ・大学附属病院設立

 ・煙突掃除人ギルド

 ・運河沿いの風車地帯




「よく分からんが、金になるのか? これ。ずいぶんと初期投資も要りそうだが。いや、ジャガイモはいいな。金もうけというよりも、食料自給率が上がる。主食が小麦からジャガイモに移れば、小麦の価格も下がるし、飢饉ききん対策にもなる。オランダの気候にもぴったりだ」

「でしょ? これは最初に考えたんだ。やっと見つけて、クルシウス教授にお願いして、少しずつ栽培面積を広げているところなんです」

 なぜだ?

 中身は51歳のおっさんなのに、なぜか6歳の言葉遣いになってしまうから不思議だ。

 徐々にマウリッツに対する態度と同じになっていくのだろうが、今は間違いなく6歳児と40歳の男性の会話である。

「よし、そこは私も協力できると思うぞ。北海道はジャガイモの大産地だからな。やっと教授が言っていた意味が理解できた」

「え? それ何?」

「いや、表向きは貴族だが、私は実際は農学者だからね。大学で農学を探してみたら、農学はなくて医学部の中に植物学があった。まだまだいろんな分野が細分化されていない時代なんだな。そこで出会った教授がフレデリック、君の話をしていたんだよ。神童だってね」

「いやあ、それほどでも……」

 フレデリックがデレッとしていると、オットーがくぎをさす。

「いや、お前が神童ならオレだって神童だし、シャルルさんだって神大人だぞ。それよりもお前の計画だけど、まず砂糖と塩、それから石けんとロウソクはどうするつもりなんだ?」

 ジャガイモのプロジェクトは順調に進行したが、四つの提案はまだ四月に出したばかりだ。まずは小規模から始めることが決まっている。

「それは前に話したとおりちょっとずつ。砂糖はまずテンサイを10アール。塩は1ヘクタールの流下式塩田をつくる。石けんは魚油を使って、フランス産の酸性白土で精製して作る。ロウソクも同じだな。でも石けんとロウソクは同じ原料だから、調整しながらだね」

「テンサイ?」

 シャルルの目がキラキラと輝いた。

「うん、オランダはブラジルはもちろん、カナリア諸島やマディラ、地中海にも植民地を持っていないでしょ。だから、サトウキビ以外にテンサイって植物を思い出したんだ。えーっと、ビーツ? こっちでは今飼料用らしいけど。それを栽培して煮詰めれば砂糖が作れるんですよね」

 農学教授であり、実家でテンサイの栽培をしていたシャルルにとっては得意分野だ。

「そうか! じゃあジャガイモだけじゃなく、テンサイでも力になれそうだね。ちなみに10アールでどのくらいを見込んでいるんだい?」

「えっとね……だいたい1,600kgくらい」

「え?」

「え? 何、どうしたの?」

 シャルルは真剣な表情を浮かべている。




「何を根拠に出した数字か分からんが、そんなに多くは採れんよ」

「え?」




 次回予告 第16話 『利益の下方修正と伝染病』

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