第68話 『青い眼の金髪少年』

 1986年(昭和61年)3月29日(土) 20:30

 19時開演のライブはすでに半分が終わり、20時を過ぎていた。

「”Nice gig! You’re missing one though.”(いいライブだった。でも1人足りないな)」

「”What?”(なんだって?)」

 悠真たちに声をかけたのは、イラストつきバンドTシャツの少年だった。黒地にOzzy Osbourne『The Ultimate Sin』と書かれていて、ミリタリーカーゴパンツにバンダナを巻いている。

 いかにもバンド少年って感じだ。佐世保の米兵の子供だろう。

 ハードロック×ミリタリー。

「”I’m saying we’re missing one. Your band was good, but one piece is missing.”」

(一人足りないって言っているんだ。お前らのバンドは良かったけど、ピースがひとつ欠けているんだよ)

「”Huh? What are you talking about, are you trying to pick a fight?”」

(は? 何言ってんだお前、ケンカ売ってんのか?)

 悠真がそれを聞いて腰を上げ、少年の方へ向かおうとすると祐介が止めた。

「待て悠真。何かが足りないってありがたい指摘だろ? 満足しちゃいけねえ。オレたちはもっと高みに登っていくんだから。それに外人? 外国人……本場の人間の意見を聞けるってそうそうないぞ」

 祐介の言葉に悠真は少し落ち着きを取り戻した。確かに、本場のハードロックファンからの意見は貴重かもしれない。

「そうだな。じゃあ、聞いてみるか」

 悠真は少年に向き直って話しかける。

「”Okay, what do you mean by ‘missing one’? We’re a four-piece band.”」

(OK! ひとつ足りないってどういうことだ? オレたちは四人組バンドだぜ)

「”That’s not what I meant.”(そういう意味じゃない)」

 少年は笑みを浮かべながら答えた。

「”You guys are good, really good. But you need a another  guiterist. That’ll complete your sound.Wait a minute, it’s hard to hear you, so I’ll speak in Japanese.”」

(お前らはイケてる、本当にいいよ。でも、もう一人ギタリストが必要だ。ちょっと待って、聞き取りにくいから日本語で話そう)

「何だって?」

 悠真は思わず日本語が出てしまった。

 とっさの感情の表現にはやはり母国語が出る。さすがにそこまで流暢りゅうちょうじゃないし、夢も日本語だ。




 金髪少年の日本語に悠真たちは驚きの表情を浮かべた。佐世保の米軍基地の子供とはいえ、日本語で意思疎通ができるとは予想外だったのだ。

「へえ、日本語うまいじゃないか」

 蓮が感心して言うと、少年は照れくさそうに笑いながら答える。

「Momが日本人なんだ。だから小さい頃から日本語も話してたんだよ」

 少しずつ悠真たちの緊張が和らいできた。
 
「そうか。で、もう一人のギタリストが必要だって?」

 悠真が話を本題に戻す。少年はうなずきながら説明を始める。

「ああそうだよ。お前らのサウンド、goodだった。でも、もっとこう、thickな音、欲しい。ツインギターにすれば、リズメンリードの掛け合いができる。ほら、famousなバンド、みんなそうしているだろ?」

 ん?

「どうした? ソウジャナイカ?」

 確かに少年の言うとおりだった。

 Judas PriestやIron Maidenなど、多くの有名バンドがツインギター編成を採用している。当時のハードロックシーンでは、ツインギター編成の人気が高まっていたのだ。

 Mötley Crüeは四人だが、ScorpionsとMichael Schenker Groupは五人でリズムとリードがいる。




「”Sorry. It’s hard to hear you, so let’s still speak English.”(わりい。聞き取りづらいから、やっぱり英語で話そうぜ)」

「”What?”(なんだって?)”Are you kidding me?”(冗談だろ?)」

「嘘! うそウソ! イッツジョークだよ。”It’s joke!”」

 少年と悠真の会話の意味がわかっている祐介だけが笑ったが、宇久蓮と湊は『?』という顔をしている。宇久兄弟は勉強があまり得意ではない。だから英語はまったく話せないのだ。

 悠真も祐介も成績は優秀で、特に悠真はボーカルなので英語には力をいれていた。祐介がヒアリングが得意なのは謎だ。

「オレは悠真、お前は?」

「ルーク。 ”I’m Luke Anderson.”」

「OK! ルークね」

「おおお!」

 祐介は黙って聞いていたが、宇久兄弟は声をあげた。

「ルークって言えばスターウォーズじゃねえか! ジェダイの騎士だ!」

「 「あ」 」

 なーるほど。

 そんな感じで悠真と祐介が顔を見合わせる。とたんに四人から笑いが起きた。

「わはははは!」




「言っておくが、まったく関係ないぞ」

 ルークの言葉でさらに笑いが起きた。

「当たり前じゃねえか! わかってるよ」

 悠真が肩をたたき、ルークも笑っていつのまにかバンドの一員のようになっている。

「あーそう言えば、ルーク、ピースが足りない、ギターが足りないって言ったよな?」

「ああ」

「確かに言われてみればなんだけど、オレたちはやっと集まった四人なんだ。ギターやっててハードロックが好きなヤツなんて、そう簡単にみつからねーぞ」

「オレでよければ入るよ」

「そうそう、ありがとう……え!」

 え! という悠真の声には祐介も宇久兄弟もハモった。

「お前ギターできんの?」

「弾けるよ。湊よりうまいと思う」

 は? なんだって?

 それまでうんうん、と聞いていた湊が声をあげるが、兄の蓮に抑えられた。

「いや、別にケンカ売っているわけじゃねぇよ」

 ルークは肩をすくめ、笑いながら答える。

「ただ、オレはガキの頃からギターやってる。親父が米軍のバンドでギター弾いていたからさ。That’s……うまくもなるってもんだろ?」

「どんな曲を弾けるんだ?」

 祐介が興味深そうに尋ねた。




「Judas Priest、Scorpions、Van Halen、Mötley Crüe……まあ、このへんのバンドは一応」

「おいおい、マジかよ」

 祐介の顔に驚きが浮かぶ。

 ルークが挙げたバンドは、当時のハードロック・ヘヴィメタルシーンを代表するバンドばかりだ。

「言うだけなら誰でもできるぜ」

「じゃあ、試してみるか?」

 湊が腕を組んで不機嫌そうに言うが、ルークは不敵な笑みを浮かべ、会場の隅に置いてあったギターケースを指さした。

「さっきのライブで使っていたギター、借りていいか?」

 ルークの投げかけた言葉を、湊は悠真を見て確認する。

「どうする?」

「……いいぜ」

 湊は渋々ギターを手渡した。

 ルークはそれを受け取ってストラップを肩にかけ、軽く弦を弾いてチューニングを確認する。

「じゃあ……Judas Priestの『Electric Eye』、いくか」




 次の瞬間、鋭いピッキングが響き渡った。




 次回予告 第69話 『Luke Anderson』

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